『1984年に生まれて』《生于一九八四》郝景芳 "Born in 1984" chapter 8 & 000. by Hao Jingfang 第八章と第000章読了

主人公は蘇る院浪と付き合いだします。彼の名は平生ピンション太田光みたいな男です。でも太田光よりぜんぜん小物だろう。中国の学生に、こういうタイプいるよね、と誰もが思うはず。他の国の学生(日本含む)にもたくさんいますが。ぜったいこの男は、半歩下がってついてくるようなおとなしい女学生をターゲットに、ロックオンしてきたはず。ふたりの会話は、穏やかでエモーショナルなやりとりを望む主人公と、マウントを取りに來るシーカレとのキャッチボールのみ。書かれてない行間を読むとすると、ルームシェアしてる女友達や、そのほか社会でバリバリ働いてる同級生たちが彼を見ての評がいっさいないことに着目してもよいと思います。口角をあげて「フン、あんたたちお似合いじゃん」という奴がいたかどうか。

祖国を離れてまたその大いなる懐に回帰したゲリン・ヤン、イェン・グーリンサン原作のチベット下放ポルノ映画「シュウシュウの季節」は最後、中絶手術直後の彼女を徴兵逃れでわざと自分で自分の足を撃った青年が《思想交流》"sixiangjiaoliu"と称して性加害を加え、彼女は血まみれで雪の中さまよい出て、自害することもかなわないので(こわいので)、文革リンチで不能になったチベット人に射殺してもらうよう頼んで、そうしてもらいます。私はこのシーンの印象から、「思想交流」ということばが大嫌いになりました。

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ふたりのデート場所のひとつが、ベイダーのホンロウです。私はここを知らなかったです。円明園も行ったことないですが、ここも行ってみたい。

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主人公は国家図書館で本を読むのが好きみたいで、私は中国の国家図書館は行ったことなく、これからも行く予定はありませんが、ジョンヤン民族学院(現民族大学)の隣りなんですね。かつてのウイグル街も射程なのか。

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日本の国会図書館は超混みなので、私はもうどうしても必要なものがあったら、コピーを頼むくらいで、最近といえば、船戸与一『東京難民戦争』掲載の徳間書店「問題小説」から当該部分のコピーを依頼して、所蔵なしの結果をもらって落胆したくらいです。だから、雑誌記者やその下請けのライターや学生がえんえん国会図書館であれやこれややるのは、いいけどどうかなあ、です。もう何十年も前になりますが、大蔵省に入った縁者が、国会期間中、野党から質問が飛ぶたび、大臣の答弁のために国会図書館を駆けずり回ったそうで、国会図書館のコレクトな使い道とは、それだと思ってました。ペーペーの公務員が駆けずり回る場所。食堂に一度だけ行ったことがありますが、寿司握り一人前が五百円くらいで(当時)寿司桶に入って出て来たのを覚えています。もうそんなメニューないでしょうけれど。

この章の頁206に燕京啤酒が出て、「えんきょう」とルビを振られているので、「えんけい」派の私が違和感を覚えた件は前にも書きました。本書登場人物は基本的に有気音無気音は清音濁音に非ずルールで書かれており、趙志高"zhaozhigao"という人物はチャオチイカオと、そのルールにのっとってルビが振られています。讀賣新聞ルールなら、ジャオジィガオとなるでしょう。その一方、老金"laojing"はラオジンと、濁音で記載されており、ラオチンでないのはなんでやろ、と首をかしげました。

頁212 第000章

 当時は時が私にとって最大の精神安定剤だった。

トキぐすりという奴かな、と思いました。以上