『ジャンプ』"Jump" by Shogo Sato(光文社文庫)"KOBUNSHA BUNKO" 読了

相鉄瓦版第270号(2020年10月1日更新)特集:相鉄線沿線文学さんぽ 北村浩子「小説でめぐるヨコハマ」で紹介される五作品中、トップバッターに登場する作品。アナウンサー・ライターからリードオフマンを託された。

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横浜が舞台の小説といわれて私が真っ先に思い浮かべるのが、この『ジャンプ』です。三谷はみはると知り合った山下町の「バーニーズニューヨーク」をはじめ、マリンタワー氷川丸横浜スタジアムなどを訪ね歩きます。読者は、まるで自分も失踪した彼女を探して横浜を歩きまわっているような気持ちになります。

と、書いてはいるのですが、正直、序盤の蒲田や大森のほうが描写は緻密です。大森のラブホ街は、夏目漱石の時代からあった(おそらくは江戸期まで遡れる)待合が源流と痛快!布マスク新聞の日曜版に昔書いてあったり、松方弘樹が撮影のあいまに遊んだとか遊んでないとかいうソープランドも今はもうないとか、そういうことはまったく本書には登場しませんが、それを想起出来るくらいの情景描写はある。主人公の会社の寮のある南阿佐ヶ谷や勤務先の日本橋は、かなり中央線沿線青春群像的小説であるにも関わらず、もうまったくどうでもいいくらい街並みが描かれませんので、作者の好みなのか、登場する土地土地でかなり描写に濃淡がある小説といえます。

五作品の中に、早瀬耕『未必のマクベス』(ハヤカワ文庫)が入っていて、香港も主題みたいなのですが、600ページもあって、横浜もそれほど出てこないとあるので、敬遠して借りることにしてないのですが、『ジャンプ』もどっこいどっこいくらいの横濱だとすると、みっぴぃちゃんも読んでみてもよかったかな、と思います。

本書は、神奈川の日販が2012年に販促のため作成した読書で神奈川、新発見」のチラシにも出てきていて、私は本郷台の地球市民ぷらざ(あーすぷらざ)という冗談みたいな、ネトウヨ総攻撃みたいな名前の施設の中国関連の講座を当時ときどき聴講していたので(仕切り役の業界人で元神奈川県立外語短大絡みの人が、ご婦人の受け狙いしか考えてない人だったので、途中から参加申し込みをよした)その時チラシをもらって、日記に書いてました。

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で、著者の小説は、他の方のブログで読んで読んでみようと思った『鳩の撃退法』は読んでるのですが、この感想を書くまで忘れてました。同一人物の小説だったのか。『ジャンプ』文庫版解説の山本文緒という人によると、佐藤正午という人はモテるそうですが、鳩のほうは、それほど男の色香、ツヤはない気がする。『ジャンプ』は、ムンムンです。

ジャンプ (小説) - Wikipedia

本の雑誌2000年度ベストワンだそうで、原田泰造主演で2004年に映画化もされているのですが、原田泰造じしん、その次の主演作は、2018年の「ミッドナイト・バス」を待たねばならなかったという。

ジャンプ 佐藤正午 | 光文社文庫 | 光文社

エイゴタイトルは、下記英語版ウィキペディアから。

Shogo Sato - Wikipedia

頁179に登場する便器展は、私が2017年のお正月に渋谷の東急文化村で見たLIXILのそれみたいなものだろうと思いました。撮ったガラケーが350万画素なので、せっかく撮影可だったのに、今見ると写真がすべて霧の中のように見えるのが悲しい。

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頁171ほかに登場するマレーシアの"BOH TEA"は、検索すると、成城石井がどうの、カルディがどうのと出ますので、そのどっちかに今あるのか覗いてみようと思います。いっときあっても、売れなければ継続して仕入れてるとは考えにくい。ここで、このお茶が登場する松本清張『熱い絹』が、文庫で出てるので読んでみようかと主人公が買って讀み始めるわけですが、その時点では、上下巻もあるような分厚い本だという情報がなく、続報で、主人公が挫折しかかるくだりで、上下巻ありますヨと追記のインフォメーションがあり、それで読者はその旨分かるという体裁になっています。

本書は随所にそれがあって、「新宿の用事」なんか頁35には早くも出てくるのですが、それがなんなのかは、毎回小出しに情報が追加される仕組みになっています。これが、推理小説のいちジャンル、「冒頭に犯人は既に登場しています」パターンに当てはまるのではないかと読者を緊張させ、読み進めさせ、この小説の大きな成功の要因になったのではないかと。私も仮眠時間を削って読んでしまった。アクロイド殺人事件だったかなんか忘れたアガサ・クリスティーのなんか、栗本薫のなんか、「お父さんこわいよ、何か來るよ、大勢でお父さんを殺しにくるよ」と薬師丸ひろ子に言わせた映画とはあんま関係のない嬬恋村高原野菜の「野生の証明」、等々のどれになるんだ、と思いつつ、くどくどくどくど男のオバサン予備軍の、マッチョではないがモテの主人公(キープの彼女持ちでサクッとナンパする自分に対し無色、何の罪悪感もない)の独白につきあうわけです。

失踪した彼女の姉がキレたり、キープの彼女が、いつも女の私の方から誘ってくるふうにあなたが仕向けてるんでしょ、的にキレたりするところと主人公の反応のギャップが面白いです。これは鉄面皮。勝手に手紙を読んだことによる整合性のアレのつじつまは、推理小説を装った何か別の小説であることが明らかになる頃、どっかへほかされます。ほかすなや。そこは突っ込めよと。主人公の世界は、自分だけが几帳面で、あとはみんなズボラな世界なのですが、世界はほんとうはそうでなく、人間はだれしもどっかしら几帳面な部分があるので、それが所帯を持ったり子育てをしていく過程、他者と暮らしてゆく過程で分かってくる人間と、徹頭徹尾分からないままの人間がいるんだ、ということを読者に理解させようとする、面白い小説でした。

解説者が、何故自分がこの本の解説をまかされたのだろう、と韜晦し、カクテルについて拘泥している中で、解説者の前の配偶者も完全に失踪し、共通の知己の誰にも連絡をとらず、風の噂もまるで聞かないと書いていて、いやそれが解説依頼された理由だから、こわいっ!!!!(Ⓒ楳図かずお)となっているのも、入れ子の構造だと思います。

主人公が終盤食い下がるのも、自分でちゃんと自己分析出来ているように、「自信喪失」だからで、いろいろ剥がされた後に現れたそれが、独身寮に帰ると、賄いで、食べるかどうか分からないのに用意されている、チキンカツやトンカツの定食の場面と交錯してしまいました。そういう寮に泊めてもらって、十時過ぎたら誰も食べないから飲み会のアテに食べていいよルールで、そういうの食べたことあります。

元町のスナックは、地元女子大生がテニス帰りにガッツリ揚げ物を食べに来る溜まり場という設定らしく、そんな店あったら、ほんとに隠れ家だと思います。酒に弱くてたばこも吸わない主人公が店に行くと、あんた何しに来たの的な顔をされるところがよかった。

登場人物は多いわ、最後までフォローされない使い捨て的人物がぼこぼこいるわ、謎解きはしないわ(結婚相手の身上調査くらいするだろうから、興信所だろ、と思う読者を見透かすように、主人公がスルー宣言する)偶然でもありえねー、ご都合主義っていわれかねないのが起こるのが現実、って認識を逆手にとってストーリーを展開させるなんてズルいだろう、という感じで進むので、読んだことないのですが、ラノベのような感覚で楽しかったです。

 カバーデザイン 丸尾靖子 カバー写真 林 久雄 単行本も同じ写真です。

ジャンプ (光文社文庫)

ジャンプ (光文社文庫)

 

 以上