『思考と行動における言語』原書第四版 "LANGUAGE IN THOUGHT AND ACTION" Fourth Edition by S.I.Hayakawa 読了

思考と行動における言語 - 岩波書店

ja.wikipedia.org

1941年に叩き台の版が刊行され、1949年に現在のタイトルで初版、1964年に二版、1972年に三版、1978年に第四版が刊行されたそうで、岩波から第四版訳が出たのが1985年。私が読んだのは1994年の15刷で、なんとまだ新刊で岩波から買えるみたいです。えらいロングセラー。

かなり前から、いつか読もうリストに入れていたのですが、どうしてまた意味論の本なんか読もうと思ったのか、完全に忘れています。麻井宇介が自書で紹介してた本でもないだろうし、なんでだろ。

カバーのカットは原書のものだそうです。訳書のまえがきだけで四版と三版ともに載せていて、日本語版のための「序」があり、四版の原序があり、初版の原序があります。著者から特に依頼されたからという〈訳者あとがきに代えてー「一般意味論」と知識人〉というコラムが巻末にあり、参考書目、用語集、索引つき。

日本の読者に向けた「序」の中で、作者は正直に述懐していて、幼少期から学校へ上るのを機に、英語を話す社会に育ってきたこと。両親は心配して日本語も習得させようとしたが、必死にサボタージュした結果(これを作者は、ほかの移民子弟の抵抗と大して変わらないとしています)かな文字はあまり分からなくて、ただ、漢字が20もしくは30分かる程度だとしています。

その結果、東洋、日本に対し、分からないので憧れ、こうなのであろうという誇りの気持ちと、「意味論」のような学問をどう思うだろうか、本書で挙げたような比喩は、また別のかたちで東洋の叡知として顕現してはいないだろうか、あるいは、意味論(Semantics)のようなものはなく、受け入れる素地がなかったとしたら、等々、もやもやした感情を持っていて、それを素直に発露しています。

頁viii「意味論の中で西洋人の思考には目新しい多くのことも、東洋人の智慧にはすでに親しまれていることがあるかもしれません」

一般意味論 - Wikipedia

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そんなもんかなあ。私は意味論というと、パタリロ!にそんな話があったことしか覚えてなくて、検索しますと、うきぐもという方が29巻、金沢美術工芸大学教授の高橋明彦という方が29巻と36巻、在宅ワーカーの方が81巻で、それぞれ「意味論」が登場すると書いておられました。電子版は文庫の「選集」で、そのどこに正月との戦いが収められているかは分かりません。版元に問い合わせようかと思いましたが、やめました。

パタリロ!の意味論は、主に正月との戦いの中で語られますが、ハヤカワサンの一般意味論とは、なんか違う気がします。ユダヤ人、と言った時の気持ちとか、ニグロとブラックの違いとか、そんな考察はパタリロ!にはない。

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頁71

"Tippecanoe and Tyler Too"(ティパカヌーもタイラーも)

File:Tip and Ty again.ogg - Wikipedia

"Rum, Romanism, and Rebelion"(ラム酒、ローマ教、謀反)

Romanism - Wikipedia

The term was frequently used in late-nineteenth and early-twentieth century Republican invectives against the Democrats, as part of the slogan "Rum, Romanism, and Rebellion" (referencing the Democratic party's constituency of Southerners and anti-Temperance, frequently Catholic, working-class immigrants). 

"Keep Cool with Coolidge"(クーリッジでクールに行こう)

Keep Cool and Keep Coolidge (Calvin Coolidge) - YouTube

"Order from Horder"(ホーダーに御用命を)

Order From Horder - Home

"Better Buy Buick"(ビュイックを買ったほうがよい)

www.youtube.com

"Take Tea'n See"(お茶を飲んで考えろ)

⇒検索結果ナシ。

"I like Ike" (私はアイクが好きだ)

www.youtube.com

www.youtube.com

この子がイケアで北欧家具を買いたいという動画ではありません。"I like IKEA!"

"All the Way with L.B.J."(リンドン・ベインズ・ジョンソンとどこまでも)

www.youtube.com

こういうのを集めて平易に説明してる本です。

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頁74

次の表現の差異を考えてみよ。

 閣下に恭々しく言上致しますことは光栄に存ずる次第……

 お知らせ申し上げます……

 申し上げたいことがございます……

 いいですか、何々さん……

 旦那さん、まあ、聞いとくんなせえまし… 

次の比較は外在的意味はそのままで、感化的内包が変えられていることを示している。

 最上ヒレ肉 死んだ牝牛の一級肉片

 フランス軍は急遽退却! フランス軍の後方陣地への転進は敏速に能率的に遂行された

 彼女は夫を尻に敷いている 彼女は夫の活動に深い関心を持っている

 知事は多大な関心を示し、事実を入念に調査の上、近日声明を発表すると言った 知事は窮地におちいった

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頁170「一〇 われわれはどうやって知るか」は、「宇宙は不断の流動状態にある」から始まる哲学的な文章ですが、牝牛ベッシーという架空の存在を例に実証してゆく体裁で、ベッシー・スミスという歌手を連想しました。たなか亜希夫の『リバー・エンドカフェ』によく出てくるので。

https://www.rijnlandmodel.nl/achtergrond/algemene_semantiek/hayakawa/ch10_abstraction-ladder.jpg

General Semantics - Abstraction ladder

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頁187

(わたしは、かつて中西部のある大きな大学の美学の講義を聞いたが、一学期全部をかけて、「芸術と美」とその基本原理だけを論じていた。その期間中、教授は、学生に尋ねられても、決してかれの原理が適用されるべき特定の絵画・交響曲・彫刻、その他の美術品の名を挙げなかった。教授はこう言うのが常だった。「われわれは原理に関心を持っているのであって個別的事実にではない。」)

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頁295、297

eow.alc.co.jp

バブーってのは、赤ちゃんことばで、サザエさんイクラちゃんみたいなのかと思いました。ゾンビとは綴りが違うし*1

babuの意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書

ところがインドではそうでなく、男性への敬称だそうで。こういうことでないことがいっぱい書いてあります。難しいとか、何の意味があるのかとか、アメリカでも言われていたのか言われてないのか。正月と戦えるような話なら、もう少し真剣になれたかもしれないです。さらっと読みました。

日本語について時に触れることもあり、その謙虚さがかえってアメリカで不利に働かなかったか心配する時もありますが、それがどこか分からなくなりました。「人」という漢字が英語のパーソンやマンとどう違うかを説明する場面(頁217)では、「人」という漢字は日本の国字ではありませんので、「中日両国」と言う言い方をしています。訳語がそうしたのか、原文もそうなのか分かりません。日本人スパイや収容所のくだりで、能弁な英語でのコミュニケーションを発出し、戦局に対し米国人と同じ見解を示した上で、日本にいる家族と連絡が取れない苦しさを打ち明けた結果、白人市民の共感を得る場面もあります。で、自分がその日本語能力おかまいなしに、オリエンタルとして見られることに対し、行きつけの中華料理屋のおやじもそうなんだろうけど、それでは師傅はハヤカワサンをどう見ているのか、に踏み込もうとして踏み込まない箇所もあります。

たぶん、下記のような表現だけをふつうにマザータングとして使っていきたいけどそうもいかない事情がこのような研究にハヤカワサンを没頭させたのだろうなと。

頁129 感化的コミュニケーションの言語

 外国人は、アメリカに来る前にいくら英語を勉強していても、次のような言い方の比喩の源を見つけることはできないだろう。

"He is a regular Lower Slobbovian."(彼は標準的な無茶な人間だ。)〔訳注――Lower SlobboviaはAl Cappの漫画の中の不思議な国で、無知な習慣と無教養な社会行動をする人々が住んでいる。〕

"He communicates good, like a semantics should."(かれは意味論研究者なら当然のことだが、伝達が的確である。)〔訳注――この引喩の源は煙草の宣伝文句である。"Winston tastes good, like a cigarette should."〕

Lower Slobbovia - Wikipedia

Li'l Abner - Wikipedia

検索すると第五版が出ます。なんというか。以上