『屋上で会いましょう』『옥상에서 만나요』(チョン・セランの本 02)読了

 装丁・装画 鈴木千佳子 原書のあとがきと、訳者あとがきあり。「奥さんで会いましょう」ではありまへんだ。

 藤沢の本屋で、高浜寛『泡日』を一冊だけ買うのがためらわれたので買った本。

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膠着言語から膠着言語への自動翻訳は、AIのディープラーニングをもってしても、なかなか前進しないという一例。隣国語なのにたいしたものです。男性読者は奇特な存在などと言われると、えーって感じで、私がこの作家さんを讀み出したのは、ぶっちゃけ出版社の営業の知人が勧めてきたからで、チョン・セランの本シリーズが出始めなかったら、「となりの国のものがたり」シリーズを読み進めていたと思います、てなことをわざわざ書きたくなります。

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原書の表紙はこんな絵で、なんしかエニメイション、否、アニメーションになってました。これは表題作で、2012年発表。ラジオドラマにもなったとか。ここに富士山を描いてやりたいと思う人黙とう。すぐれたテーマ小説で、「運命のひととはなんぞや」「必ず与えられるとしたら、それはなんぞや」というテーマだけでいいのに、よくばって人類救済まで目論んでます。

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私が去った席に次に来るあなたへ  ひそやかで確かなつながりのメッセージ 

帯。

<以下各話タイトルと感想>

ウェディングドレス44』『웨딩드레스 44』2016年 ウェブ媒体発表

四十四のカップルのかたち、をフラッシュのように、タップしてスクロールするかのように、流す作品。四十四組しか出ないのに、フィクションの素材として効果的なLGBTQ?はともかく、アル中(17組目。離婚時には「野垂れ死にはしないでね」と、イネーブラー去りしのちを心配して別れる)やギャンブル依存が入り込むのは、作者ならではなのか、韓国的なありのままなのか。

ヒョジン』『효진』2014年発表

東京留学生ライフ。彼氏が中国人というのは、初めて耳にしたパターンで、へえと思いました。中国人女性と韓国人男性の組み合わせは二例ほど知ってますが、DVだったり、捨てたりで、あまり書いても楽しくないです。

ご存じのように、ウニョル』『알다시피, 은열』2010年発表

カウェ(仮倭)という、韓国人倭寇、ザパニーズとして東シナ海沿岸を荒らしまわった韓国人海賊たちについて、自由にイマジネーションを膨らませつつ、モラトリアム大学生ライフと並走させるという、これも欲張りな一作。

頁101

Of course、やっぱり、理当、여지없이、落ちてしまった。

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〈理当〉は〈理所当然〉の略ではないかと思います。

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ハングル化した中文なのかなあ。

ボニ』『보늬』2013年発表

「突然死ドットネット」という、突然死した人とした人が知り合いだったら、それをつなげて書きこんでゆくサイトを作ります。こういうのはたいがいフェイクと捏造、それも中傷目的が出てダメになると思うのですが、そういうふうにはなりません。むしろ、突然死の定義にあてはまらない事例の書き込みを削除する作業に労力をとられるようになります。今はそういうのAIになんとかさせようとするのでしょう。そんで失敗したりと。

頁145

姉の細い骨は予定よりも早く焼き終わった。まだ温かいその骨が粉砕機に入れられ、粉に変わり果てていくのを見ていてつらくなった。 

 韓国って、焼いたらそのまま箸につまんで骨壺に入れるんじゃないんですね。ミキサーで粉にしてしまうとは。

永遠にLサイズ』『영원히 77 사이즈』2010年発表

干し柿はアンデッド、という着想から始まった、まぼろしの処女作(らしい) 原題を検索すると、Lサイズでなく、XLサイズでした。

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ハッピー・クッキー・イヤー』『해피 쿠키 이어』2014年発表

全員覆面作家のアンソロジーという企画の一篇で、言い出しっぺとして、全く売れなくてほかの作家さんに申し訳ないとかなんとか。安吾の不連続は懸賞金つきじゃなかったでしたっけと思います。作者全員当てたらビンゴで幾らとかすれば話題になったかも。金主(出資者)がいればの話ですが。で、性別もあわせて書いてネ、と一文入れといて、坂木司をまぜて、性別非公開作家がいるので応募者全員不正解として賞金払わないでFA。

産油国出身でないアラブ人男性(医療関係の研修生で韓国に来ている)が主人公。難民を出す方でなく受け入れるほう、という一文でつけた推察が、あとがき読んであたってたのを知りました。レバノンといいイラクといい、シリアといいリビアといい、イエメンといい、一個ずつ、それなりに世俗政権の腐敗など問題はあっても平和だった国が、そうでなくなってゆく積み重ねが中近東で起こっているので、あたっても、複雑です。イラクもシリアも一度行きたかったんだけど、平和な国でなくなってしまったから。

頁211に出て来る「アカ」は原文「パルゲンイ(빨갱이)」だと思うのですが、21世紀ではおもにリベラル派をさして言う言葉だとか。現ムンジェイン政権下ではどうなってるんでしょうか。

頁225、成績が平均からずっと離れてる人を独島と呼ぶそうで、なぜですかと主人公が問うと、韓国人だからチャラけられる、日本人が独島ねたで冗談言うわけないでしょ、と話をずらしています。邦人は竹島と呼ぶから、独島ねたでは冗談言わないかもしれませんが、分かりません。

離婚セール』『이혼 세일』2018年

ジョン・アーヴィングに、妻に逃げられたアル中男が庭に家具出してガレージセールやる話があるのですが、だいぶこの話とはちがいます。でも思い出した。

ヒタイとスナ』『이마와 모래』2016年

純然たる架空世界の話なので、まさか「ヒタイ」の原語がオデコをあらわすイマ、〈이마〉で、「スナ」の原語がモレシゲ久彌のモレ、〈모래〉とは思っても見ませんでした。砂時計。

いきおいこんでシリーズ化したものの、次回配本の『地球でハナだけ』以降の、『八重歯が見たい』『声をあげます』などが無事出版されるかどうかはナゾな気がします。『アーモンド』や『82年生まれ、キム・ジヨン』など、他社の強力なハングル翻訳に比することが出来てるのかどうか。

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たぶん作者がしゃべってる動画。たぶん。なんと言ってるかは分かりません。

上の動画と、セルフプロデュースの写真との差分、これまで、すごい作家というふうに盛り上げてきて、ここに来て、テーマ小説でSF的な要素を盛った小説を書き続けることのそれなりの苦労、韓国での受容具合、温度みたいな解説や心情吐露が出て来ているので、なんしか弱気だなと思いました。でも、分かります。

以上

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