『麗江の魚』《丽江的鱼儿们》“The Fish of Lijiang” by Stanley Chan 陳楸帆『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』"INVISIBLE PLANETS Contemporary Chinese Science Fiction in Translation" ケン・リウ=編 Edited by Ken Liu (Liu Yukun / 刘宇昆)(ハヤカワ文庫)

カバーデザイン/川名潤 

中原尚哉訳 《科幻世界》2006年五月号 英訳はAug. 2011 "Clarksworld"

2006年の作品なので、まだ表現の自由が略

雲南省の地名の幾つかは、日本語読みするより北京語で聞く方が自然に聞こえて困ります。「うんなん」でなく「ユンナン」、「こんめい」でなく「クンミン」(昆明)、「だいり」でなく「ダーリー」(大理)、「れいこう」でなく「リージャン」(麗江

これがシーサンパンナなどになると、北京語の発音を日本人がそのまま言えなくてナマってしまうのが出て、現地で通じなかったりするわけですが、上記と、ビルマ国境の瑞丽は、日本人のカタカナペキン語でもなんとかなる。

それは、農村部はさておき、県城レベルだと、日中戦争で沿海部からたくさんの人口移動があった、《大後方》であることとも関係あるのかないのか。ダーリーズとその嫁さんから聞いたのですが、中国でも雲南省だけは、一斤がそのまま1キログラムの意味になるそうで、ほかの、一斤は五百グラム、一公斤と言わないと一キロにならない世界とは一線を画してるんだとか。さすが援蒋ルートの爆心地。

私は、東南アジアにはよくいる、半年日本で稼いで半年現地で暮らす邦人男性たちの中国バージョンが大理にいて、ダーリーズと呼ばれていると、クーロン黒沢などが売り出し中の頃に小耳にはさみ、見てみようと思って大理に行き、ついでに麗江にも行きました。大理よりきれいなところでした。ダーリーズには、パチ屋もいれば留学生みたいな者もおり、さらには中国で外貨貯蓄をして、当時はその利息がよかったので、それでプチFIREみたいな生活を送っている人もいました。結婚式で、花婿をツブそうと献杯してくる新婦の親族たちから新郎を守るため、代理で杯を飲み干す新郎友人部隊のひとりをやった気がします。ロシア式に、白酒を飲み干したら頭の上で逆さに振って、スッカラカンであることを示して返杯。

麗江では、ゲストハウスを開業しようと準備中の韓国人と中国人のカップルを見たかな。見たと思います。でも、本書に出るような印象的な魚は、見た記憶がないです。郡上八幡か京都の高瀬川ならまだしも、リージャン、どうでしたか。このお話が、リージャンのように皆が知る街が舞台でなく、中国人は行けるが外国人はいろいろめんどくさかった、チベット自治州の徳欽県や香格里拉市なら、まだ読んでて気が楽だったと思います。

この物語のリージャンは、コングロマリットに買収されたリゾート都市で、産業医に休息を診断された企業戦士たちの保養地になっています。かつて中国版ヒッピーたちを楽しませた地元の個人商店による娯楽文化は、営業許可の更新料を払えず街から消え去り、纳西族は人間から纳西族型ロボットに置き換わり、印象的な青空も、天候管理技術による人工的なものとなっている…

頁82

(略)中国の労働法の抜け道を利用して(さらには政府の共犯的協力もあって)、国際的企業の中国人労働者を対象に秘密実験がおこなわれている。

2006年はまだこういうことが書けた。

頁84

 この技術に投資した複合企業は、中国各地にリハビリセンターを開設した。政府に働きかけて労働法を改正させ、リハビリの概念を制度化した。そうやって真相を隠した。

今でも書けますよ、哈哈哈,書けないわけがないじゃナイデスカ。と言う人もいると思います。

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頁69の鶏豆涼粉は食べたことあると思いますが、覚えていません。主人公男性は、高行健小説の主人公のように、至る所で女性をコマしていたMMKが、中年になって、さほどもてなくなったギャップを消化しきれてない感じの男性でした。モテを主人公にしたほうが中国ではウケがいいのでしょうか。

リージャンでリハビリ、というテーマを設定した時点で、この小説の成功は約束されていたと思います。じっさい読んで、よかった。

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このひと、むかしはこんなに中華的なものを前面に出してなかった、というか持っていなかったと思います。华裔として、後天的に武装し出した感じ。

以上

【後報】

考えてみると、下記のような話の気がしないでもなく、ネズミの時間を生きる人がメンタルの失調を訴えるのは、「観覧車回れよ回れコマネズミ君には一日我には一生」という栗木京子という方の短歌のパロディからも推察出来るように、分からないでもないのですが、ゾウの時間の場合、老化の遅滞効果のそれのどこが悪いのかとしか思えず。

ただそれは独身の場合で、パートナーがいる場合、自分だけが不老不死というのはやはりつらいものがあるだろうし、そこで、お互いのプロフのあてっこをして、負けた方が酒を飲むというやりとりの場面に、実はカットされた深い意味があると考えると、この小説はもっと引き立つ気がします。

ほんとうは家族がいるのではないか、とすると、「治療」とは、ムッツリスケベな漢民族好みの一種残酷な救済措置なのかもしれない。当て馬にされた男性の自嘲。リージャンもダーリーも、東南アジア国境に近い当たりを除いた雲南は、熱帯ですが、標高が高いので、実は気候はカラッとしています。乾いたものがたり。

(2023/6/25)