凍み芋のスープ、チャイロを頼んだのですが、あとで考えたら一度頼んでみたかった料理はワラスの鶏麦雑炊、ジュンカでした完結編

人形シリーズ さがみ野

おとついは、ラジオ体操しました。今朝は五時ごろ雨が降って、やんで、六時ごろ亦降って、また止もうとしています。

下は小林克也翁のファンキーフライデーでかかってた曲。邦題は「金を返せ」

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スタバとガストでこのブログを更新したので、またradikoの聴取エリアがほっきゃーどーに戻るかなと思いましたが、戻りませんでした。よかったよかった。

お寺で施餓鬼の説明を受けたり、メロンのお中元が届いたり(写真なし)

洋楽シーカーズという番組を聴き始める前の、渋谷陽一の番組特番でおおぬきけんしょうという人といとうせいそくという人がしゃべっていた時は、大貫サンの声が、泉谷しげるの芸を反響考えず乱暴にやってる感じで、何だこの人は、スマップ時代のゴローチャンのラジオトークを聴いたことがあるのですが、その時に思った、口の利き方を知らない人だなこの人は、と五十歩百歩のゴーマンさで、すごくひいたのですが、こうやってレギュラー番組になると、ふしぎに自分をちゃんと抑制、コントロールしていて、おどろきでした。ふつうのひとじゃん、みたいな。むしろ、特番だと大貫さんの暴走フォローにてんてこ舞いだったように見えたいとうせいこう、否せいそくサンの方が、腹黒いキャラで、毎回お調子者の大貫さんをそそのかして踊らせようという意図が透けて見え、食えんやっちゃと思ってます。という文章を番組投稿フォーマットにでも貼ろうと思ったのですが、採用されそうもないのでやめます。ので、もし同様の投稿があったら、それはこの文章のコピー&ペーストです。誰かほかの人。

一発ギャグ「ブ林剣国務長官」「武林とかけてるの?」「ブリンケンケンブリンケンケンブリンケンケンブン!」

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コーソウ、趙リッケンバッカーサンと来て、また同タイプ。どんだけ同タイプが量産されているのか、中国は。日本もまあ、はぎうだコーイチさんとか、似た顔が多いなと私は思いますが。

オナクラクンが、ランチパック食べてる人のところに来て、ランチパック開けると一瞬くさくないですか、ボクそれで食べられないんですよと言ったので、「なんだお前失礼な奴だな人が食べてる前で」と、反響が広がっています。口は災いの元。慎みなはれ。

以下、7月12日の日記の続き。

これまでのあらすじ。当日昼予約で湯河原に夜行って、チャイロを組み込んだコースにしてもらって、水、チチャ・モラーダ*1、カンチータ*2、うつぼ*3のセビチェ*4イカ墨とアボカドのカウサ・レジェーナ*5ワカタイ載せ*6と来て、次がメインのチャイロですよというところ。

チャイロ。アンデスの凍み芋をもどして作るスープ。

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ふつうの食器以外に、よく切れるナイフが来ました。チャイロはふつう豚肉か牛肉で作るんだそうなのですが、「急なオーダーだったので」湯河原のイノシシで作ったとのこと。急なオーダー関係ないやん。絶対シェフが、こうした方が客が喜ぶと思ったとしか。目論見どおり、大喜びでした。

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アヒ(とうがらし)も、アヒ・アマリージョ以外にもう一種類来ました。上にはワカタイの葉。

拡大。ジビエなので骨が固いかなと思ったのですが、意外とぐずぐずで、前にケニア人のオバサンと話した時、彼女はケンタッキーに行くと骨がなくなるまでガジガジやってしまうと言っていたのを思い出しながらガジガジやっていると、どんどん削れて食べれてしまいました。

完食。残ったイノシシの骨はこれくらい。

現地でつけたメモをまとめて製本した本(一冊こっきり)を見せてくれたのですが、とにかく最初のほうは料理用語を細かく載せていて、そりゃそうだなのですが、どの国の料理でも、調理法がたくさんあって、用語もたくさんあるものだと思いました。中華の厨房で修業したことがあってタイ料理を細かく調べた労作の本まで出している前川健一サンが、英語で歓談中「ふきこぼれるからナベのフタとって!」と英語で言われて、フタの英語リドを知らずぽけーとして「バカなの?タヒぬの?東南アジアの親族ナントカ主義とか学術用語ばっかり知ってても、何の役にも立たんやないのアンタ!」とどやされたエッセーを読んだことがありますが、そんなの言語道断つつじですよね。中華の、火加減によって〈炮〉とか〈炖〉とかいろいろあるのとか、千切りやごろごろ肉の〈丝〉〈块〉などはなんとなく漢字でご理解頂いていると思いますが、こういうの全部フラ語スペイン語タイ語ウルドゥー語ベンガル語ネパール語やハングルで覚えるのも、大変なんでしょうね。ホントに中華は楽ですよ、ガチだなんだと言っても、漢字。

その後は、本に載りきらない多種多様な料理が載っていて、私がいまだにペスカドアロマチョとスダッドの区別がつかず素人丸出しで悩んでいるのに対し、そも「スダッド」は動詞「汗をかく」の過去形であると、調理法がどう違うかのヒントまで書いてくれていて、なるほど~と思いました(でもまだペスカドマロマチョとスダッドの違いはよく分からず)料理の中で、カラプルクラをパンで作ったらこうなるのかな、みたいな"Ropa vieja"という料理*7が目を引きました。検索すると、ラテンアメリカ世界では、ペルーがメインをはる料理でないようなので、それで本には載らなかったのかもしれません。本を作った際には、やはりいろいろ制約があったとのこと。まあ野生動物なんかは、軽々しく載せられないとは私も思います(西表島セマルハコガメはまずいので誰も料理しないからいいのですが、おいしかったらやっぱりヤバかったと思います)

デザートはアロスコンレチェ。ここはデザートにピカロネスを出すことが多いとレビューを読んで知っていたので、甘い揚げ物はあまりほかのペルー料理店で見ないというか油を別にして揚げるのがめんどうそうなのでメニューにある店でも頼みづらいので、今日は食べれるなと思っていたら私のコースは冷たいオコメのプディングでした。そこはほんのちょっと残念閔子騫です。たぶんこの米もジャポニカ米でなくインディカ米なのですが、冷たいインディカ米のデザートは南インド料理店にもあるので…

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タマーレスも単数形はタマルーだそうなので、それと同じことのようで、お店ではピカロネスもピカルーと呼んでました。耳で聞いただけなので、ちょっと違うかもしれませんが。ほかのテーブルはピカロネス。ちなみに、ほかのテーブルのメインはロモ・サルタードでした。ほかのテーブルがストレートど真ん中好球必打で、私のテーブルだけ黒田ゼルビアが濡れたボールをていねいに布で拭いてからロングスローを放ってきた(しかもラインの内側に踏み込んで)感じ。

拡大。何か具を撮ったのですが、その具が何か忘れました。ナッツだったかな。なんだったか。現地写真も見せてもらいましたが、広角レンズで撮るのが、フィルムカメラの時代だなと。デジカメだと、望遠以外、あまりレンズ代えて撮るって、ない。フィルターにしても。メルカドでしたか、市場の写真が多いのですが、太った恰幅のいいオバサンが多くて、そういう人は日本には来ないなと思いました。出稼ぎに多いタイプと、現地で出会うタイプがぜんぜん別な例がここにも。以前本厚木の駅前で情報交換してた背の低い人たちは、この写真にはいない。あの人たちもペルー人、日系ペルー人だと私は思っていたのですが、ひょっとするとちがうのかなあ。東南アジア人には見えなかったのですが、フィリピン人だと東南アジア人にも東アジア人にも白人黒人にもインド人にも見えない人も多い。メスティーソかと思うと、「フィリピン人デス」

チチャモラーダも飲み干しました。私は向こうの人みたいに、インカコーラガラナ2ℓボトルがぶ飲みしながら食事は出来ないです。後ろが、手製の一冊だけの本。ウチュクタがケチュア語でアヒの意味とかいろいろ書いてあって、実はペルーの日系人はリマ出身が多かったりでケチュア語は分からない人も多く、その国の多様性はその国で生まれ育ってもなかなか会得するのは大変だとやはり思います。外部からの訪問者の方があちこち行ける(治安がよければですが)というのはある。

レモンバーベナ、イエルバ・ルイーサのお茶を頼みました。

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お店にはペルーの有名な和食料理人ディエゴ・オカの色紙があったり、故・小西紀郎サンとのツーショット写真がありましたが、実は私は後者ははっきりそれと認識していませんでした。

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デザート完食。お店の人が言うほかのペルー料理店の名前を一個も私は知らず、原宿や青山のお高い店は分からないと改めて思いました。逆に私のいうペルー料理店の名前、今はもうない鶴間の船戸サンのケイミ、大和のブエングスト、今もあるゴチダイナー、コラソンラティーノ、中津のティキ、川崎と五反田のアルコイリスなどがろくろく通じず、在日ペルー人が行くペルー料理店と、世界の美食家が行くペルー料理店の違いを思い知らされた気もしました。八王子のミスキィだけ通じた。

で、在日ペルー人のあいだでもこのお店とシェフは有名ですけど、本に書かれた略歴、最初はテックスメックスでないメキシコ料理のシェフを目指していて、ひょんなことからペルーにはまった、などのことを、日本語で書いてあるからか、あまりペルー人に聞いても知らず、もちろんシェフの持論、ペルー料理のルーツは黒人料理にある、なども知られてないのが残念(ホンモノのペル―料理なのかそうじゃないのか、値段が高いが都心のペルー人シェフの料理はもっと高いなどの情報ばかりスペイン語の世界では出回っている)という話はしたのですが、ちゃんと伝わってなかったらすいません。

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上の読書感想も、メイン編がとっちらかってて、まとめられないまま中座中です。食事の話はここまで。

マッサージは若いうちならいいのですが、ある程度の年になると、揉み返しの反発が多くて、却って疲れる気がします。と言って若いうちなら回復力も高いので、マッサージなんていらないでしょうし。というのを、ホットペッパービューティのポイントでマッサージ受けて帰ってきて一晩たって思いました。三千円弱。

湘南は天皇杯三回戦ベルデーに1-0勝利。二回戦で負けてたと思ってたので、三回戦まで進んでて、そんでまた勝ってよかったです。町田はと思ったら二回戦で筑波大に負けて大炎上だったのを私が忘れてました。

週末のJリーグは湘南がズビロに5-0。動画だけでは何がどう退場なのかも分からず、VARの結果とネットニュースで知りました。でもまだ18位。バリバリ降格内。町田もベルデーに勝ったそうで、気になったコメントは、「選手の経験しかない監督に対し、黒田監督はアマチュアで送迎からホペイロから父母対応から栄養管理から何から全部経験してる、その上で選手をのばしている、この差は埋められない」というもの。まあゼルビアでぜんぶひとりでやってるわけじゃないので、裏方チームをまとめる力、実務を「分かってる」ことも大きいんだろうなと。スター選手あがりの監督はそれを持っていないが、でも学べると私は思う。ここで選手が抜けるけれど、そこでまたサイバーエージェントのフジタパワーで大補強したらその方がおもしろい。昨年のバスケスバイロン的な補強をしたら、それこそまたヒール力が沸騰してすごいはず。

まひろ体験、“见到你,我很高兴。”は誰が聞いてもそく分かったのでしょうが、その後はもう、越前のyueqianがyuezheng月睁と聞こえ、もうさっぱりさっぱりでした。”我想家“woxiangjiaと言ってるように聞こえたので、故郷が恋しいのかと思ったら、日本語ではそんな文章一㍉も出ないし。

さて。雨は上がりましたが、さて。

今日も、明日も、穏やかに、静かに、落ち着いて、平和に。そして、出来ることなら、自分も周りもみな、しあわせにすごせますように。