ビッグコミックオリジナル連載『前科者』に出て来る本。
国書刊行会は、"National Book Publishing Company"とでも訳すのでしょうか。古今東西のあらゆる奇書を訳す出版社のイメージですので、逆に、英文サイトもなければ英語ほか、他言語のウィキペディアもない、よく見るとおそろしくドメスティックな会社だったという。
漢字の社名なので、漢字文化圏に共通する社名なんじゃんという話もありましょうが、通じるのはもちろん通じますが、表記に関して、厳密には、大陸ですと《国书刊行会》、〈书〉が簡体字ですし、台湾香港韓国ですと「國書刊行會」、〈國〉と〈會〉が繁體字ですので、「国書刊行会」という字面は、これ以上ないくらいドメスな社名ということが言えると思います。
地元に、自治体名プラス「市民」を冠した名前の斎場があって、しかしそこはふつうの民間業者さんの斎場なので、開業当初は、まぎらわしいとお役所から注意されたとか。それの国家バージョンが国書刊行会と考えてもいい気がします。政財界にもまじないや風水、ゲン担ぎをする人は少なくないので、これだけこうした本を出していれば、いかにアレでもおっかなくて注意されにくいかと。
おおむかし、町田の仲見世に福家書店があった頃、東急ハンズやモデルガンショップが狭い地区に集中してたこともあり、サブカルの拠点でした。当時出ていた諸星大二郎がぜんぶあった。ジャンプスーパーコミックス少年チャンピオンコミックスサンコミックス。で、それと同時に、国書刊行会の魔術関係の本なども充実しており、「この袋とじの部分を破って読んでしまうと、世界が滅んでしまうかもしれない。そんなことが書いてあるらしい」「なら印刷の時どうしたんだよ」みたいな本が目白押しでした。コーナーに行くと、気分はもう黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)
あと、厚木の戸室にあった古書店が、なぜか国書刊行会だけ新刊を扱っていて、不思議でした。バブル前に閉店した店。
ウェブ版は抜き刷り、否抜粋で、全文は小冊子を入手しなければいけないそうです。おそろしい。
ラインナップは、朝宮運河、○有栖川有栖、池澤春菜(最初夏樹と空目しました)、磯崎憲一郎、○いとうせいこう、植松靖夫、江南亜美子、○大槻ケンジ、大野露井、岡田秀則、岡部いさく、○奥泉光、鏡リュウジ、川勝徳重、川野芽生、川本直、木澤佐登志、岸政彦、北原尚彦、木下古栗、木原善彦、○京極夏彦、○日下三蔵、小池昌代、小金沢智、小松和彦、佐々木敦、佐藤究、芝田文乃、島蘭進、杉江松恋、瀧井朝世、谷崎由依、垂野創一郎、西島伝法、中川多理、永田希、中野善夫、○中原昌也、○南陀楼綾繁、乗代雄介、橋本輝幸、樋口尚文、牧眞司、○矢部太郎、山崎まどか(山崎紗也夏と空目しました)、山田英春、山本タカト、山本貴光、吉川浩満、米光一成、劉佳寧、渡辺祐真(森繁拓真と空目しました)。私がメディアで見たことのある名前にマルしましたが、はからずも私のもの知らずをまたしても露呈しています。
だいたい邦人名ですが、刘佳宁サンだけ中国人です。
また出身を尋ねると、予想外の激アツな回答が。「張暁輝と同じく吉林省長春市(昔の満州国)出身です。80年代の学生運動の主力も私たち北の民です!フォークナーの『サートリス』や『八月の光』(こちらの「敗者」は南のほうですが)を読んで泣きそうになったのも、中国の経済発展から取り残された私たちです…」
中国人、という書き方をしましたが、吉林省には朝鮮族や満族ほかもいますので、華人=漢族と断定したらよくないかな、と思って、民族名でなく国籍で書きました。劉という姓はあんましコリアンでは聞かないですが、いちおう韓国にも三十万人くらいいるそうです。
同音の「柳」「兪」「庾」などと区別するために、「卯金刀劉」(묘금도 유)と呼ばれることがある[10]。
非常に日本語がこなれているのと、私が以前知っていた朝鮮族の人も、江戸川乱歩とか大好きだったので、なんとなくそれで、漢族としぼりたくない。
対して十年前の40周年記念小冊子のラインナップは、朝吹真理子、安藤礼二、○池内紀、いしいしんじ、石堂藍、稲生平太郎、宇月原晴明、○円城塔、○大森望、○恩田陸、風間賢二、金原瑞人、亀山郁夫、川崎賢子、○菊地秀行、○岸本佐知子、紀田順一郎、○北村薫、木村榮一、倉阪鬼一郎、○COCO、○佐野史郎、○柴田元幸、須永朝彦、諏訪哲史、千街晶之、高田衛、高原英理、高山宏、滝本誠、嶽本野ばら、巧舟、巽孝之、谷川渥、千野帽子、○津原泰水、○坪内祐三、○豊﨑由美、○長野まゆみ、○中野美代子、○南條竹則、西崎憲、○沼野充義、野崎歓、野谷文昭、○法月綸太郎、蜂飼耳、○東雅夫、富士川義之、○古川日出男、○保坂和志、堀切直人、松岡正剛、○皆川博子、森英俊(?)、柳下毅一郎、山尾悠子、山口雅也、○横尾忠則(?)、○吉野朔実、若島正(?)。推薦者一覧と推薦作品リストで一致しない三人には後ろにハテナマークを入れました。
国書刊行会40周年サイト - 40th Anniversary - 40周年記念フェア開催!
国書刊行会40周年サイト - 40th Anniversary - 推薦者と推薦作品リスト
四十周年記念サイトを消してないのが素晴らしいです。前回から十年しか経っていないので、それで今回どうしても小粒になってるなどとは、壱㍉も思いませんでした。40年は、たぶん全員日本名。「COCO」含め。「巧舟」サンは、qiaozhouチャオジョウサンではなく、たくみ・ふねさんだと思います。
50周年は、出だしでいとうせいこうや大槻ケンジが見えて、下の方に矢部太郎が見えてしまうと、チャラいというかカルいと思う人はまさかどこにもいないと思います。マサッカー。いとうせいこうは後藤明生コレクション編集委員のご縁だったようで、三冊の中にそれを入れています。三冊、ということになっていますが、シリーズものはシリーズ名でもオケで、池澤春菜という人はそれを知らずセレクトに腐心して、あとでシリーズ名でもオケと知って、「(泣)」と書いています。ほかにも同様のおっちょこちょいはいそう。
しかし国書刊行会にも確実に新しい流れが来てるな、と思ったのが、複数の推薦者が「新しいマヤの文学」シリーズを入れてる点です。マヤはどの本も本体二千四百円と、飲み会一回で五千円は当たり前のご時世に、しかも国書刊行会なのに非常にリーズナブルなお値段で、抑圧された少数民族、南北格差、女性、と何拍子揃ってるのか分かりませんが、国書刊行会がそれやるの? と途方もなくおどろいてもいいのではないでしょうかという本です(読んでませんが)。ピンチョンとボルヘスの時代は過ぎ去りき。その一方で、劉サンもそうですが、「今涩泽」大野露井サン(©川本直)などの、かつての国書路線支持者の層も厚いわけですし、そのへんのせめぎあいが生み出すダイナミズムが今後の見どころなのかもしれません。
まあ私は、矢川澄子さんの本*1を読んでから、完全に澁澤に引いてます。これはひどいとしか。
植松靖夫という人が旧漢字旧かな遣いで書いていて、丸谷才一くらいの時代でもなく現代ですので、その文章が正しいのかなんちゃって擬古文なのか、読むほうがもう判別出来ま千円と思いました。少なくとも私は分かりません。以前、京大人文研の『東方學報』は全文舊漢字舊仮名遣いですので、院生大変だよねと話したことがあるのですが、印刷所が全部変換してくれるんですよと想定外の種明かしをしてもらい、それでいいんかとくらくらしました。印刷会社が手作業でやってるとしたら、職人さんが退職したら終わりになるのではないでしょうか。
Kyoto University Research Information Repository: 東方學報
木下古栗という人は変わっていて、推薦した本のうち二冊を「面白くない」とくさしていて、もう一冊は積読で読んでません。それなのにどうして推薦してるのかという理由の変化球ぶりを楽しむ文章なのですが、それにしてもという感じで面白かった。
鳥薗進という人の推薦書はまったくほかの人とかけはなれていて、そのような本も出している出版社ということで、逆に株が上がったと思います。マンガ本を推薦してる人は実はそれなりにいて、如何に現代人が本を読む環境にいないか、忙しいか、スマホが時間泥棒なのかよく分かるという。
垂野創一郎という人の推薦書の一冊がでふ先生の訳書で、でふ先生ならではの余計なウンチクを推してるのがよかったです。そういう回顧趣味があってもいい。名だたるSF邦訳の幾つかは浅倉久志訳で、そういうのが推薦書に上がってるのもよかった。
私のイメージする国書、クトゥルーやらダンセイニやらを直球で語っているのが暴力温泉芸者。やっぱり、世代なのかな。
巻末に社の沿革とこの本に出て来る本の五十音順リスト。シリーズは全冊記載してますので、膨大な量です。品切れ再版未定本にはその旨十字架マークが。アーメンということなのか。社の沿革は、賞をとった本が全部出るので、『スクリプターはストリッパーではありません』とか『陽だまりの果て』とか、意外とふつうやんと勘違いさせる書名がずらり。これもまた孔明の罠なのか。
若い人も、好きな本なので清水の舞台から飛び降りる覚悟で買った、プハーとか言ってたり(言ってないかな)矢部太郎が国書刊行会の本の価格は「ほほー」で、「ほほー」としか言えない感じだったり、京極夏彦が「国書税」という言葉が巷間流布しているとして、「借金してもお前は買うのだ」という本を出すのが国書刊行会だ、としています。実際はマヤ文学のように、リーズナブルなお値段の本も出しているのですが、すごい装丁の凄い本を出す会社というイメージは如何ともし難く。
一昨日の忘年会で、袁珂『中国神話史』の邦訳が出てしまったので、一万二千円もするのだが、なんとしても買わねばと鼻息荒く語る人がいました。出版社は違えど、在野のマニヤは至るところにいるという。
私にはそういう本が今、あるかなあ。とりあえず急逝したペマ・ツェテンサンの本は一冊注文しましたが…
そんな国書刊行会があるのは、縁切り榎でおなじみ、板橋。荒川を渡れば戸田だか川口の、板橋。実に澁澤チック。
以上