『ヒゲとラクダとフンコロガシ インド西端・バルナ村滞在記』(理論社ライブラリー 異文化に出会う本)読了

 装画・本文挿絵/田中靖夫 装幀/市川事務所 ANA発行「翼の王国」1997年12月号「目が点になったインド」を大幅に加筆、改題して単行本化。

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前川健一が著書『アジア・旅の五十音』で、吉田敏浩に同企画を書いてほしかったが、書かなかったので自分が書いた、と書いていて、吉田敏浩という人を知らなかったので、何か読もうと思ってまず読んだ『生命の森の人びと アジア・北ビルマの山里にて』(その後この人の他の本を読み進むにつれて、しみじみこの本は良書だったと思い出されました)の後ろに理論社ライブラリー・異文化に出会う本シリーズの他の刊行書が紹介されていて、その中にこの本もあり、へー、北尾トロの海外ものって珍しくないか、と思って借りました。

stantsiya-iriya.hatenablog.com

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確かに北尾トロの海外ものは珍しく、彼のウィキペディアは本人の美意識からか、「主な著書」しか載っておらず、この本も『猟師になりたい』も載ってないのですが、国会図書館サーチで全著作をひねり出しても、海外ものは本書くらいしか出ませんでした。

北尾トロ - Wikipedia

簡易検索結果|「北尾トロ」に一致する資料: 319件中1から15件目|国立国会図書館サーチ

しかしトロ本人には愛着があるようで、数年前のダ・ヴィンチニュースに、絶版の本書を自ら電子書籍化し、表紙デザインも自分でやって復刊したとありました。それもアマゾンで出ればいいち思うちょりましたが、出ないくさ。

ddnavi.com

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理論社のホームページを見ると、異文化に出会う本も理論社ライブラリーもまったく検索で出ませんので、どうしたことかと思ってたのですが、一度倒産してたのか。会社概要に何も書いてなくて、"70th Anniversary since 1947"のマーク出してるから、倒産してたとは夢にも思いませんでした。

理論社 - Wikipedia

ウィキペディアを見ると、確かに2010年に東京地裁民事再生を申請したことになってました。理論社ライブラリーを国会図書館で調べると、梨木香歩角野栄子灰谷健次郎も書いていた。

簡易検索結果|「理論社ライブラリー」に一致する資料: 20件中1から15件目|国立国会図書館サーチ

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ジャイサルメール - Wikipedia

タール砂漠 - Wikipedia

インド西端ったって、その西隣はパキスタンで、血で血を洗うアムリッツァルとかあるわけですから、両国の間にあるの、砂漠なんでしたっけ? とか適当に思ってましたが、先年見た「バジュランギおじさん」にもラクダで巡回するパキスタン国境警備隊にバジュランギおじさんが捕まる場面がありました。その辺の話なのか。

www.youtube.com

ラージプート - Wikipedia

ラージプートというと、どうしても高田馬場にむかしあったパキスタン料理店を思い出します。今はもうない。それはそれとして、北尾トロという人は、街中華にしろ裁判傍聴にしろ、自分で「これが面白んだよ~」と発信してゆくタイプの人で、それで周りを巻き込んでゆく(中央線沿線は、石を投げればワクワクを探してる若者に当たると言っても過言ではないほど以下略)MMKのハンチング帽の人、というイメージですので、ここで珍しくタオル頭に巻いた写真で(よくやってるのかもしれませんが、勉強不足で私は知りません)「辺境好き」と、とってつけたような属性を書かれても、ホントかよ、と眉に唾つけてしまいます。六歳年上のカメラマンは呼び捨てにされていて、完全にMMKがふたりの関係性を支配していると思いました。安西肇とかリリー・フランキーとかみうらじゅんの世代のひとが、ひと世代下とつるんでるイメージ。LGBTQからL以外をマイナスした対象を取材してマサダから本を出すとか、松沢呉一みたいなことMMKがやらなくてもいいのにと思いますが、カメラマン的にはアリな仕事だったのかと。

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ホンカツの極限の民族三部作でも、アラスカ・エスキモーやニューギニア高地人に対し、アラビア遊牧民貨幣経済の駆け引きなど、遥かに高度に文明化されており、それでホンカツはおおいに苦しめられるのですが、本書のインド亜大陸も同様で、ここの人たちは電気も水道もガスもないけれど、厳格なカーストや女性に対するタブーが存在し、その慣習や儀礼をうまくやらないと、村でやっていけない。この村はこれまで映画のロケも観光客の受け入れも断ってきたのに、今回村長の一存で日本人ふたりとアテンドした都会のインド人、カーンという苗字の運転手(ラージプート族はラージプート族としか付き合わず、近隣に回教村があるのですが、まったく交渉はない)を入れてしまう。なぜ村内会議でコトを決めなかったのかと、反対派が色めく。村長らは金が入るだろうし、この実現には、同族ラージプート族のガイドのアテンド力がものを言ったのですが、それがまた反対派には面白くない。カメラマンがうっかり女性が水壺を頭に乗せて歩く後姿を庇護者(男性家族)の許可なく撮影してしまい、村人はみんな視力がいいので、それを見ていた村人がいて、盗撮ではないかと噂が村を駆け巡る。この辺の記述がうまいと思いました。優れた人たらしであるがゆえに、ガイドの不良仲間だった腕っぷしのある村人が、みんな見てる中日本人の所にぶらっと挨拶に来るのが、反対派への牽制、駆け引きなのだとトロが気づく場面は秀逸でした。長期滞在したように見えて、八日間しかいなくて、しかしそれでも上記のように軋轢を生んでいた。参与観察って、やっぱせいぜい一週間なんですかね。お客さん期間の無理が露見するのが七日目くらいってことで。牡蠣工場の映画思い出しました。

参与観察映画『牡蠣工場』(英名:OYSTER FACTORY)劇場鑑賞 - Stantsiya_Iriya

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アッチャー、と首を曲げるしぐさは、山松ゆうきちのインド漫画のとおりだと思いました。

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村は砂漠の熱波で小麦が作れず、「バジラ」という作物を作っているそうで、トロ一行は、最初小麦のチャパティを食べていたのですが、お通じがあれになり、村人と同じバジラのチャパティに変えてから快食快便だったそうです。検索すると、トウジンビエという穀物がそれみたいでした。

ja.wikipedia.org

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村は文明生活をすべて拒否しているわけではなく、井戸掘り料金や、雨季に水たまりにたまる水を汲んで村まで持ち帰るトラックの購入費用に関しては、村内会議で可決しています。こういうところも高度な文明化のあかし。

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頁数の箇所にフンコロガシが描かれ、ぱらぱらまんがのように動く設定ですが、ホントに動くのかどうかと思いました。

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三段目左の子どもの隈取は、魔除けだとか。

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あとがきに、担当編集と現地スタッフのフルネームを記載した上で謝辞を述べておられ、その中に単行本化に奔走した粕谷誠一郎という方の名前が見え、知らなかったので検索すると、ポパイ編集からANAの「翼の王国」編集長を勤めた方でした。

d.hatena.ne.jp

以上

【後報】

村にはトイレがなく、遠方の物陰で風で飛ばす方式だそうですが、村人はみんな目がいいので、日本人の遠方だと簡単に察知されてしまうんだとか。其の村人の目が、カメラマンが既婚女性をパチリ、をホークアイで捉えてしまい、村を二分するおおごとになるという。

(2020/9/20)