『舞妓さんちのまかないさん 21 』"Maiko-san Chi no Makanai-san" English Title:"Kiyo in Kyoto:From the Maiko House" (少年サンデーコミックススペシャル) 読了

前巻20巻は読んでません。読んでなくても問題なかったです。

週刊少年サンデー2021年第49號~52号、2022年第2・3合併号~第7号、第9号~第11号掲載

●ILLUSTRATION/小山愛子(作者)
●DESIGN/徳重 甫+ベイブリッジ・スタジオ
連載担当/庄司昂平/水口岳丸
単行本編集/庄司昂平/水口岳丸/久保田滋夫/布瀬川昌範(アイプロダクション)
企画協力/三枝桃子

大切な人のいる街で、想い想われ また一歩。小山愛子 Netflixにて是枝裕和総合演出による実写ドラマ2023年1月12日より配信開始!SHONEN SUNDAY COMICS SPECIAL

帯 作中にコロナカはないのですが、以前の、一歩外に出ると激写の嵐、という描写に比べると、やはり、ひっそりとした、外国人観光客のいない京都が描かれてる感があります。後半銭湯に観光客が襲来したので、高校野球を最後まで見られなかったと健太が愚痴る場面がありますが、邦人客であろうと思われます。インバウンドを事前のネゴなしで市中の施設にぞろぞろ連れてくアテンドがいるとしたら、無能。

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夏のごはん 初めて作ったハンバーグ すーちゃんのホットケーキ 選んだ道を、それぞれに駆け抜けた夏。すーちゃん、覚悟の夏合宿!?健太は初の料理に挑戦!おお~~~ キヨは単身、青森へ―― 京都でがんばってるんだなぁ、まかないさん。えらいえらい。

左はカバーをとった表紙。
(1) 調理師学校等に行かず、追廻しからお店でイチから修業しようとする人は、とても稀少と思います。続かない人をがまんして教えるリスクまで鑑みて、健太を使う店も、教える先輩もえらいと思う。健太じしんに料理への情熱があるのかないのかよく分かりませんが、これくらい淡白なほうがいいのかもしれず、適性もまた不明です。

(2) 頁127から頁128のすーちゃんがおそろしくさかってるので、これは大変と思いました。その発情情動が「イチゴアイス」であっというまにアイシングされたのは、イチゴアイスは女子の好むものという先入観があり、誰なんやさ、と思ったからかもしれません。

右は、町田の久美堂のカバー折。

久美堂 屋号の由来

「人はいく久しくも美しくあれ」との意味をこめてつけたものです。

(3) 私はキヨちゃんが榮倉奈々並みの身長*1だという思い込みがあって、なかなか取れないので、頁18でわざわざ「ちっちゃ…」と、ほかの置屋の舞妓さんに言わせて見たり、頁132で低い頭身や三人の全身像での身長差表現などをしていただき、改めて彼女は背が低いことを、音波でもビジュアルでも脳裏に焼き付けることが出来ました。ありがとうございます。

(4) 頁26「また何かあったらよばれよし」というお母さんのせりふが好きです。これはよく使うことばだなあ。

(5) 20巻は読んでないのですが、19巻の感想を見返したら、「おへん」という表現に一ヶ所ひっかかっていたメモがあり、21巻でも、頁61、「うちは理想ゆうの持ったことおへんさかい なり方わからへんけど」が引っかかりました。エセ関西人である私の言い方ですと、「うちは理想ゆうの持ったことないさかい なり方わからへんけど」「うちは理想ゆうの持ったことあらへんさかい なり方わからへんけど」になる。百子姐さんは、このあと「だ・である」調の文をさべったり、頁74「一枚にこれでもかってかけんねん」のような言い方をするので、大阪だろうと思うことにしました。『酒場ミモザ』という、前世紀に描かれた京都のめんどくさいアングラカルチャーや精華大学のまんががあるのですが、そのオマケの文章で、大阪は沢口靖子など美人を輩出するが、京都に外見上の美人はいないという剛速球の一文があり、作者は女性ですので、その観察眼に驚かされたものです。

(6) 頁75、鉄の鍋を熱して油を引かずホットケーキを焼く箇所(エッセー)、こうやって使うんだなと思いました。私の考える鉄鍋は丸い中華鍋。

(7) 頁21、たまトマ炒めが日本の食卓に定着してるんだなと思いました。これは誰が作っても味は失敗しないが、トマトがつぶれるので、みばえがよろしくないと作り手が勝手に思ってしまう料理だと思います。初めて中国に行ったとき、留学生の人たちに、日本では知られていないけれど中華では定番のおいしい料理はなんですかと訊いて、返ってきた答えがこれ。「家庭料理だけどね~」〈西红柿炒鸡蛋〉これで、一発目に、トマトを中国語では「西洋柿」と言うのだと覚えました。ほかにもジャガイモを「土の豆」と言うのなど、野菜はそこそこ覚えるのが早かったと思います。「トマトと卵の炒めは、発音を間違えるとよく似た名前の料理でスープになっちゃったりする危険な料理なのよ~」「じゃじゃじゃあ、筆談でやるのでどう書くか教えてください。どうせしゃべれないし」というような会話があったのも覚えています。たまごとトマトのスープは〈西红柿鸡蛋汤〉で、これは今だと、言い間違えるというより、お店の中国人が、舌っ足らずの客の注文を早合点してミスオーダーの可能性大と推測します。でもあの頃は、今の自分とそんな変わらないかもしれない留学生たちの語学力に、〈佩服〉でした。

この料理を、ときどき日本の中華料理店で注文しようと思うときもありますが、たまごトマト炒めはガチ中華というか、中国人の中華の店のメニューになり(たぶん日本の中華料理だと「木須肉」、キクラゲと卵と豚肉の炒めのほうがポピュラー)そういう店はえてして、電子レンジのチン!という音がしてから作り置きのものを出してきたりするので、自分にとっては現状、幻影の郷愁の味という感じです。このまんがに出て来るので、相当日本でも普及したかなと職場で聞いてみると、まだあまり知られてなかったり。

(8) 京都のアングラカルチャーとは関係ありませんが、健太くんは、祇園木屋町のお店ではないのでしょうが、先輩などから、高校野球が好きということで、どこが優勝するか、トトカルチョに一口乗ったらどないだみたいなお誘いはあるんだろうなあと思ってます。少年サンデーだから描かれないだけで。

(9) 20巻を読んでないのは、その辺になかったからで、当時世間を騒がせた「未成年飲酒」やら「混浴強要」やらの元舞妓の告発*2*3*4とは関係ありません。この記事が出たころ、むかし京都の図書館で読んだ、脱走舞妓をかくまった女性団体や労働団体がバックになって立ち上げた、自由に働けるオルタナティブ置屋の本*5を思い出したことは、その時の日記に書いています。

(10) (9)でおもくそ世相的にネガティヴなことを書いたので、耐性のある人だけがここまで読み続けてると思うので書きますが、上の、カバーとった裏表紙の絵、頁107の、無人野菜販売につらなる道の絵なのですが、茫漠たる野原が、夏の田んぼなのか、耕作放棄地の雑草なのか、この絵だけでは分からぬうらみがあります。田んぼであるとすると、逆に、米どころではこれだけ手入れが行き届いてるはずもなく、稗が伸び放題にそこここから頭を出しているくらいがリアルではないか、とも思いました。どうせコンバインで一気に刈るから、一本一本人手で稗取りなんかしなくていいし、その時間があったらほかの対費用効果のある仕事をしないと赤貧なんとかを洗うが如しさあ、みたいな。のどかな田園にも事情がある。

上はカバー折のイラスト。読めてよかったです。以上