『愛逢い月』めであいづき(集英社文庫)途中まで読みました⇒読了

 装画・松村公嗣 装丁・木村典子 単行本も同じ集英社から1994年刊。

愛逢い月 (集英社文庫)

愛逢い月 (集英社文庫)

 

 読んだのは1998年3月の三刷。この前年に直木賞を獲っています。短編集で、各短編の初出は書いてません。文庫あとがきあり。解説は小池百合子、否、小池真理子。相鉄瓦版270号「特集:相鉄線沿線 文学さんぽ」アナウンサー・ライター北村浩子「小説でめぐるヨコハマ」に本書収録『内助』が登場するので、借りました。

篠田節子 - Wikipedia

北村浩子 - Wikipedia

相鉄瓦版 バックナンバー

内助

北村浩子さんも、1994年に単行本が出たわけだから、この夫婦関係も、そんなに前近代的ではない、はずなんだけど、2020年に読むと、どうも、というようなことを、奥歯にものがはさまったように書いてますが、確かに、司法試験に10年落ち続けて、髪結いの亭主状態、ヒモ状態の夫が、えらそうに、あれしろこれしろ、腹減ったろ、食え、てな物言いするのは、相当に違和感です。部屋にいつもいるのでスウェット姿で、腹が出て来ていて、後頭部若禿で。作る料理が中華で、ニンニクと唐辛子を油で炒めるにおいが絶えずするのは、私もむかしそうだったので、そのふたつが好きでない人からの反応は、分かります。で、それを、残業帰りの妻に、夜九時過ぎでも十二時過ぎでも食わせるのは、どうかなあ。太るとか、翌朝消化不良で残るとか、そういうことまで考えてやらないと。中華街で一泊して翌朝朝粥の店に行こうとして、行列してることなど分かってるだろうに、出勤しなければならない妻をつきあわせようとしたり、前夜泊まるのも安いラブホで、何もしないで寝てしまうとか、これはけっこうな話だなあと思います。

お話の基本的なプロットはいいのですが、この旦那の物言いと、あとまあ食事のTPO、まだ三十台だから食えるっちゃあ食えるんですが、ニンニクを効かせた油ものの深夜摂取とか、行列店に行く時には時間的余裕を持とうとか、そういうところでムカつく小説です。料理人にいちばん大切なモノは「舌」という信仰は、なんとなく分かります。新入り(私)が最初のまかないを食べるところを、厨房中が覗き見してたことがあり、味がどれだけ分かるか観察してたとのことで、隠し味とかあったのかなかったのか知りませんが、そういうことやるか? とあとで知らされ驚いたことがあります。

で、麻婆豆腐を載せるメシが、タイ米という頁196の記述が、おかしいのはここだけなのですが、やっぱり麻婆豆腐にタイ米はないよとはっきり言えるので、それだけで、さーっと冷めてゆく部分があります。神は細部に宿る。作者は八王子のいとへん出身だそうで、美術館とかそっちのほうかなと、そこは想像して楽しかったです。

あと、後報で他の短編の感想書きます。以上

【後報】

秋草

当時もうスピルバーグ等で、CGを駆使した画面切り替えは映画でお馴染みでしたので、ラストはそういう視覚効果がありふれた時代を踏まえたものだと思いました。空想力勝負というより、現実に鑑賞出来る芸術の視聴覚効果を文章に落とし込んだ感じ。

頁16

 昨夜のように、寝返りを打ったとたん、だらりと横に流れるようになった乳房を北原に見下ろされることもなかったはずだ。 

 今風に言うと、W不倫を半年に一回くらいの間隔で、男が誘って小旅行でしてる關係。仕事上での付き合いも、ないではないという。こういう描写、黄昏流星群で出せばいいのか、漫☆F画太郎に描かせればいいのか、悩みません。

38階の黄泉の国

作者はSF作家協会にも入っているそうで、それで、こういう世界。一昔前なら、宇宙人に連れ去られて、ここはUFOの中という解釈もあったと思いますが、執筆時点で、もうそれはうそ臭さプンプンになっていたのか、当時それは矢追純一の独壇場だったので、それでそういうほうには筆をむけなかったのか。この小説の設定だと、回教的にもありになるのか、ならないのか。

コンセプション

インセプションならぬ、コンセプション。介護疲れが不倫相手に与える外見の印象に与える変化、といってしまうと身も蓋もない。だいいち、この話は不倫関係というわけでもないわけだし。ただ、現実によく聞く、つれあいに死なれた後、すぐ再婚の話に、空想力をふくらませると、こんなかたちも、ひとつあるかな、という。私にはこういう人生はないでしょう。

dic.pixiv.net

柔らかい手

所謂「ミザ(略)」もの。主人公が外部と連絡を取ろうとする際に、PC9801とモデムで、パソコン通信で連絡しようとする点が目を引きます。

頁123

 十四インチのデスクトップを、桐代は息を切らしながら一人で運び込み、取り付けた。 

 SEは現代の土方と言われた時代の、ブラウン管デスクトップ搬入作業。電力消費量がすごいので、他の電気製品を動かすと、ブレーカが落ちたりとか。ダイヤルアップの時に出る画面の文字が「NET ADTD NO」とあるのですが、経験ないので分かりません。

頁138

 もう一度、10桁の番号を叩く。手指の動きはおそろしく緩慢だ。指腹の間隔も鈍くなってきた。

 NOT ACCEPTED

 だめだ。なぜ?

 不意に、香ばしいバターの香りが、漂ってきた。本当なら食欲をそそる匂いのはずが、極度の緊張状態にいる彼の胃袋を刺激して、軽い吐き気をもよおさせた。

 はっとした。料理を作っている。桐代がいるのか。

 違う。オーブンのスイッチが今入ったのだ。時間を見計らってタイマーをセットしたのだ。

 洗面所の、全自動の洗濯機の振動音がする。脱水を始めたらしい。

 もしや、と思いつき10桁の頭、03を消す。ピーという呼び出し音が鳴った。続いて切れ切れの電子音が、びっくりするくらい大きな音で鳴り渡った。

 成功だ。はっとした。03がいらない、ということは、ここは東京だ。彼は東京に戻ってきている。桐代は海のそばだ、と偽っていたが。

 呼び出し音が途切れた。話し中だ。一分後に再度ダイヤルする。

 だめだ、こうなったら、ネットにアクセスせずに、直接(以下略)

ピジョン・ブラッド

ものぐさはやめて、ベランダは掃除しましょう、という話。最初、オチが分からなくて、今読み返して分かりました。なぜその状態になるのか、要素を読み飛ばしていた。くるっくー。その前の、ヒドい状態の時に、自治会などから苦情はなかったのでしょうかとは思いました。

以上

(2021/1/16)