『震災に負けない古書ふみくら』(出版人に聞く 6)読了

 装幀/宗利淳一 インタビュー・構成/小田光雄 インタビューのテープ起こし的本。実質的な著者はインタビュアーの小田さんという気がします。語り手の佐藤さんは、小田さんに問われるままに、あちらへこちらへとその場の話題に応じた往時の回想の引き出しを開けてゆく。

震災に負けない古書ふみくら―出版人に聞く〈6〉 (出版人に聞く 6)

震災に負けない古書ふみくら―出版人に聞く〈6〉 (出版人に聞く 6)

 

 『むくげとモーゼル』の出版社併合についての挿話ありと、インタビュアーの方のはてなブログに書いてあったので借りました。

stantsiya-iriya.hatenablog.com

結論からいうと、それはただ併合されたのよ、理由なんか経済的なもの以外ないのよ、ということみたいでした。

郡山と須賀川に店舗を持つ(現在は郡山は事務所かな)古書店の店主に、震災後約一ヶ月後くらいの時期にインタビューしてまとめた本。もともと予定されていた、店主のそれまでの書香の世界、本の虫ワールドの彷徨を聞く時期の一ヶ月前が震災だったということで、なまなましい話あり、郡山と須賀川という中通りなので浜通りとはまた違ったストーリーにそれは当然なる、という感想を読者が抱く箇所ありですが、当初の構想からはみ出た部分になりますので、入れておかねばいけない個所ではあるけれども、第一章とラストにそこは集約させています。ダッシュ村は出ません。私が付箋をつけた箇所を見ると、頁10、この地方の屋根瓦が耐震瓦に移行しなかった原因のひとつは、当地の瓦屋がぜんぶ倒産していた、です。

下記は本書の(私にとっての)掘り出し物の箇所。

頁38

 ―― それから日中学院に行かれたと聞いていますが。

 佐藤 それは高校の時から中国語を少しやっていたことと知り合いがいたので、最初はちょっと遊びがてらに出かけ、結局二年間通うことになってしまった。

 日中学院は『岩波中国語辞典』の倉石武四郎先生の中国語講習会が発展したもので、内山書店の二階に移っていた。

 ―― 当時は文化大革命に対する礼賛ムードも強く、今とはまったく異なる中国への親近感があった。マオイストもかなりいたし、津村喬中沢新一などもそうだった。

 佐藤 あの小さな赤い『毛沢東語録』も輝いていたし、それを持って横浜の港によくいった。中国船が入る時に学習がてらにいって、中国の人たちと話をするわけです。その帰りにはちゃんとお付きがついてくる。公安が駅までしっかり送ってくれる。

 ―― ゴダールの映画『中国女』もありましたね。紅衛兵文化大革命の時代だった。もっともそれが中国においてどんな時代だったのか、この頃ようやく明らかにされつつありますが。

 佐藤 そうですね。でも当時は圧倒的に親中国だったし、社会党なんかもそうだった。実は(略。岩井章という人と新島淳良という人の懐旧談が入る)

 ―― それは知りませんでした。でもその事情は中国が変わっていき、文化大革命に対する評価の問題も絡んでいるわけですか。

 佐藤 ええ、だから一時期、日中学院も半分分裂し、喧嘩のような状態になってしまった。だからちょっとつらいところがありました。日中学院はとても学費だけでは運営できなくて、倉石さんのポケットマネーでやっていた部分が大きかったですから、いわば私塾がそんな状態になってしまうことは。

 倉石さんの家は代々漢学者の家系で、江戸時代からの漢籍で埋まっていました。図書館とでもいったほうがいいかもしれません。漢籍だから積んであって書名がわからないから、すべてに付箋が差しこまれていた。壮観でしたね。

 ―― 毛沢東の書斎の光景と同じですね。

同じかなあ。知りませんけど。中国絡みの記述は終盤にもあって、21世紀の古書業界にとって大得意大口客のひとつが中国人(と韓国人)であるという個所。特に資料売買など。たぶん私はそのはしりの時代をちょっとかじったことがあるかもしれませんが、国会図書館からまるまるコピー送ってもらってそれを中華世界に送って実費もらうとか、そんなんで商売と言えるのかとか青くさく悩んだ思い出があります。あれで顧客が、満足したといってくれるか、いや今回はなんでもええから払うと言ったから払うけど、次回はコピーはダメよと言ってくれるとか、そういう血の通ったやりとりがあればまた違ったと思います。今の中国書籍専門業界なんか、どうやって食ってるのか不思議な時もありますが、邦人の蒐集家や学者さんがお亡くなりになった後の整理のものや、近現代史関連の資料を、あちらに売るブローカー的なしのぎもあるのかなと思いました。国内ではダブついた資料も、アジアでハケるならそれはそれでよしと。本書は、大陸の顧客には、「ぬかれてもいいから」と言ってくれる客がいることを明かしています。公安ちうか、検閲的なそれで、中国海关(関)で書籍小包からNG資料がぬかれる行為を指しているとか。それで海関前で、押収品の海賊版商品と並べて叩き売りの再販されたらかなんなと。

本書は、また、いろいろ面白そうな本の紹介もしていますので、少しメモします。

頁32、取次の返本バイトの重労働さは下記にある通り、という個所で下記。

どすこい 出版流通

どすこい 出版流通

 

 頁60、シュレッダー登場以前の古き良き大情報漏洩時代の本。IT化による電子複製とウィキリークスとかが社会を変えたかどうか知りませんが、マニアの世界には影響があったと。

チリ交列伝―古新聞・古雑誌、そして古本 (ちくま文庫)

チリ交列伝―古新聞・古雑誌、そして古本 (ちくま文庫)

 

 頁69、アリス館の本の思い出で出て来る本。

ジャイアント・ジャム・サンド (えほんライブラリー)

ジャイアント・ジャム・サンド (えほんライブラリー)

 

 頁103、自由民権運動に絡んで、インタビュアーが語り手に安彦良和『王道の狗』を勧めてますが、既読ですし、そこまでだったかなあと。

頁105、会津には県人会以外に会津会があって、全国津々浦々、北海道から九州にまで、どこ行ってもある、というくだりで船戸与一の小説。

 頁115、会津出身の忘れられた作家、佐治祐吉の『恐ろしい告白』という本は、耽美残虐美とめばへ、みたいな話らしいので、読まないと思います。

 無料貸本屋と化した図書館の話も、個人古書店に対する大企業ブッコフの話も、語り手の福島のまちには新刊書店が六軒あったが、インタビュー時、ぜんぶ廃業していた(つまり震災前に廃業していた)とか、いろいろ書いてありますが、語り手の古書店はそうした諸々にも「負けない」わけですので、ネット販売が主戦力で、半分は書籍以外の取り扱いの売り上げだそうで、ことに絵葉書が充実していて、そのインターネットサイトは、娘さんのパワーのたまものなんだとか。という話をしている頁127、ハクつけなのかどうか、デリダ登場。

絵葉書 I -ソクラテスからフロイトへ、そしてその彼方 (叢書言語の政治 14)

絵葉書 I -ソクラテスからフロイトへ、そしてその彼方 (叢書言語の政治 14)

 

 頁147、年間何百万円も買ってくれるのだが、ぜんぜん払わない人たち。これは私も覚えがあります。高等教育機関正規雇用のおつとめなので、逃げも隠れもしないわけですが、でもなかなか払わない。(払えない?) 経常利益額の更新には欠かせないので、目録販売でチェックつけてもらった品々を、えいやでもってってしまう、目先の売り上げに追われる営業哀話というかなんというか。とにかく本を見せると所有欲が刺激されるらしく、「もうウチの主人に本なんか見せないでくださいっ」と奥さんに泣かれたり、でもご主人は目録入手するとしらっと注文℡かけてきて、どうしたもんだかと思ってみたり。

こういう人は、買い物依存の一種だと思うのですが、家族との共依存はどうか知りませんが、酒やギャンブル、薬物なんかはやってなかったと思うので、後年一時期この時期のことを思い返して、人によって依存物質は異なるものだ、なんてシロウトが一人合点してましたが、その後、新たな依存対象が見つかるごとにそれに次々ハマってしまう、依存症のデパートみたいな人たちがいることを知り、そっちのほうが「ある」存在なんだなと分かってきて、かつての記憶も捉え直しが必要だが、古書狂いの人たちとももう付き合いないしな、と思ったりしました。

 本書は巻末二十数ページほど、語り手が蒐集した絵葉書のうち、近代福島の貴重な風景を写し取ったものを収録していて、頁172上の、大正時代の一面の鮭と、頁183下、昭和初期の牧水ゆかりの宿がよかったです。

以上