『浮遊霊ブラジル』"A Wandering Ghost (floating spirit) in Brazil" by Tsumura Kikuko 津村記久子 読了

『この世にたやすい仕事はない』*1*2を読んで、面白かったのでほかのも読もうと思って読みました。表題作は、『この世にたやすい仕事はない』の第一話に出て来る小説家が作中で書いていた小説です。作者がモデルと思わなかったですが、モデルだったのか。

装画・扉題字 北澤平祐 装幀 大久保明子 DTP制作 ローヤル企画 読んだのは2016年のハードカバー。表紙は同じです。あまりに素晴らしかったからか。ななつの短編からなるショート・ストーリーズです。

右は表紙(部分)

『給水塔と亀』"The Water Tower and The Turtle"文學界」2012年3月号掲載

この本にはうどん製麺所が出て来る話が一つ、うどん屋が出て来る話が一つ、そば屋が出て来る話が一つあります。これはうどん製麺所が出る話。

頁7

(略)何かが動く気配がしたので、下を向くと、湯気の立つ道路の側溝を、一筋のうどんが流れてゆく。以前はもっとたくさんのうどんが流れていたような気がする。(略)

 寺と製麺所を隔てる細い道は、私の通学路だった。(以下略)

定年退職後に、親類もいない故地の家賃が現在の半額程度だったので、Uターンしたひとりものの話。この人の小説は、天然かつ確信犯的に登場人物のジェンダーがぼやけますので、ACの広告のように、先入観を持って読んで、裏切られることばかりです。この話は、引っ越しを機に自転車を買って近所を散策し、爽やかな季節(いつかは書いてないが、たぶん冬以外)ビールを飲んで、第二の人生の初日を過ごします。

ひとつ指摘するとすれば、履歴書。今は買って手書きの時代でなく、ワードかエクセルで自作してもいいし、ウェブにテンプレもあるので、それで作って印刷して、が主流みたいです。なぜか取り込んだ写真を貼るのはダメらしく(私の今の職場は私の応募時、例外的にオッケーだった)かといって証明書用写真をとったりそのデータを印画紙に出したりを毎回やると金額がかかるし手間なので、白い壁を背景に自撮りしたのをコンビニなんかでプリントアウトし、わざわざ裏に消えないボールペンで氏名等書いてスティック糊で貼ったりして送ってたはず。で、誠に恐縮ですが、書類選考の結果、今回は残念ながらの時は履歴書返送されるので(その際イケズな会社は再利用出来ないよう折ってふつうの封筒に入れてたり。「だってその都度新規に書かないで、ほかに送った履歴書を再利用するなんて失礼じゃないですか」とほほ)写真ははがして再利用。

そりゃ、新卒採用はエントリーシートばっかりになる罠、という時代の後が今なので、最近はどうなんでしょう。主人公は定年退職するまで就活したことないはずなので、時代の移り変わりを体験するのはこれからで、そういうモロモロが待っていますと。ご活躍を祈念します。

というわけで、この話がいちばんあたりさわりのない、読後感のいい話。

表紙と背表紙と裏表紙は一枚の絵です(部分)

うどん屋ジェンダー、またはコルネさん』"The Udon Restaurant's Gender and Corne-san"文學界」2010年2月号

この本には南米の出て来る話が複数あるので、これもそうかなと思いましたが、コルネさんは主人公がその人にひそかにつけた綽名なので、どこかよそぐにの人ではなさそうです。"Ms Corne" でいいかなあと思いながらグーグル翻訳すると、"Mr.Cornet" になったので、あわてて"Corne-san"にしました。中文でも〈先生〉と〈女史〉を分けたりするので、日本語はとても便利。これだけ男性言葉と女性ことばで語尾が異なるのに、ここはこういう方向に進化してくれてヨカッタですね。「アラ、○○さんの奧さん、どこいかはりますのん? それとも、内縁の奧さんいうたほうがよかったでっしゃろか?」

お話は、話好きな有名うどん店の店主にまつわるエトセトラ。実は… という内容でSNS炎上したりせず、現状、生温かく見守られているようです。それはそれで。

『アイトール・ベラスコの新しい妻』"Aitor Velasco's New Wife"「新潮」2013年1月号

これはアルゼンチンとウルグアイが出ます。作者はプロサッカー好きのようです。セレサポでいいのかな。

Kikuko Tsumura – Wikipédia, a enciclopédia livre

アイトール - Wikipedia

アイトールはバスク系の名前だそうで、ベラスコが"Velasco"か"Belasco"かは不明。

小学生時代のいじめの何割かは本質的に不条理なものなので、大人になると人はそこから自由になる、という話でしょうか。憑き物が落ちる。落ちない人も出ます。

dic.pixiv.net

dic.nicovideo.jp

メルキドを知らなかったので検索しました。

『地獄』"Hell"文學界」2014年2月号

上は表紙(部分)帯があったらそこに隠れてしまう箇所です。裏表紙でも亡者が足首を摑まれていますが、違う絵で、顔は図書館のバーコードで隠れています。生前なかよしだったふたりがともに亡者で出るので、それかと。それぞれ別の因業で、別の地獄に墜ちる。

毎日、自分が耽溺してたサスペンスものの殺されキャラになって死ぬ、というけっこうエグい地獄なのですが、さらっと書いてるのが作者の味。これもおひとりさまジャンルになるのかな。もうひとりは逆に、本人以外はそのつらさが実感しづらいような軽い地獄です。

『運命』"Th Destiny"「新潮」2014年9月号

ある人物のいきざまが語られます。作者らしくとぼけた、分かりにくい人物相関図や状況と共に。求愛してくれたが、あいまいな返事のままだったので自分の元を去った恋人を追いかけて、パラグアイの首都アスンシオンまで飛びます。パラグアイ絡みの人が職場をやめてしまったので、痛手と反省の日々の私には耳の痛い話。パラグアイは何故か南米人に言う時は「パラワイ」と言わないと通じないとか、ポルトガル語話者とスペイン語話者が会話する時は、前者がスペイン語をがんばって話すケースが多いとか、そういうのをもっと聞けたらと、残念しきり。

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マテ茶の飲み方のひとつで、冷たい飲み方だそうですが、知りませんでした。ほとんど説明なしに、マンゴーラッシーでもタピオカミルクティーでも置き換え可能な感じで出る。

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私はここまで手が拡げられないので、まず、ボリビアのモコチンチを、鶴見の南米居酒屋と別の場所で飲んで、モノホンを類推するところから始めたいです。

頁118

(略)ショッピングモールの同じフロアにシェラスコの店ができたため、夫が店長をつとめるアサードの店の売り上げが落ちるかもしれない、ということがときどき頭をよぎっていたのだが(略)

 どうしてあのショッピングモールは、そんなに焼肉の店ばかり作るのか。夫は、本場から来たアルゼンチン人だという触れ込みで店長をやっているのだが、本当はパラグアイ人であることを隠している。シェラスコの店の店長はブラジル人であるとのことだが、実はポルトガル人なんじゃないの? と私と夫は話し合った。

アサードがなんであるかの説明は一切ありません。シェハスコはまあ、分かると思います。私はここの記憶がはやくも模造になって、シェハスコでなくケバブが競合店だと思っていました。

ja.wikipedia.org

こういう話を宇宙船の船外作業中、ながらで思い出す主人公。

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主人公はよく道をきかれるタチのようで、アスンシオンでは「メルカド4」に行くバスを聞かれ、モスクワではボリショイ劇場の場所を聞かれ、日本では図書館と、受験会場までの交通アクセスを聞かれます。読んでて、道を聞いてくるくせに、「知らへんのならええんやけど」「すぐそこやで。ほんまにそうなん?」「いつもは分かるんや、いつもは」などなど、失礼なことを連発するオバサンに会うことがあるのを思い出しました。そういう人って、けっこう人に訊くクセがあるので、会う確率もまま、あります。

メルカド4は、前の話でメルキドが出たので、それで出した洒落かと思いましたが、アスンシオン最大のマーケットで、偽物市場としても有名だそうです。南米らしく、掏摸やらなんやらもそれなりにいるとか。

maps.app.goo.gl

この話であれだなと思うのは、インフルエンザで高熱を出した状態で、そば屋に入ってきつねそばを頼む場面。伝染るから、外食したらダメです。オーダーを忘れ去られ、泣いてしまう。インフルで39℃に加え、十八歳の春から試験に落ちること五回目。五浪か! と思いましたが、年に二回ある試験のようなので、なんだろうと思いました。宇宙飛行士の受験資格が高卒以上でいいのかどうか知らないので、なんだろうなあと思いながら読みました。

『個性』"The Indivisuality"「すばる」2014年9月号

この話も性別に惑わされました。AC*3。一人称「わたし」で、「ですます」調で話す男性の知人を思い出してしまったです。昨年くらいに子育てが終わると言っていたけれど、どうなったか。あと、ロバートの、料理ブログのひとを想い出しました。あの髪の色の女性、どれくらいいるんだろう。頁133「顔と半裸の体じゅうに、耳なし芳一のように字を書いた、バルセロナイニエスタの写真」のTシャツがほしいと登場人物が言う場面があるのですが、検索しても出ませんでした。この当時彼がまさか神戸でプレーすることになるとは、誰も予想出来なかったかと。

『個性』というタイトルですが、認識とか認知とかレコグナイズとかそういう題名にしたらどうだったでしょう。ネタバレになっちゃうのかな。

『浮遊霊ブラジル』"A Wandering Ghost (floating spirit) in Brazil"文學界」2016年6月号

英題は、英語版ウィキペディアから。また、伝統的にはワンダリング・ゴーストで浮遊霊だったとか。ただ、グーグル翻訳だとフォローティング・スピリットになりますし、そういう翻訳例もあるようなので、併記しました。

Kikuko Tsumura - Wikipedia

「霊物」の英語・英語例文・英語表現 - Weblio和英辞書

左は裏表紙(部分)右は中表紙(部分)表紙はこの物体にグラデーションがなく、平面なので、あんまり意識しないのですが、イラストレーターはここに着目したかったのかもしれません。ギョーザかなと思いましたが、耳です。じゅうようなアイテムになるという。

この話の主人公も一人称「わたし」で、「ですます」調で話すのですが、いろいろ説明があるので、性別は分かります。ブラジルのみならず、リオ五輪が絡んで来ます。時事ネタ。浮遊霊はこの世にやり残したこと、みれんなことがあってそうなるという、日本独自の、宗教ではないけれど、学童期になんしか刷り込まれるスピリチュアルな共通認識がお話の根幹にあります。「死後の世界なんかないデスヨ」「霊なんかいませんにょ」「人は死ねば塵に帰るんですヨ」という人もいましょうが、「人は死んだら天国と地獄に選別されて、魂はそこに往く」という価値観であれば、仏教の場合そこに行くまでに49日かかります、その途中でふぅらふらもある、という説明で、納得して頂ければという。漢訳仏教の場合のみで、テラワーダにはそんな教えないデスヨ、とか、ブッダはそんなこと言ってません~、という人もいるかもしれませんが。

『君は永遠にそいつらより若い』はタイトルがキャッチーすぎてあれですが、いくつかおもしろい題名もあるので、読んでみます。下記は、どうして電子版がU-NEXTなのか、そっちのが気になったり。

以上