訳者の方がラジオ番組で賞讃していたルシア・ベルリンの掃除婦マニュアルを読んで、その本で、ルシア・ベルリンを再発見して批評していたリディア・デイヴィスという人の本も読んでみようと思って読んだ本です。
カバー装画 René Maritte:En hommege à Mack Sennett ⒸADAGP, Paris & SPDA, Tokyo, 2005
装丁 岡本洋平 訳者あとがきあり 読んだのは白水uブックスではなく、2005年の単行本。同じ表紙絵ですが、絵が大きいです。
訳者によると、作者は仏文学の英訳者としてのほうが有名かも、とのことで、とくにプルーストの失われた時を求めての一巻、スワンのナントカの新訳は高い評価を得てるそうです。知り合いに訊いたら、ポール・オースターの前のオクサン、とのことでしたが、私はポール・オースターという人も知りません。
ほかの方の感想にも書いてありますが、超短編が多く、それらは、スケッチというか、散文というべきではないかという感じで、稲垣足穂とか内田百閒とかってこんな感じだっけ、とも思いました。「散文」は、日本語でサンブンと読むより、漢語でサンウェンと読んだ方がしっくりきそうなくらいのサンウェンです。サンウェンジーはサンドイッチ。
広東語だそうで、でもサンウェンジーと北京語で読むと、より原語の「サンドウィッチ」に近くなる気がします。逆説のナントカ。
三文治 pronunciation: How to pronounce 三文治 in Cantonese
広東語だと、サンマンジー、みたいな。少年サンデーの『拳児』香港篇のせりふにも出てきた。
こういうものは、今はウェブのブログやFB、インスタで?いくらでも発信出来そうに思いますが、ただその中で、性的な妄想に関しては、そういうビジネスサイトに飛ばされるのではないかという不安が読者に芽生えそうですので、あまり個人が書いてもしょうむないかもしれません。そういうお誘いのDMが来ても嫌かもしれませんし。
頁182「混乱の実例」"Examples of confusion"
彼の右脚が私の右脚の上にあり、私の左脚が彼の右脚の上にあり、彼の左腕が私の背中の下にあり、彼の右腕が私の胸の上を横切り、私の左腕が彼の右腕に交差し、私の右手は彼の右のこめかみをなでている。もはやどの体のどの部分が私で、どの部分が彼か、判然としない。
私の頭とくっつきあった彼の頭を手でさすると、彼の髪が頭皮にこすれる音は、私の髪が私の頭皮にこすれる音のようで、それを私は彼の耳を通して、彼の頭の内側から聴いている。
もいっちょ。
頁181 「混乱の実例」"Examples of confusion"
深夜、私は酒を飲みすぎたのと、男に連れられていくつもの角を曲がりすぎたのとで混乱している。男が私の肩を抱き、ここがどの辺りかわかるかと訊ねる。わからない、と私は答える。私は男についてアパートの階段を何階か上がり、狭い一室に通される。なんとなく見おぼえのある部屋だ。どんな部屋もいつか夢で見たような気がするし、部屋を隔てるどんなドアもいつか夢で見たような気がするが、見ているうちに、たしかにここに来たことがあると気づく。それは別の年の、別の月、彼はここにいなくて、別の誰かがここにいて、私は彼を知らず、ここは知らない誰かの部屋だった。
どっちも似たフレーズが多いので、寫し間違えてるかもしれません。ご愛嬌(でもないか)
頁45、「話の中心」"The center of the story"、アスタリスクを「アステリスク」と書いています。英国っぽい響きと思いますが、違うかもしれません。オーストラリアはどうなら。
asteriskの意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書
頁105、「ロイストン卿の旅」"Lord Royston's tour"、だんだん地名についていけなくなり、「デルベント」をイランのデマヴァントと読み替えてしまい、そこで地理感覚も失ってしまいました。ダゲスタンの地名だったのか。どうりでその後バクーになるはずと。
頁160「グレン・グールド」"Glenn Gould"
この番組が終わると次もやはりコメディ番組で、私はもうすこしだけここではない別の場所に留まっていたくて、ときどきそれも観てみることがある。だがこちらの番組は脚本が良くないし、俳優も下手で、面白くなくて、観客の笑い声も不自然で信用できない。だから私は、赤ん坊に脚にまとわりつかれなければ、立って台所に行き、夕食の支度を始める。
パートナーとのお気楽生活はフランス滞在時らしくて、育児の話は米国のどこかみたいです。
この小説もルシア・ベルリンの邦訳同様、原題が書いてなくて(初出も書いてないですが、たぶん雑誌掲載とかしてなさそうなので、そこは別に)訳者の趣味なのか、原作者がともにそうなのか(ルシアは故人ですが、遺言とかなんとか)分かりません。本書の原書紹介サイトも、目次まで書いてるところは少なかったですが、見つけたので書いておきます。多少順不同です。その辺まで、権利を得て翻訳した作業のうちだったみたいです。
<目次> 原題の数字は目次が見つかった版の原書の順番
- 十三人めの女 (5) The thirteenth woman
- ほとんど記憶のない女 (35)Almost no memory
- フーコーとエンピツ (3) Foucault and pencil
- 二度めのチャンス (33)A second chance
- ヒマラヤ杉 (7) The cedar trees
- 大学教師 (6) The professor
- 肉と夫 (1) Meat, my husband
- 田舎のジャック (2) Jack in the country
- 鼠 (4) The mice
- 刑務所のレクリエーション・ホールの猫 (8) The cats in the prison recreation hall
- 地方に住む妻1 (9) Wife one in country
- 水槽 (10)The fish tank
- 話の中心 (11)The center of the story
- 恋 (12)Love
- 私たちの優しさ (13)Our kindness
- 天災 (14)A natural disaster
- おかしな行動 (15)Odd behavior
- サン・マルタン (16)St. Martin
- 認める (17)Agreement
- 服屋街にて (18)In the garment district
- 認めない (19)Disagreement
- 俳優 (20)The actors
- 面白いこと (21)What was interesting
- エヴァグレーズ国立公園にて (22)In the Everglades
- 家族 (23)The family
- 理解の努力 (24)Trying to learn
- くりかえす (25)To reiterate
- ロイストン卿の旅 (26)Lord Royston's tour
- 他一名 (27)The other
- ある友人 (28)A friend of mine
- この状態 (29)This condition
- 出ていけ (30)Go away
- エレイン牧師の会報 (31)Pastor Elaine's newsletter
- 町の男 (32)A man in our town
- 恐怖 (34)Fear
- ノックリー氏 (36)Mr. Knockly
- たいていの場合彼が正しい (37)How he is often right
- 凌辱されたタヌークの女たち (38)The rape of the Tanuk women
- 自分の気分 (39)What I feel
- 失われたものたち (40)Lost things
- グレン・グールド (41)Glenn Gould
- 煙 (42)Smoke
- 下の階から (43)From below, as a neighbor
- 曾祖母たち (44)The great-grandmothers
- 倫理 (45)Ethics
- 裏のアパート (46)The house behind
- ピクニック (47)The outing
- 大学勤め (48)A position at the university
- 混乱の実例 (49)Examples of confusion
- オートバイ忍耐レース (50)The race of the patient motorcyclists --
- 共感 (51)Affinity.
「面白いこと」が、"What was interesting"と過去形だったり、「たいていの場合彼が正しい」が、"How he is often right" だったり、「理解の努力」が、"Trying to learn" だったり、鼠が複数形だったり、「町の男」が、"A man in our town" だったり、「大学勤め」が大学内でのポジションだったり、やっぱり併記してもらうと面白いです。
Almost no memory : stories (eBook, 2001) [WorldCat.org]
原題は上記から。ワールドウェブキャットなんてあるんですね。蔵書図書館の筆頭が上海www
以上