『ダライ・ラマに恋して』"Fall in love with His Holiness the 14th Dalai Lama of Tibet" by Takano Teruko(幻冬舎文庫)"GENTOHSHA BUNKO" 読了

カバーデザイン 松昭教 カバーフォト たかのてるこ 「プロローグ」「単行本あとがき」「文庫本あとがき」あり。解説なし。巻末に参考書籍一点と法王日本事務所連絡先。2004年9月同社刊単行本を加筆修正。

英題もついてるので助かりました。グーグル翻訳だと、"In love with the Dalai Lama." で、それはなー、と思ってしまうので。

Fall in love with His Holiness the 14th Dalai Lama of Tibet
ダライ・ラマに恋して

いやもう、そもそも「ダライ・ラマ」はモンゴル語で、海内のラマという感じで、チベット語だとギャワ・リンポチェ、みたいな、ラサに行くと言ったら北京やバンコクやバラナシのドミトリーで教わるような話はどうでもよくて、ごっつい本だな~、と思いました。

人生最悪の大失恋に絶望するさなか、〝世界一ラブ&ピースなお坊さま”の笑顔に出会って一念発起。「この笑顔に直接出会って、未来を明るく変えたい!」。心に暗雲を抱えながらも、人生を賭けた、てるこの無謀な大冒険が始まった! 生ナマのダライ・ラマに出会うまでの長い道のり一部始終、感動の私的ノンフィクション。旅人OL、再びインドへ!!

出だしから目がテンで、なんでたかのサン(高野秀行とは縁戚関係ないですよね…)がラオス人にナンパされてつきあって、そんでフラれてるのか、さっぱりさっぱりでした。そろそろ腰を落ち着けたくなったのは分かりますが、なんでよりによってラオスなんだろう。そしてまた、ヤスミン・アフマド「細い目」を見た時、私は直感的に、台北の光華商場で一青窈が地元のアンちゃんにナンパされるような話だな、と思ったのですが、同様のストーリーがここにもまた。

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頁11 プロローグ

 失恋の相手であるラオス人の彼とは、ラオスを旅した時に出会った。彼は、今まで30カ国以上ひとりで旅してきた私が、初めて本気で「日本に呼び寄せていっしょに暮らしたい」とまで思った人だったから、私は毎日のように彼とメールを交わしながら、彼が日本に来る日を夢見ていた。だが、ある日突然、彼の彼女と名乗る日本人女性からメールが届いたのだ。

 そのメールには、「彼の心は、もうあなたにはありません。私はこの先、ラオスの彼の村で、彼と彼の家族と生きていく決心をしたので、どうか分かってください」というようなことが丁寧な文章で綴られていた。冗談や浮気などではなく、彼女も彼も本気の本気だ! という真摯な気持ちが伝わってくる内容だっただけに、私は衝撃を受けてしまった。

(中略)

 プライドというプライドをズタズタに引き裂かれ、初めは彼の裏切りがただただ恨めしかった。私がいったい何をしたっていうんだ!? 私は彼を日本に呼び寄せるために、必死に努力していただけなのだ。その私が、どうしてこんな目に遭わなきゃなんないんだ!? どういう権利があって、彼は私をこんなにも傷つけるんだ!? これまでこんなにも尽くしてきた恋人に、どうしてこんな仕打ちができるんだ!?

ビッグコミックオリジナル西炯子のマンガ『たーたん』にも、ラオスの異性に狂って、すべてをなげうってラオスに移住する人が(伝聞で)登場しますが、私はその時点では、社会主義国なのにそんな簡単に移住とか出来るわけねーべ、と思ってました。出来るんですね。まあ女性なので、専業主婦とかになって稼がないのかもしれませんが… プラ・アキラ・アマロー師ほかが書き綴った難民少女の物語もラオスだし、私にはまったく実感が湧かないのですが、ラオス、そんなにゴイスーなんだろうか。

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その手の甘い感傷の極北が上の小説。たかのサンのその恋人とのその後は、やはり読者の多くの興味を引き続けたようで、読者からのリクエストに応えてたかのサンは文庫本あとがきで、今はメル友、と近況を書いてます。そのラブストーリー『モンキームーンの輝く夜に』はブッコフで単行本と文庫本同時に注文したので、首を長くして待っていますが、まだ来ません。どちらも¥220。

で、失意のずんどこ、「自分の今までを全否定されたような気がして、何もかもが無意味に思えた。そんなふうに、生きながらすでに死んでしまっているような日々を送っていた矢先」たかのさんは下記の本に出会い、救われる、という、ちむどんどんのようにご都合主義な、いやしかし、これが現実だ、という展開。

「そもそも私たちが苛だつのは、望みが叶わないからです。しかし、その結果イライラしつづけても、望みを叶えるのにまったく役にたちません。そうして私たちは望みが叶わないうえに、機嫌まで悪くなります。(中略)今苦しんでいようと、過去に苦しんでいようと、気持ちまで不幸になる必要はありません」

「いかなる逆境に陥ろうとも、また、いかなる災難に遭遇しようとも、すべては束の間のことであると考えるように努めてください。水たまりのさざ波のように、それらは、生じては間もなく消えます。(中略)私たちの人生は問題が繰り返し起こり、終わることのない定めなのです。一つの問題が現れては過ぎ去り、そして間もなく別の問題が始まります」

たかのサンは目からウロコが落ちたように、むさぼるようにその本を読み続けます。私なら、「先取り不安」という単語を連想ゲームのように出して、小さなお祈りをすることでしょう。

それで、たかのサンの「友人のよしもとばななさん」も、「ダライ・ラマに会うと、人生が変わるよ! 私も人生が変わったもん」などと言うわけで(頁21)ことこうなると、私はあまのじゃくなので、「そいかて人類全員に会い続けるわけにもいかんやろ、ダライはんも。まずもって信仰の厚いチベットのお人らをさしおいて、ワイらが会う意味がどれほどあるんかな? 会っただけで人生変わるゆうんなら、麻原彰晃かておうとるがな、あれはどないやねん」と言いたくなります。

だいたい私の邦人の知人(チベットフリークでない人々)のあいだでギャワ・リンポチェの外見の印象はあまりよくなく、あのいつも浮かべている笑顔がうさんくさい、本心隠して人を騙そうとしてる人の顔にも見える、とさんざんです。しかし私は映画で、彼が真剣に怒るところも見てますし、彼の影響力というのは非常に大きいので、むやみやたらと感情をあらわにしてはいけない人生を宿命づけられていることもまた、理解出来るのです。現上皇である平成天皇にも通ずる生きざま、と言ったらアウトラインが把握出来るでしょうか。

しかし、チベット人がギャワ・リンポチェをどう崇拝し、畏敬を払っているかは、日本における天皇のそれとは、はっきり異なっています。チベットの人はよく、誓約の時、地元の有名なお寺や、ポタラ宮の名前、最高級の誓いになるとギャワ・リンポチェの名前を唱えるそうで、それは、「ラプランの名にかけて誓え!」とか「ポタラ宮にかけて誓う!」とか「ギャワ・リンポチェの御名にかけて誓います!」と言ってるわけでは全然なくて、「誓いを破ったらタール寺を燃やすぞ!」「誓いを破ったらポタラ宮に火をつける!」「誓いを破ったら、海内のラマ、畏きあたりをぬっころすぞ!」と言っているわけで、それがつまり、人殺しつつ、経唱えつつのタフなチベット社会における誓子のやりかたなのだとか。

<20220916追記>また、歴代ダライラマが、幼少期にその座につき、青年に成長し、自我が確立され、自分自身の手で貴族支配の腐敗を壟断なんかしようとするくらいになると、不自然なくらいみんな若死にして、次のダライラマ探しが始まる、というチベット近世史も踏まえておいたほうがよいと思います。なぜ早世するかについては、毒殺が半ば公然と囁かれる社会。それが、13世になって、列強のチベット進出の危機に際しカシャも貴族連も責任をおっぽり出してギャワ・リンポチェにおしつけ、さいわい13世も14世もそれなりに英明な方だったので、長生きして、曲がりなりにも今のチベットがある、という… どっちも、「つるこ、つばさをくれりんこ~」みたいな放蕩児だったら、とってもとってもだったことは、論を待たないです。<ここまで>

これらを踏まえて、その政教一致社会の頂点に君臨する、ギャワ・リンポチェに恋した女性の果てなき旅路として本書を読みました。

Fall in love with His Holiness the 14th Dalai Lama of Tibet
ダライ・ラマに恋して

おそろしいことに、私の読んだ幻冬舎文庫は五刷です。五刷。

たかのサンは法王に会いに行くわけですから、当然目的地はダラムサラで、自治区はまあ、事前に行っとくか、ていどだったのですが、旅行会社をつうじて個人ツアーをアレンジしてもらって行ったラサでも、やっぱり衝撃を受けています。

頁26

 だが、ラサで何よりもショックだったのは、ホテルのある旧市街から少し離れると、いきなり雰囲気が変わり、ネオン輝く歓楽街になっていたことだった。大通りには、漢字の看板がでかでかと掲げられた大きなデパートや映画館が所狭しと立ち並んでいて、いかにも中国の地方都市という雰囲気だ。

 さっきまでいたのは、チベット映画のセットだったのか!? と思ってしまうほど、ラサは想像以上に近代化されていた。チベットの昔ながらの雰囲気を残しているのは、ラサではジョカン寺周辺の旧市街だけなのだ。(後略)

ガイドの兄ちゃんは漢族で、彼女はチベット人で、来月結婚するんだそうで、チベットは中国のものだから、通婚も珍しくないというヘンな理屈を持ち出します。さらに、車をチャーターしてヤムドク湖とか郊外を巡っていた時、大麦を収穫していたおばちゃんたちから家に誘われた時、ガイドの兄ちゃんは、自分も捕まるし、彼女たちも後で警察が来たりとロクなことにならないから、絶対にやめて! と悲鳴をあげられて、なくなくあきらめます。

この本の単行本が出たのが2004年。文庫化が2007年。翌年が北京五輪で、長野含め、聖火リレーの世界各地で中国vs世界でバトルが勃発したわけですが、日本では、参加者の少なからずな人々が本書を読んでたんだろうなあと思います。漢訳はたぶんないので、中国人は読んでない。

で、その後、本番のダラムサラというか、その前にラダックに行くわけです。南インドには行かない。ラダックに行くのが厳冬期の、三月くらいでしょうか。そこがちょっと、具体的に分からなかった。なんしか、思ったより、寒くなさそうに読めます。頁121に出てくるチベット医、アムチはセーターにチノパン姿だし。ダウンジャケとか着なくていい温度。

以下、ラダックライフ。頁46で、この旅には学生時代からの付き合いのタカハシくん(♂)がカメラマンとしてかなんかで同行し、ゲストハウスではツインをシェアしてることが分かります。えらいできた男性だなあと思いました。草食系というわけでなく、たぶんちゃんと彼女がいて、ここでたかのサンとどうこうなったら、あとが大変だと理性で生活出来るタイプなんだろうなと。それか、なんかあっても、大人の関係で割り切るとか。本書に二人部屋だったと公開されてるので、彼女がもやもやしたかもしれませんが、そこは分からず。

頁179で、チベット服の着方が分からない難民二世に、たかのサンが、自分も呉服の着方が分からないと慰める場面があります。ケルサン・タウワにチベット服を着ろとくだをまいたヨッパライのセンセイへのケルサンサンの返しを思い出しました。

「フリー・セックスチベットと一夫多妻の謎」という章があり、一夫多妻じゃなくて兄弟婚だろう、と思ったのですが、読んでみたら一夫多妻でした。あるのかそんなん。チベットに。奥が深い。

頁60、ダライ・ラマとお釈迦様の誕生日はお祝いするそうですが、聖なる日なので、酒類は一切なしだそうです。たかのつながりの高野秀行イスラム飲酒紀行』のオチが、ビルマもしくはバングラ仏教徒の村で、仏教は本来飲酒禁止で、飲酒は背徳行為であるのに、「なんで俺たちは飲んじゃうんだよなあ」と、ごちる場面、なのを思い出しました。

頁177、難民は二世三世含めてひんぱんにデモをしてるが、ラダック人は冷静にそれを見ていて、しょっちゅうやってるけど現状は何も変わらない、とクールに言い放ったりします。たかのサンがそこで、せつない気持ちになってしまったのは、分かるかな。そりゃないよセニョリータ。

頁200、チベット仏教では自殺を不徳を積む行為として戒めてるから、自殺したチベット人なんていない、というくだりがあり、たかのサンは自殺率の高い日本社会に思いを馳せるのですが(しあわせってナニ? という)私はここを読んで、チベットで僧侶の焼身自殺、抗議の焼身自殺が始まるのは本書のあとなんだなと思いました。

「前世を覚えている少女」という章があって、ここは、屈指の傑作ではないかと読んでいて思いました。回教徒の魂が仏教徒の家に転生する。ムスリムは輪廻転生を信じないから、否定したいが、夭逝した娘の記憶を持った子どもがそこで育っていて、その子がペラペラしゃべっている内容が事実であることは、否定出来ない。前世での死因が医療過誤なのも、せつない。前世でなくなった年に、どんどん近づいてゆく娘。それとともに、覚えていたはずの、前世の父母との生活の記憶が、ともすればうすれてゆく、さびしさ。この話はよかったなあ。さすがゴスロリ、否五刷。

そして最終章、たかのサンはジャワ・リンポチェ(と最近覚えたアムド訛りで書いてみるてすと)に会えるのでしょうか。私は表紙で会ったから、いいや。手塚治虫みたいな人だと思います。たぶん。

ケル。以上