積ん読シリーズ 『父が子に語る日本史』の続編。
ごめんなさい。眠いのでこれも明日の朝に書けたらにしたく。
以下翌朝記載。装幀 クラフト・エヴィング商會[吉田篤弘・吉田浩美]読んだのは今回もトランスビュー版です。出版社の新刊案内を見ると、前書の時は「久米さん見て下さい、桜がキレイです」の人の本、今回は池田晶子(寡聞にして知りません。誰なら)あと、他の方のブログに出てくるガイサンシーのDVDと、『囚われのチベットの少女』が両方載ってます。あとチョムスキーとか末木文美士とか。
こっちが先と思ってたのですが、こっちが後でした。『父が子に語る日本史』のが先。先の本では、なだ いなだ『パパのおくりもの』かおまへは、のような息子への語りかけの文章でしたが、息子が抗議したのか、今回それは最終章だけです。溺愛されてるようで、う~ん気恥ずかしいと息子さんは思ったのか。パパの友人の仮面の第三者として書けばよかったのだろうか。それだと作者のネームバリューが使えず、トランスビューの営業的に難色だったのかも。
また、前巻は三学期の行事や降雪などにあわせた日々の日記形態で綴られているのですが、今回はそういう、あっち行ったりこっち行ったりの、これがホントのつれづれ、みたいな所行は見せず、読者に読みやすい田沼以後からの編年体の記述となっています。トピックスも、そんな飛び道具はなし。やっぱり昔のことを昔どう教えていたかってことは、あんまし他の人書かなかったんでしょうね。それが前巻。この巻だと、江戸中期から書き起こさないと幕末は分からない、という主張自体がみなもと太郎『風雲児たち』と同じですし、明治から大正、戦前までの記述も、なんとなく、学研のまんが日本の歴史のようです。あれならけっこういろんな小学校の図書室にあるので、読んでる子は多いと思う。あれは実はかなり大正の政党政治とか明治のテロとか細かく書いてるので、刷りこみが残る本です。
しかし、学研のまんが日本の歴史だけ読んでればいいかというと、そこが作者の主張、日本史世界史チリは選択でなくすべて必修にせよのとおり、世界のなかの日本というか、すべての国のなりたちはおのずから違うという具体例が出ます。ポーランドが、ナチスとソ連の分割でソ連にとられた分はそのまま今でも帰ってこず、その分ヤルタ体制でドイツ領をポーランドとして戦後もらったとか(だから国の領土、国土自体が戦前に比べ西に動いてるし、分割前と所属する国民が変わっている。戦後はドイツ人のポーランド国籍が増えた)ナイジェリアとニジェールは同じ河を英語で読むかフラ語で読むかの違いだとかは私も昔覚えたことですが(つけたしでいうと、カリーニングラード含め、ドイツの失われた東方領土回復は、ネオナチの中でも言う人と、韓国のウリナラ統一否定論者同様、コストもあれだしもーいいよ、の二派いるとかいないとか)日本史だけだと知らないのかもしれないので、書かれていてよかったと思いました。
前巻は終わりに寧波プロジェクトの業績が華々しく出るのですが、この巻はニンのニの字も出ません。お門違いなのか黒歴史なのか自画自賛だと思ったのか。
オオゲサ(ボソッ
ただ、東洋学者らしい知識の矜持は今回も見せています。例えば、頁9、明治に日本は一世一元となったが、もともとは大陸で五百年前に明がそうしてて、ベトナムも日本より前にそうしてたよ、と書いています。
で、ウィキペディア見ると、小島サンが、朝鮮や沖縄は中華王朝の年号を使ってたんだよ、と書いているのに対し、李朝朝鮮末期、大韓帝国なるあたりでうっとこの大将も一元一世にしましてんと書いてます。キングちゃうわ、エンペラーやぞ、ってなもんで。
あと、頁67、明治政府が大蔵省とか内務省とか、「省」を使ったのは、古代律令制用語の復活なのですが、古代律令制が輸入したおおもとの大唐帝国の制度では工部とか兵部とか、「部」が組織名で、「省」がつくのは「部」を統括する尚書省だけなのに、古代日本はぜんぶ省をつけて工部省とか兵部省とか書いてたそうで、明治日本はそれをそのまんま復活させたので、中国的な官僚用語の感覚だと「文部」でいいのに「文部省」とか、そういうギャップが生じてるそうです。「知事」も中国語で、私も知県とか聞いたことはあったのですが、府や州や県を治める役職が知事だそうで、ただその呼び方は、蘇州の知事だと「知蘇州事」となる、とのことで、こういう漢字の用法は日本語の文法とバッティングしますので、「知大阪府事」でなく「大阪府知事」に、日本ではなってるようです。
近代日本はみんな大好きなので、その手の革新派の主張とけっこう本書はカブッてるのですが、例えば靖国神社に西郷隆盛や白虎隊や新選組はまつられていない、ともに日本のために戦ったのに、というくだりで、そこに井伊直弼を入れてるのが本書の特色というか小島サンの味だと思います。井伊直弼、まったく私としては靖国神社の英霊にプラスという発想がないのですが(桜田門外の変のほうが祀られてるなら、喧嘩両成敗というか、大岡裁きで祀ってもいいとは思いますが、安政の大獄を祀ってるから、ダメだろうと)、国を慮って開国したのに兇刃に倒れた志士、という観点があるんだなあという。掃部山のある横浜に銅像建てようとした時、時の政府筋から妨害があったということですが、建てられたのは明治42年なので、戦前の話。
井伊直弼のお墓は彼が処刑した吉田松陰の松陰神社の隣?の豪徳寺だそうで、それは知りませんでした。井伊直弼祀るなら生麦事件の首謀者祀ったほうがと思いましたが(堺事件は祀られてるとか)、私の記憶違いで、生麦事件でイギリス人斬り殺した薩摩藩士は、別に詰め腹切らされたりしてないんですね。皆シラ切って薩摩に帰った。英国の報復の薩英戦争でも、死者数比較では薩摩の圧勝ですし。その薩摩の尊い死者たちが招魂社に祀られたかどうかは知りません。廃仏毀釈といい、よかにせアッー!などのホモソーシャル社会にせよ、独自のロジックがある鹿児島県に一度行ってみたかったです。
本書は全30章で、29章だけでいいのですが、それだと月の日数としてアレなので30にしたそうです。その14章は東大批判で、東大で録を食む小島サンがあえて内部批判する(進退は賭してません)内容は、東大のルーツが幕府天文方と神田お玉が池の種痘所だけとなっていて、昌平坂の学問所もルーツなのに、あえてそこは断絶してるとしてる点です。
なんでかは書いてません。儒教教育システムだから、GHQがなんか言ってきて、カムフラージュかしらと思いましたが、分からんです。小島さんによると、阪大は、懐徳堂(漢学)と適塾(蘭学)の発展形で、阪大自体は公立ですが、懐徳堂は大阪商人のもの、適塾は私塾ですので、いかにも民都オーサカにふさわしいといえましょう。京大や名大、北大九大東北大のルーツは書いてません。で、理系というか実学の天文や種痘ばっか重視で、昌平坂をハネて人文軽視に見えるのはよくないとして、ケンブリッジやオックスフォードに工学部などの技術屋のための理系がないことを言っています。別に専門学校を卑下するわけでなく、専門で立派にガンガンやれることを日本は大学でやってると。確かに生涯賃金考えたら、専門でやって社会に出たほうがいいかもしれませんが、それだと大企業での出世が、という。もし大企業で出世狙うならですが。私のように底辺で人文を趣味としてつましく?日々嫉妬しながら生きてゆくためにも、一度はどっかで何か学んだというのは、最低限のプライド保持にいいのかなあ、と他人のツイッター見て思うこともあります。話を戻すと、ケンブリッジやオックスフォードが実学軽視だから、英国は階級格差を解消出来ず、どんどん斜陽の英国病だったのではないかと。英国病の社会保障と、日本官邸のコロナ対応の共通点を探そうとは思いませんが。
本書は、歴史とは政治史外交史だけでなく、庶民のオーラル・ヒストリーも見るべしという観点から、わざわざモースの日記なんか出して、明治はまだお歯黒がふつうだったし、江戸時代の男女混浴の習慣が残っていたのか、軒先庭先の行水が普通だが、誰も出っ歯龜しないと書いてます。デバガメでタシロ、否ピーピング・トムが一発変換出来なかったのですが、確かになんでデッパ亀と言わないんだろう。歯って黒ずんだり黄ばんだりしますから、定期的に歯科検診で歯垢歯石をとらないのなら、いっそお歯黒したほうがいいという気はします。小島さんによると、日記って、ふつう日常のありふれたことは書かず、非日常だけ書くので、逆にその時代の日常がけっこう歴史(文字の史料)に残らないそうです。なので、異民族の視線と記録が重要になると。自分と違うから記録残すので。偏見も混ざりますが。
18章からが本書のキモというか、前書でもあった、中世から日本が考える世界、インド、中国、日本という、今昔物語や神皇正統記の中に、なぜコリア・ペニンシュラ、韓半島が出て来ないのか、その辺の歴史的な朝鮮軽視が、近代に至ってどうなったかを書いています。征韓論の時、相手は李朝朝鮮だったのだから、生鮮館征鮮論でいいのに、なんで征韓論なのか。神功皇后の三韓征伐を意識してたのではないか、から始まって、日清戦争は舞台がほぼ朝鮮半島なのに、交戦国の名前が戦争名(中国的には甲午センソー)なので、ついついそれをわすれがち、とか、他の本を引き合いに出しての司馬史観批判などです。江華島事件とか東学農民の反乱とかになると、ウェーッハッハッハ、てはもんで、どこまで思い出せるか気もそぞろです。
そんなに思いつめないで(´Д`)