『北極海へ』"KAYAK SOLO TO THE ARCTIC" by TOMOSUKE NODA(新装版)New Edition 読了

『ホームレス女子大生川を下る inミシシッピ』の報知新聞パブ記事で、高野秀行サンが比較としてこの本を挙げていて、それで読みました。

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こんなに面白い旅本を読んだのは久しぶりだ。川旅本に限れば、野田知佑氏の名作「北極海へ」以来である。

北極海へ (文芸春秋): 1990|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

1987年に『あめんぼ号マッケンジーを下る』の副題つきでまず刊行。1990年に副題を抜いて、シンプルな装幀で新装版。1995年、新装版を文庫化。電子版はないみたいです。

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装幀 森玲子 地図 高野橋康 カバー表イラスト=フェザークラフト二人艇

わたしの借りた図書館本は、図書館のビニルカバーをかける際に、じつに味のある空気の閉じ込め方をしていて、最初はそういう紙の地の文様かと思ってたです。そのせいで、表紙にカヤックの図面が白抜きで描いてあるとは気づきませんでした。奥付の注記で気づいた。文庫は、タテのカヤックをヨコにしていますが、特に込められた意味はなさそうです。

私は野田知佑さんという人を知らなくて、星野道夫さんと混同するくらいなのですが、1938年生まれで、1984年くらいにこの旅をやったということなので、この時45歳前後ですか。そうとうなオッサンなので、21世紀の女子大生カヌーとは比べてはいけないのではないかと。あちこちで女性との会話をしつこく書き留めてますし、ウイスキー飲みもって孤独を愛しながら川下りがどうのとやってますので、伊集院静が蚊にくわれるくだりを一切オミットして川を下ってるイメージでよいかと。野田サンは蚊の恐怖をくまなく書いてますし、後年は犬が旅のパートナーになるそうですが、この時点では、カヤックに乗った伊集院光、否、伊集院シズル、否静感まんさいです。

頁195

ウイスキーソーダを入れるとハイボールという。では、ウイスキーだけをガブガブ飲むこのインディアン式の飲みものを何と呼ぶか?」

「………」

「Ugly Girlというんだ。そのこころは〈追っかける男チェイサー〉なし」

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上は頁17。80年代としては画期的に自撮り写真が多いのですが、パドリングのさいちゅうは、船のへさきにカメラをつけてレンズを自分に向けて撮ってたそうです。キャンプ地ではその辺に三脚立てて自分に向けてたのであろうと。持ち込んだフィルムは三百本、頁30。高校の時、写真部が、セルフタイマーでなく教室全体を自分も入れて写そうと、やっきになってリモートシャッターを自作していたのを思い出します。目的は卒業写真。連写を後から選ぶのでない、自分で押して、かつその一瞬を切り取ったベストなやつを撮りたかったらしい。現代にあえてフィルム現像にこだわるのは酔狂だと思いますが、それしかなかった時代のくふうをいとおしむ(というふうにここを読みました)。

新装版あとがきを見ると、この時の国産カヤックからカナダ製カヤックに移行しており、本書でも国産(80年代当時)の欠点を忖度抜きでボロクソに書いてますので(実際実用品として劣悪だったのかな)それで副題をとったのかと。

野田知佑 - Wikipedia

英文科だからというわけでもなく、英語ペラペラな感じで、いいなあと思います。なにしろノースウエスタンテリトリーFMラジオに英語ぺらぺらな初めての日本人ということで出演し、インタビュアーがインタビュー初体験の若いカナダ人女性で、「わたしうまくできるかしら」「まかしとけ」みたいな会話をしたことになってるくらいなので。

頁14、夏になっていっせいに沼沢地で蚊が孵化する、その第一波を"First hatch"とイエローナイフの鉱物資源局の女性が表現します。

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頁181、「これが浮き世だ」"This floating life."と書いてます。浮き世床は"The floating barber"で、浮き世風呂は"The floating public bath"でしょうか。

頁241、トナカイの角を日本人が高値で買ってゆく、何に使うんだと聞かれ、即座に「回春剤アフロディジャック」と回答してます。どうしてそんな単語を知ってるんでしょう。

Aphrodisiac - Wikipedia

頁250、abandoned(無人)という単語が出ます。ダジャレで覚える英単語みたいな本に、「あ、晩だと勉強やめる」と書かれていたのをこつぜんと思い出しました。

カナダはカヌーに乗った人々が河川を遡行して作った国である、と頁11にカナダ人の言としてあり、それだからかどうか、欧州各地からカヌーイストとカヤッカーがやってきて、それぞれ好き勝手な英語をさべるそうで、オランダ人が"think"を「チンク」と発音する(頁23)くだりは、わざとじゃないだろかと読んでて思いました。意地悪い人は意地悪いので。ハドソンベイカンパニーの歴史がカナダという地域の歴史であり(カナダ建国にさかのぼること二百年古いとか)Here Before Christの略だといわれるとか。頁95、カナダ開拓時代、男たちにいちばん多かった病気はヘルニアと腸捻転だったそうです。重いものを担いでばかりなのでそうなるんだとか。

頁41、本書の時代はまだネイティヴアメリカンでなく「インディアン」表記の時代ですが、各部族の名前、特にまず登場する部族が「スレイブ族」で、野田サンもなんでそんなヒデー名前なんだと現地で質問しています。現在ではさすがに名前が変わっているだろうと検索したのですが、今でもスレイブ族でした。

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ナバホ族だけが例外的に話者が多いという。それでも14万人ですか。

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Dene - Wikipedia

頁185にはヘアーインディアンという部族が出ますが、髪の毛のヘアーではなく、野兎の"Hare"だとか。どの部族か分かりませんが、頁227には、メガネの七三分けで漁をするオッサンの写真が載ってます。平日は公務員で、サンデー漁師だとか。

頁139、ネイティヴアメリカンははげないそうで、うらやましいと思いました。野田サンは日本人とネイティヴアメリカンは数万年前に別れた同じ人種だと強弁して、先住民医療費タダの枠内で診察と薬をもらってますが、日本人は私含めハゲますので(だから月代の習慣があった?)だいぶ遠いと思います。野田サンも、下流エスキモー地帯の人々のほうが、より日本人に近い(顔のかたちや、はにかむ仕草など)としています。でも、本書には、イヌイットとユッピックの分解能はないです。

『エスキモー人との出会い』"The Eskimo Connection" 『ヒサエ・ヤマモト作品集 -「十七文字」ほか十八編-』"Seventeen Syllables and Other Stories." by Hisaye Yamamoto. Introduction by King-Kok Cheung. Revised and expanded ed. 読了 - Stantsiya_Iriya

銃の所持に関して、購入はアカンけど譲渡は問題ないとの法の盲点をついて?セコハンの銃を村人から買ってます。

ネイティヴアメリカン子弟を強制的に寄宿学校で英語教育を受けさせる同化政策については、本書の翌年に当時カナダ在住だった新井一二三サンが香港の雑誌《九十年代》に発表した記事を読んで、先年その感想をここに書きました。

stantsiya-iriya.hatenablog.com

頁65、マッケンジー川のほとりにある七つの町及び村で、酒類を販売してるのは三ヶ所だけで、あとはドライ・タウンだそうです(当時)どっちにするかは住民投票で。で、他の個所に書いてあるのですが、ドライだから酒が手に入らないかというと、ブートレガーが闇で売ってるので(頁130)、高いけれどないわけではなく、かつまた、イースト菌で度数の低い酒(1%くらい)を自家醸造して、それでじゅうぶん酔っぱらえる、という場面もあります。後半登場するブッチという青年は、たぶん依存症です。実名か仮名かは分かりませんが、なんとなく施設と娑婆の往復生活を、本書のあと始める気がします。

飲むウイスキーはほぼほぼCC(カナディアンクラブ)です。ビールは特に銘柄書いてません。

頁106に熊本人吉の「徳利墓」が出ます。銚子の酒ぼとけの墓もまだ行ったことがないのですが、人吉のも行ってみたいです。

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『旅は風のように』読了 - Stantsiya_Iriya

野田サンとジョアナサンの本の違いとして、頁99、野田サンは炭水化物食を早々に切り上げ、肉食中心にしたのに対し、ジョアナサンは米食を手放していません。野田サンが切り上げた理由は、コメだと腹が減ってしまい、一日六回も米を炊いた時もあったからだとか。ジョアナサンにはそういう記述はありません。男女差、などと迂闊に言うと恐ろしい結果が待ってそうですが、それでも、両者の違いはどこから来るのかとは思います。

で、野田サンは赤身の肉ばかり食べていたので脂肪欠乏症で体調不良になり、それを見抜いたネイティヴアメリカンの老人がボウル一杯に溶かしたラードの油を飲ませ、直します。頁142。体が欲していた時だったので、ラード甘かったとか。

野田サンとジョアナサンの共通点として、その川最大の難所を、何の苦労もなくするっと通過に成功してる点があります。野田さんの場合は、川の増水期だったので、喫水が上がって、岩礁等にスレることなく通過出来たからとのこと。ジョアナサンも、そういう理由だったのかもしれません。

頁141、広島に投下された原子爆弾ウラニウムはカナダのマッケンジー川の支流の源流のグレートベア湖のウラン鉱山から採取されたそうです。

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頁148、河辺のほとりのフィッシュキャンプで、詩の朗読会をする場面があり、ホイットマンやらワーズワースが飛び出す中、野田サンは島崎ドーソン、否藤村の「初恋」と、吉本隆明「たたかいの手記」を朗読してます。吉本隆明の詩なんか、私は全く知りません。

現地の人間の善意のウソの例として、二例ほど印象に残りました。ひとつは人食いグリズリー対策で、食料は匂いがしないよう密封して川に沈めろとか木に吊るしておけとか、出発点の街で資源開発局から忠告される場面。そんな都合のいい木はないし、グリズリーでなくおとなしい黒熊に会うことが多いし、云々。しかし危険な親子連れに遭遇し母熊に咆哮される場面もあります。もうひとつは、北極圏線、アークティック・サークルを越えると、樹木が生育しないので、焚き火が出来ないから、現地調達の魚類はナマで食べるしかないと、道すじに住むネイティヴアメリカンにも言われてしまう場面。しかし、行ってみると、木は生えてないが、よそから流れてくる流木がワンサとあって、燃やすものには困らなかったそうです(当時)

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Tuktoyaktukをグーグルではトゥクト~と書いてますが、本書は現地音に沿って、タクト~です。中文でトムを〈汤姆tangmu〉と書くようなもので。トッドはタッド。

本書は、日本と別に経済格差があるわけでもない北米が舞台です。それだから、貧しい現地に裕福な国から来たバックパッカーという構図は成り立たず、そこは気楽に読めます。気軽によそ国に旅行に行かない生活者と遊民のふれあい、という点を除けば、経済状態はだいたいいっしょか、福祉や極地手当のおかげで現地のほうがいいくらい。頁204に出てくる、外部の人間にこころを閉ざす「シャッター現象」など、発展途上国には逆にないものかもしれません。

あとがきで、ユーコンやマッケンジーは、誰でも出来るから、冒険ではないと書いてますが、まず、蚊で精神に一時的に失調をきたした人とか、失明寸前の人とかの描写がある時点で、そうでもないと思います。フツーの人をクルージングする商売をするドイツ人が出てきて、ヒマな時期は世界旅行して、シーズンになるとひとり25万円で何人乗せて何往復、の人生だとか。で、上品なおばあさんのお客が、やっぱり蚊に閉口しながら無理に笑って乗船してたりして。ホームレス女子大生のジョアナさんのほうには、現地の生活者から、旅が出来るのは、"Culturally Rich" なので、それを大切にしよし、みたいな助言があります。

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あとがきで、植村直巳サンの知己でもあった、エディ・グルーバンというエスキモーに本書を捧げるとあり、実際に中表紙の次のページが上記です。しかし、その人物との関係性は本書の枠外で、出会うところまでで本書は終わっています。その後、どうゆうふうにかかわりがあったか、書いてない。北西カナダ一帯に流れるラジオ番組で野田サンが英語ぺらぺらさべって、エディがそれを聞いて関心を持ったのが、知り合うキッカケだったようです。

この、エディとのかかわりを書いていない点が、へえという感じで、それもまたよしだと思いました。それが逆に、味です。以上