『カラハリの失われた世界』"The Lost World of the Kalahari" by Van Der Post, Laurens(ちくま文庫)読了

 カバー写真 内藤忠行 装幀者 安野光雅

 前川健一のアフリカの本に写真を提供してる田中真知という人のアフリカ紀行の、カラハリ砂漠ツアーだかなんだかの箇所の参考文献に出てくる本。1970年に筑摩叢書として刊行されたものを1993年文庫化。訳者佐藤佐智子にょる訳者あとがき(文庫化によせて)と、田中二郎という人の解説「ブッシュマンの歴史と現状」あり。原書は1969年刊。

ローレンス・ヴァン・デル・ポスト - Wikipedia

戦争中はバンドンで日本軍の捕虜になり、その体験を描いた小説が、大島渚の戦メリになったそうです。戦メリ、原作あったのか。

喜望峰から北上するアフリカーンスというかアフリカーナーである自らの祖先と、南下するバンツー系などの黒人遊牧民ザンジバルの黒人奴隷商人もいたんだかいないんだか、それらもろもろに挟撃されて、ほとんど滅亡してしまったブッシュマンを追い求めて、ランクルみたいな車で砂漠を調査行して、出会うルポルタージュです。

第一章と第二章が滅亡するまでのサマリで、とにかくえげつないです。作者自身は最大限の幻想をブッシュマンに抱いてるのですが、同時に、残念ながらというか、共同体の中に、そして身内に、ブッシュマンに対してのヘイトを隠そうともしない人たちがいることも赤裸々に書いています。生存圏を脅かされたブッシュマンは決して降伏せず、人間刈りに遭いながらも絶望的な抵抗を続け、例えば白人の所有する家畜のアキレス腱をすべて切って生きたまま放置するなど、憎悪戦争にふさわしい報復行為もまた、厳しい白人の監視の目をぬって敢行され、それがどのように白人のあいだで語り継がれたか、聞くだに酸鼻という。

サン人 - Wikipedia

コイコイ人 - Wikipedia

作者によると、ブッシュマンはホッテントットとは別の人種で、しかし解説者によると、同じコイサン人で、バンツー系の黒人から牛の牧畜など生活様式を取り入れたものがホッテントットと呼ばれる人たちとなったと考えられる、そうで、フーンと思いました。上のコイコイ人がホッテントット、サン人がブッシュマンです。雨季に栄養を蓄えてお尻が膨らむ現象と、女性器の特徴についてはコイコイ人のウィキペディアのほうに書いてあります。東洋人のおめこはヨコに割けてるは大嘘ですが、これはほんとなんかなあ。壁画にも残ってるそうですが。男性は、第二次性徴を迎える前の幼児期から常に半勃起状態だと本書に書いてあるのですが(壁画もそうらしい)それは上のウィキペディアにはないですかね。英語版まで見てませんが。そういう、人種の「外見的特徴」の話とか、身長とか、避けては通れないのでしょうが、面白おかしく出来てしまう危険な要素ですので、触れる度に、はよこの箇所終われと思いながら読みました。

これでさらに黒人や白人?の干ばつ飢餓による人肉食まで出て来るわけなので、第二章はきついなあ。ブッシュマンは絶対に人肉食はしないそうですが、概してこどもの数は少なくて、それは、生存の厳しい乾季に子づくりをしないからだそうで、乾季だと産まれても、母もしくはほかの女性の手で始末されてしまうそうです。こういうのも、キツいなあと思いながら読みました。採集狩猟社会はシビアであるとは認識してましたが、食糧確保が厳しい状況下では、こういう社会的規範まである社会とは。

作者が成人した頃すでにブッシュマンまぼろし化しているのですが、街に暮らすブッシュマンが肉親を呪的理由で殺害して死刑になったり、当時白人が雇用していた黒人のなかに、ブッシュマンの形質も受け継いだ混血のものも混じっていたとか、そういう記述を読むたびにも、なんだかなあと思いました。

解説によるとまぼろしいうても六万人くらいいることが分かってるそうで、ウィキペディアに書いてある人口もそれくらいですので、全滅はしてないわけですが、別にハーグなんとか法廷に訴えたり、謝罪と賠償を常に白人と黒人に要求し続けてるわけでもないんだろうなあと思いました。中国が資金援助すればやるかな。

諸星大二郎『ダオナン』が、いかにうまいことブッシュマンの生活を切り取ったか、改めて感じ入りました。身体的特徴とかヘンなねた出しませんもの。しかし、ダオナンのサバイバル術の会得具合と、登場する白人とにタイムラグがありそうとは、このちくま文庫読んでちょっと思いました。

頁89に、「高地オランダ語」という単語があるのですが、これはシーボルトが冗談で使ったことばだと風雲児たちで読んだ気がして、ほんとにあるのかと思いました。

実際の探査行のところでは、スポードという人物がクソミソに書かれていて、今なら名誉棄損で訴えてもいいくらいかなという気がします。

頁140

これまで一生チャンスにそむかれ、反抗心の塊となって、自分をも人をもだめにする男。 

 こんな人物とチーム組んでカラハリ砂漠の奥地に入ろうとか、まあ無理だと思います。ウィキペディアの著者の項、没後彼をDISるノンフィクションが登場したとありますが、スポードのことは、名誉回復出来なかったのではないかと思います。以上