『ジャズ・カントリー』"JAZZ COUNTRY" by Nat Hentoff ナット・ヘントフ translated by KIJIMA HAJIME 木島始訳 読了

『青年は荒野をめざす』*1植草甚一サン解説に出てくる小説。読んだのは晶文社旧版の1980年8月18刷。1976年もしくは1978年に講談社文庫に入ってるのですが、単行本も増刷されてたようです。その後、1997年に晶文社は「文学のおくりもの」シリーズの一冊としてベスト版と銘打ったものを出し、今はそれも品切れ増刷再版未定みたいです。電子版もなし。

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文学のおくりもの版は廣中薫という人の絵で、私が読んだ旧版は「ブックデザイン 平野甲賀」の記述のみ。装画はないのだと思いました。じっさいなかった。

こんなカバーです。裏表紙の人はたぶんナット・ヘントフサン。

本書は英語版も電子版がなく、ウィキペディアに項目もありません。下記はワールドキャット。

Jazz country | WorldCat.org

A white youth from New York's East 70's discovers that although trumpet technique is not enough to gain entrance to the soul musician's world, friendship with a top jazzman gives him a broader perspective of his environment as well as of the alternatives the future offers

著者のナット・ヘントフサンはウィキペディアがあります。

ナット・ヘントフ - Wikipedia

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訳者の木島始サンもウィキペディアがあります。

木島始 - Wikipedia

巻末に「注と参考レコード」あり。木島サンが友人の協力を得て書いたそうです。①ディスコグラフィを書きすぎると先入観が発生するので、虚心坦懐に読んでもらうため、各プレーヤーは、主なレコードタイトル紹介だけにしぼったとか。②ジャズ用語というか、ファンキーはもともとは「体臭」の意味だったとか、ハーレムはこんなところとか、スウィングはこんな意味とか、の、注釈が多数。当時の流行り言葉、ヒップやスクウェアの意味(本書のスクウェアの和訳は「唐変木」ですが、私はスクウェアを反対の意味で使っています。カッチリしてていいじゃん的な。また、ヒップは、ヒッピーがあまりにアレだったからか、お尻がいい意味なのはクレヨンしんちゃん的にもオカシイのか、完全に廃れたと思います。匹夫)やら、なにやら、も、あります。③あとは、現代でいうところのBLM用語。

また、巻末にナット・ヘントフサンによるあとがきがわりの「《ジャズの国》に入りこんで」があります。本書は1964年全米図書週間賞を受賞していますが、悪い警官だけでなくよい警官も出していたらもっと別の賞も取れたと言われたとか、当時合衆国教育局長ハロルド・ロウが、黒人は小学校にあがると15%くらいの割合で白人の友人が出来るが、南部では5%くらいになり、白人の高校生は、白人の友人の比率が90%になることを期待出来ると言ったとか、そういったいろいろが書いてあります。21世紀のBLMの素材はすべて出揃っているというか、温故知新の積み重ねで、変わらないものに対する戦術や情宣はまさにスクウェアに出来上がっているんだなあと思います。それに対して、改善事項の積み重ねもあるはずで、誰かがどこかでまとめていると思います。

木島サンのあとがきは感情過多な面もあり、ナット・ヘントフサンが新日本文学界に送った北爆反対の反戦文章『いままでは低い声にすぎなかったが』の全文邦訳(邦高忠二訳)を七ページに渡って載せてます。この文章の出だしが、「ついに、はじまったのだ。国家意識、党派的立場、芸術的主張などの相違を超えて、アメリカにおける芸術家・知識人の一団が、協力して行動しうるという、まぎれもない徴候があらわれたのである」で、嗚呼アジテーションと思うか胸を打たれるか「ウクライナに対してはそうでもないけどな」「ガザに対してはさかんにやってるね」と人に聞かれないようぶつぶつ言うかは自由なのかなあ。

イカスカバー折の切り方。

18刷もしたわりには図書館でそれほど借りられてないように見えますが、そもそも18刷をわざわざ購入したということは、前のが傷んだからという可能性が高いので、初版の1969年からこの本の1983年までは、それなりに読まれていた可能性があります。

(増補)とあるのですが、何がどう増補か分かりませんでした。レコードの新譜をつけ足したりしてるのかなあ。奥付に下記のように著者紹介があるので、カバー折の情宣文は、ビニルカバーのじゃまになるしで、切ってやむなしだったのでしょう。

本書には下記の本が出て来ますので、読んでみます。ジャズを極めるため白人が黒人の世界に入るにはどうすればいいか、通行証をどこで手に入れられるのか悩む主人公に、こういう手もあると級友がからかう場面。

私のように黒い夜 - Wikipedia

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本書は、ミュージシンを「ミュージシン」と表記してます。それがスクウェアかどうかは、知らない。アンクル・トムということばが今と変わらぬ使い方で登場しますが、それを名指しで言われる黒人青年は、2歳の時にジャズメンの父親が出ていって、それから離れて暮らしているという事情なので、白人黒人の話ではないのではと思いました。しかも父親側の回想で、妊娠した母親は安定した仕事(黒人としては安定した郵便配達)を望み、自由なジャズメンとして、まだ海のものでも山のものでもなかったが、羽ばたく努力を続けたい自分は家から追い出されたという話が入り、母親が父親不在をどう息子に説明したかの話も鑑みると、余計白人黒人の話ではないのではと。ただそれで息子は、いかにもな黒人を忌避し、白人のようにしゃべるとおかしな反応をする社会に白人のようにしゃべり続けます。頁124。

そんなだから、白人だけを叩くのでなく、奴隷を売った方のアフリカ王侯貴族の黒人も叩けよみたいな話も当然出ます。が、ページ忘れました。邦人より白人の方が理路整然と議論するのが好きだから、ここまで話さないわけはない。邦人は感情論とすり替えの人格攻撃が好きなように見えますが、さてどうか。貿易については、あいだにアラブ人というか、回教徒の奴隷商人が噛んでる例も多いので、それもたんじゅんではないはず。

本書の邦訳は当然役割語で、南部の黒人訛りは、それなりに訳されています。いっぽう、今でいうウォーク的な若者の会話も出ます。下記の会話は、尋ねる方は裕福な(しかし資産家でなくプロモーションにたけた芸術家)おうちの白人娘で、答える方は黒人女子大生。

頁118

「明日ね、イースト・サイド南部の学校で、わたしたち、ピケを張るの。そこの学長が、こんなこと言ってるの。黒人やプェルト・リコ人はわたしの学校に入れさせてもらえるだけで、ありがたいと思うべきだってさ。」

「そんなこと言うほど、とんまな奴なの?」と、ジェシカは言った。

「そうなのよ。ダウンタウンの人種平等会議の代表に話しててね、そんな人間味のないだぼら吹いたのよ。だから、わたしたち、教育者を教育してやんの。」(以下略)

本書によい警官は出ませんが、公園のベンチに座っていると、意味もなく白人のティーンエイジャーたちに袋叩きにされそうになる場面で、不良の中にジャズが分かる奴がいて、優れたプレーヤーだからよせと言って仲間割れして止める場面はあります。本書はそこを感動的に書くより、主人公の白人トランぺッターがその場にいるのに、逆に空気のように扱われ、本人もびびって何も介入しないところのほうを強調します。そこで悩むなら、パヤオ版でないほうの『君たちはどう生きるか』でも読んでみたらという。

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上でトム扱いされる黒人青年は、逆に、黒人でなく、プエルトリコ人が袋叩きにされる場面でカラダを張って止めに入り、負傷します。同胞だから助けるんだろと言われたくないのであえて非同胞の場面で行動するクセが身についてるという。

主人公は①善意のベテランジャズメンの厚意で仲間に入ったり、②高名な父親の支援をあてにしたギラつく若手ジャズメンから誘われたりしますが、③けっきょくアイビーリーグの大学に入って、勉学しながらトランペットを吹く日々を選択します。大学に行かずジャズメンになるという息子を、実は父親はまったく反対してなかったのですが、進学したので当然喜びます。太陽政策か。また逆に、白人青年がひとりバンドに加わることで、黒人の椅子が一つ減ることを指摘するジャズメンも出ます。優しいはずの人がそう言い、急進的なはずの人がなだめる。

ナット・ヘントフサンによると、本書は姓の解放面ではいろいろ委縮して書かなかったので、それで失敗作としてるそうですが、どうでしょうか。ジャズの求道者には余計なことのような気もしますし、濡れ場があれば確かに電子版も出たかもしれません。

巻末に植草甚一サンの本の紹介。

植草甚一の本
ジャズの前衛と黒人たち
ジャズの十月革命を徹視的に追究する必読の好著。ジャズの魂を探り、黒人の怒りと悲し みを探り、爆発するアメリカの表情を探り、現代のジャズ・バロキシズムを問う快作。
ぼくは散歩と雑学がすき
シカゴのマリファナ・パーティに、オフ・オフ・ブロードウェイに――今日の爆発する若 者の魂のありかをしなやかな感覚で捉えて、独特の語り口にのせて綴る魅力的な本!
ワンダー植草・甚ーランド
焼跡の古本屋めぐりから色彩とロック渦まく新宿ルボまで、二十年に及ぶ文章のかずかず、 コラムと座談、多色刷のイラスト等で構成した、植草甚一の自由で軽やかな世界。
雨降りだからミステリーでも勉強しよう
なにげなく手にとった一冊の本で、突然はっとする瞬間にぶつかる――それがミステリー を読む楽しみだ、植草甚一推理小説論をがっちり集成。さあ、ミステリーを勉強しよう。
映画だけしか頭になかった
映画がこんなにも素晴らしいものだったとは! 「ぼくのヒッチコック」をはじめ、30年 にわたって書きつづけられた映画に関するさまざまなエッセイを集めた楽しい本。
こんなコラムばかり新聞や雑誌に書いていた
「ぼくはこんな風な本の読み方をしてるんだ」と、カポーティから筒井康隆まで、植草甚 一が内外の新刊書を読みまくり、とっておきの話題をつぎつぎと繰りひろげる。
知らない本や本屋を捜したり読んだり
ニューヨークと植草サンの胸躍る出会いを再現する大特集を中心に、アメリカに関するエ ッセイを一挙収録。沢山の写真とイラストが全頁を埋めつくす、アッと驚く大型絵本。
植草甚一読本
自由な風に吹かれて生きてきた、植草甚一のすべて! 昔の魚河岸のアズキアイスの味や、 おしゃれのしかた、散歩のコツなど、盛り沢山の内容でおくる植草甚一読本。
ぼくのニューヨーク地図ができるまで
五番街のホテルに泊り、グリニッジ・ビレッジの本屋をぶらつく。まるで生粋のニューヨ ーカのようなJ・J氏の日常をペンとカメラで綴る最新ニューヨーク事情。

ズージャ関係の出版物の紹介。

好評発売中
ジャズを生きるービバップの四人
A・B・スペルマン 中上哲夫訳
ジャズ産業という酷薄な世界の中で、今日のジャズマンは、みずからの音のためにどう闘い、 どのように生きているのか。黒人詩人スペルマンが、ミュージシャン自身の発言をもとに、 かつて明らかにされることのなかった真のジャズ・シーンを見事に描きだした!
マルクス兄弟のおかしな世界
P・D・ジンマーマン 中原弓彦永井淳
懐かしのマルクス・ブラザース――いや、いまこそ甦る今世紀最大の笑いの革命家。ブラシ 橋のグルーチョ、啞のハーボ、ピアノの名手チコ。ムッソリーニを激怒させ、ダリを驚倒さ せた、かれらの底知れず破壊的なギャグの世界を、ここにはじめて再現する。序文・植草甚一
ジャニス ブルースに死す
デイヴィッド・ドルトン 田川律・板倉まり訳
からっぽの心をブルースに託し、不意に、私たちの眼前で叫ぶように死んでしまったジャニ ス。多数のインタヴュー、評論、楽譜によって、その生涯と音楽とをあますところなく再現。 他に貴重なシート・レコードを付した、これはまさしく決定版ジャニス・ジョプリンの世界!
ディラン、風を歌う マイケル・グレイ 三井徹訳
ディランの歌に、まっすぐ耳を傾けよ! フォーク、ブルース、カントリー。そしてロック ンロールと、ディランの音楽的背景から説きおこし、エリオットをはじめ多くの詩人たちか らの影響を検討して、歌う詩人ディランの世界を描きだした、全くはじめての本である。
ミンガス
自伝・敗け犬の下で 稲葉紀雄訳
今世紀最高の音楽家、性の巨人、麻薬患者、伝説の霧につつまれたミンガスの真の姿が、今 ここにあきらかにされる。幼い頃からの自分を見つめなおし、自から描きだす 「黒」の苦悩 など、ミンガスが怒りをこめてたたきつける問題の書!
死体を無事に消すまで――都筑道夫ミステリー論集
ミステリーを読むたのしみは、本を読むたのしみだ。自からの創作の秘密を語り、多彩な外 国作家たちの魅力を綴り、そして久生十蘭ら異色作家を精確に論じて、ミステリーの楽しみ のすべてを語りつくした、都筑道夫待望の第一エッセイ集。

その他のカルチャーの本の紹介。

好評発売中
目と耳と舌の冒険 都筑道夫
ツヅキ式「映画を楽しむ法」を伝授する快エッセイ「辛味亭事苑」。山藤章二の絶妙のイラ ストとともに贈る「食道楽五十三次」。加えて書下し「落語今昔聞」等々,異色推理作家都 筑道夫が、目の欲、耳の欲、舌の欲を総動員してウンチクを傾ける驚異の一巻!
さよなら名人芸 桂文楽の世界 山本益博
「はなやぎ」にみちた文楽の噺の空間。その芸の秘密はなにか。文楽に魅せられたひとりの 若者の情熱が、ついに一冊の本を生んだ。文楽志ん生をはじめ、正蔵、円生、小さんなど 名人芸の本質に迫る本格的落語評論。小沢昭一との解説対談収録。
エンビ服とヒッピー風 林光音楽エッセイ集
軽やかな音、深くうごめく歌――生まれたての音楽の息吹きを聴きとるとき、あなたは確実 に今日の演奏会場の真只中にいる! 武満徹からジャニス・ジョブリンにいたるまで――新 しい発見にみちた魅力の41歳。独特のシャープな語り口にのせておくる。
映画の学校 双葉十三郎
西部劇。サスペンス映画、ミュージカル――ぼくたちの映画館はメリーゴーランドのように 廻る! 朝から晩まで映画を見ていた双葉十三郎が、「バンド・ワゴン」から「冒険者たち」 まで数々の傑作を語りつくすユニークな映画の学校。イラスト=河村要助
暗黒世界のオデッセイ 筒井康隆一人十人全集
ミナト神戸を愛し、漫画を描き、ジャズを聴き、料理にウンチクを傾け、SFも書く……………………… 人で十の顔をもつ怪紳士、筒井康隆の魅力を総結集したバラエティ・ブック。著者自身の傑 作漫画付。イラスト=小林泰彦山藤章二,及川正通,鈴木翁二。表紙=和田誠
ボブ・ディラン全詩集 片桐ユズル中山容
ボブ・ディラン自身が一冊の詩集なのだ。いまようやく、この詩集のゆたかな全体がぼくら の前にさしだされる時がきた。かずかずの秀作をはじめ、憶測によってしか知りえなかった 沈黙の時代の作品まで、彼の歌と詩のことごとくをここに完全収録。自筆さし絵付。
バットマンになりたい 小野耕世のコミックス世界
少年たちの心を夢と冒険の世界へと駆りたてた。あの親しいバットマンをはじめとする、コ ミック・ブックのヒーローたちはどこへ行ったのか。外国マンガを語らせては並ぶもののな い奇才・小野耕世が、限りない愛情と共感をこめて描きだす。コミックスの世界。

頁179、自室で練習出来ないので地下室で練習していて、たちのよくない警官に執拗にからまれて、ボコボコにされることになる青年が、川べりの橋で練習した思い出を語る場面があります。まずセントラル・パークで練習したんですが、警官から追い出されたとか。

頁179

「(略)そこで、ぼくは、ソニー・ロリンズが現役から姿を消した年にやったことを、やってみた。夜に出かけていって、ウィリアムズバーグ橋までいき、吹きまくったんだ。すごかったな。市ぜんぶがぼくの聴衆みたいだった。だけど、ある晩のこと、橋を降りてくると、後から襲いかかって首をしめられ、トランペットを盗まれちまった。新しいやつを買うために、汚れた皿をたくさん洗わなきゃならんかった。そいで、風のなかへ吹き鳴らすってのはお終いさ。」

ブルージャイアントでもそういう危惧をする場面はありますね。以上