「大涼山」"BEYOND THE MOUNTAIN"(《走近大凉山》的加长版)(竹内亮ドキュメンタリーウィーク)"TAKEUCHI RYO DOCUMENTARY WEEK" 劇場鑑賞

中国全土でナンバー1のインフルエンサーは、 リアルな中国を映し続けた日本人だった。 ※Weibo 旅行関連インフルエンサーランキングNO.1 (2023年1月時点)

言語:中国語/日本語 中国で最も貧しい地域のひとつ「大涼山」。 四川省の山奥にあるこの地は、中国=世界第2位の経済大国 (※) というイメージとは程遠い、原始的な生活を営む少数民族が住む 秘境だ。 2010年に竹内が大涼山を訪れた時は、道路が無くロバに乗って村 を訪れた。それから10年が経ち、竹内は再び大涼山を訪れた。 同僚の新人カメラマンが最近まで大涼山でボランティア教師を しており、彼から「大涼山の現実を竹内監督に見て欲しい」と懇願 されたからだ。現場に着いた竹内が目にしたのは、崖の村、 スペインサッカー・レアルマドリード、そして子供達の涙….. 本作は中国で2000万回再生、YouTubeで500万回再生された 《走近大涼山》のディレクターズ・カット版。新たに追加したシーンを含め、 70分の長編に再編集した。 ※引用:GLOBAL NOTE 発表 世界のGDP トップ10(2023年3月16日)による。

こういうテーマ(中国農村、辺境の貧困)は、日本ではある一定の層が見てくれるのですが、それを在日中国人がどう感じるかというと、なぜ中国の遅れた面、格差ばかり日本(外国)はクローズアップして報道するのかという思いを抱く人も少なくなく、国内とはまた別の反応になる悪寒もあります。場内の空気で、なんとなくそう思いました。

この作品は、上の説明にもあるとおり、現地でボランティア教師(中国語でなんと呼ぶか知らない)をしていたスタッフの熱意により実現したわけで、国内配信はそれで大反響だったわけですが、国外に関しては、反響があるほど自国民の〈骄傲〉を刺激される人もいるだろうので、どうだろうとも思っています。

ナレーションでは、こうした貧困地域への中央の支援政策を「中国国民は支持している」と強く言い切ってましたが、それにうなづいてたのは邦人観客だけだった気もしまして、どうなんだろうなあ。

小学校の校門に漢語と少数民族言語が両文併記されてるくらいは以前からあったと思いますが、鉄道の行先表示までそうなってるのは、台湾の多文化共生に対抗してるのかもと勝手に思ったり思わなかったり。

ja.wikipedia.org

規範彝文に採用されなかった字形(古彝文)として、Unicodeで88613字が追加提案されたことがあるが[4]、2023年現在まだ追加されていない。全ての彝文字の合計字数は少なくともそれ以上になると考えられる。

ホワウェイの映画では、中華民國と国交を結ぶグアテマラで、マヤ人の言語(中文でもマヤ族でなくマヤレンと言っていて、ほおと思いました)の翻訳アプリ作成をホワウェイがやってるんですよと誇らしく紹介する場面があったのですが、国内でも彝文字の追加などいろいろ手伝ってほし、と思いました。彝語と漢語の翻訳ツールとか、あるんかな。グアテマラのそれは政治的な背景デスヨ、国内は別デスヨ、外国のグーグルやアップルだって彝語の翻訳未対応ジャナイデスカ、と言い返されてもむなしい。

モンゴルやチベットの牧畜地域の定住政策では、与えられた住居の、水回りや日干し煉瓦の壁の積立などにあからさまな手抜き工事と工費の中抜きがあったりするような情報もありますが、もちろんこの映画ではそんな場面はありません。台所が、竹内亮監督の南京のマンションより広いくらいだ、というせりふがあるくらいです。

そうしたアパートは五万日元のヤージン?を人民元で出すと手に入るそうで、中国では、貧困地帯の住民を厚遇しすぎではないかという声もあるとかないとか。まあ世界のどこでも富裕層や中流からはありそうですが、ただ私は、五万円は安くなく、むしろ高いと思いました。その後、別の村ですが、おそらく世帯単位で年収十万日元という説明があり、説明してくれてよかったです。これで場内は納得するかと思いましたが、終始静かでした。

場内が沸いたのは、冒頭の観光地でペットボトルの水を売る老婆がアリペイだか支付宝だかのQRコードに対応しているくだりなどで、あと、たぶんわざとボロい格好をさせた児童たちに義捐物資の靴などをまとわせて、阿姨叔叔ありがとうと言わせて撮影する場面。けっこう醜悪だと思ったのですが、叔叔が抜けてたりしておかしかったので、笑い声が起こっていました。

竹内サンが34歳から漢語を始めたこと、前回大涼山に来た時はNHKの仕事で来たこと、息子さんが小学校上がるくらいなこと、など、いろいろありました。ジェット・リーの話や、私がひとりだけウケた、〈烟〉をヤン、と発音するところなど、まだ書くことはありますが、後報で。以上

【後報】

但愿你一路平安,桥都坚固,隧道都光明|走近大凉山 预告 - YouTube

もともとの動画《走近大涼山》の予告。タイトルは彝文字(ベトナムではロロ人のロロ文字と言われる)が併記されています。

『大涼山』劇場版 予告 - YouTube

なんでか分かんないんですけど、今回の有楽町上映版は、彝文字が削られてます。ポスターにもない。念のため元版の予告出してよかった。ほんと中国は油断ならない(うそです

下記が元版に併記されてたイ文字。

ꆹꌊꄊꆃꎭꑟ

彝文字 - Wikipedia

ꆃꎭは涼山イ族自治州のイ文字表記に含まれる文字なので、涼山の意味かねえなんて思いますが、正確なところは分かりません。練馬在住の彝族の人は楚雄あたりの出身だそうで、はぐらかしてましたが、彝文字読めそうにないです。出産や受験に際しての少数民族優遇のための少数民族籍かどうかは知りません。新華僑と呼ばれる人たちの世代に属して日本に来ているので、日本で苦労したことだけは確かです。

涼山イ族自治州 - Wikipedia

涼山イ族自治州(りょうざん-イぞく-じちしゅう、彝語: ꆃꎭꆈꌠꊨꏦꏱꅉꍏ

この映画は、この映画を撮るためだけに和の夢に入社した徐亮というスタッフの熱意に押されて、竹内亮監督もNHK時代に一度取材には訪れているのですが、再訪して、農村教育の現状について大いにやれる範囲でアピールしたわけですが、ほんとこの徐亮というスタッフに尽きると思う。この映画は、彼の映画です。竹内亮監督は、トリックスターに過ぎない。約束を履行するまで何度も迫ったという徐亮の粘り勝ち。

「俺は、怒ってばかりで、いい教師じゃなかったかもしれない」という彼もまた農村ボランティア教師で、私はこの感想を書くにあたって、まず、「ボランティア教師」ということばの漢語を調べようと思い、結果から言うと、さっぱりさっぱりでした。中国では短気は損気で、気長にやらなければいけないのですが、もうほんとこの最初の部分で呆れた。練馬の彝族の人に訊いてみたのですが、またこれがはぐらかされるばかりで、まともに回答が得られなかった。中国少数民族への教育支援をやってるはずなのに、なんで答えられないのか。けっきょく、下記の日本語論文に頼ったです。

『比較教育学研究』 第59号 (2019年)

特集 大学のサービス・ラーニング

中国の大学におけるサービス・ラーニング

―「服務学習」導入と展開の可能性―

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jces/2019/59/2019_160/_pdf/-char/ja

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jces/2019/59/2019_160/_article/-char/ja/

上記に基づいて言うと、単純にボランティアサービスなら〈志愿服務〉(グーグル翻訳などではそうなる)でよいのですが、 中国にはサービスラーニングの意味となる〈服務学習〉という概念もあり、 「文化、科学技術、衛生の三分野で農村に下る」〈三下郷〉実践活動を、 共産党青年団などが行っており、〈募師支教〉のスローガンのもと、 共青団の当該組織は〈支教団〉、参加者は〈社会実践隊員〉と呼ばれるとのこと。 下記は2008年のNスペ。やっぱり日本では中国のこうした遅れた部分、足りない部分(と一部の在日中国人がヘソを曲げる部分)はチャンとドキュメンタリー取材して報道しており、竹内ダオイェンもそれは承知と思います。

www.nhk.or.jp

この2008年のNHKスペシャル激流中国 上海から先生がやってきた 貧困の村で」はまさにボランティア教師の話で(ただし舞台は西海固と言われる寧夏南部のチャイニーズ・ムスリム最貧困地帯。どっちかというと張承志ワールド)大学院生の〈支教団〉のポロシャツの文字も冒頭に映ってます。共青団みたいのが大々的に学内で募集してる。

中国青年志愿者扶贫接力计划 第九届安捷伦研究生支教团

こんなけやってて、就職面での内申書みたいなところへの打算も絡んで、多数の若者がルオホウの内陸農村部に毎年行ってるわけですから、観客の中国人も、知らないわけないと思います。お付き合いで見てるのか、北京五輪CG花火監督チャン・イーモウの電影タイトルそのままに《一个都不能少》で、徐亮サンがひとりよがり独り相撲にならないよう、支えてたのか、どちらでしょうか。

www.youtube.com

上は中国の上映会の様子だとか。動画よりコメントが有意思。NHKがやると、「なぜリーベンは中国のルオホウダブーフェンばっかクローズアップ現代するんだ」と憤慨するウォー・ウルフたちも、カエサルのものはカエサルにで、中国(のグアンファンピンダお)がやるわけなら素直にご納得、の人もいますヨと。有楽町では中国人の観客は、この後のジューネイダオイェンとの撮影会に胸弾むばかりで、邦人観客だけがまんまと思惑通り、「中国も発展してGDP世界二位で日本を追い抜いたけれども、まだまだこのように貧困な農村の子どもたちがいるのネ」と涙ぐむような感じだった、かなぁ。

冒頭の、川でゴム製の浮袋で遊ぶオッサンらや、ブドウ列車でブドウを食べる場面や、高所恐怖症の自虐ネタはほんと掴みでしかないので、それはそれでという感じで観ました。

川遊びするオッサンの場面は、チャウ・シンチーの《西遊降魔篇》で川に飛び込む際、”中国安全了~“と叫びながら飛び込む場面へのオマージュではないと思いました。

ブドウ列車については、私も昔、冬の黒竜江省の〈客〉で、冬の黒竜江省なのに全車バナナ満載のバナナ列車に乗ったことがあり、なつかしく思い出しました。

高所恐怖症の自虐ネタは、ホワウェイの映画にも書きましたが、福島香織『中国の女』で、中国のホストやお笑いは自虐ネタをやらない、他人を笑うだけ、を再度思い返しました。だから竹内亮は、"日本人太壊"だけれど、やさしい人だな、と、中国人観客の目に映るのかもしれない。

〈烟〉をイェンと言わず、ヤン、という農夫の場面は、私も体験したことがあるので、ひとり笑いましたが、周りの中国人は笑ってませんでした。おかしくないのかな。レアルマドリーのコーチは、レアルに雇われてはいるけれど、スペイン人ではなさそうで、英語さべってました。彼の漢語がほんと老外の典型的イントネーションで、竹内导(導)演の漢語と、どっちが中国人観客にとって"好听不好听?"だろうかと思いました。あと《坨坨肉》は百度にありました。麺条は名前メモらなかった。

baike.baidu.com

牛で引いて耕す場面は、さすがに見せるためのワザとの場面のような気もしました。あの畑、ふだん耕してないでしょう。《火把节》とのメモがあるのですが、なんでメモしたか忘れてます。

kotobank.jp

ジェット・リー(李连杰)はひっそりチベット仏教の支援もしてますので、大涼山地区への義捐関連で名前が出てきても、何もおかしなことはないかと。

stantsiya-iriya.hatenablog.com

都会の人間はみんな遊んで暮らしてるように見えるのでうらやましい、だから自分も都会に行きたい、という少年に、”这是错误,非常非常大的错误!“と監督が言う場面は、いやあ、竹内サン本人もしょっちゅう、めんどくさいタイプの中国人から、こういう言い方で指摘されてたんだろうなと思いました。父親が、出稼ぎが都会に出て、法的知識などを知らないでいいように利用され、補償などもロクになく、暴力に訴えること、暴発することでしか主張出来ない現状を、自分たちの世代では無理だったが、子孫の代では変えたい、同じ苦い思い、挫折を味あわせたくない、というようなことを言う場面は、ほんとうにそうだと思いました。この映画は、そこで、やっぱり多数民族の言語である漢語高等教育しか解決方法はない、というほうに流れてゆきますので、そこに関しては、民族にもよりますが、ちがうとも思いました。まあ、金田一京助サンがアイヌに関して同じような「同化による最終解決」を理想としていたなどの意見を漢族が出してくるのは自由だと思います。どんどん言いなはれ。

何度も言いますが、この映画は、徐亮サンの執念の成果だと思います。がんばりなはれ。

www.youtube.com

竹内監督が、スマホでの動画撮影のイロハを教える場面もよかったです。引いたところからなるべく動かさずアップにしてゆく、など。まあそういうのがないとね。練馬の彝族の人に、(今やられているNPOの行き詰まりを打開するため)自民族支援にシフトしてみてはどうですか? と提言してみたのですが、返信はありませんでした。以上

(2023/7/29)