『”せんべろ”探偵が行く 中島らも酔いどれ紀行』読了

今年の六月に出た酒のほそ道の新刊まえがきで、
ラズウェル細木先生がこんなことを書いていたのが発端。

まえがき
「せんべろ」という言葉をはじめて聞いたのはいつ頃だったかな?
「千円も出せばべろべろに酔っぱらえる」という飲み屋のキャッチフレーズだと知って、どことなく品のない響きとともに、「千円でべろべろに酔っぱらうわけないじゃん」という疑いも湧いてきて、あまりいい印象を抱けなかったおぼえがある。

千円の外飲みで酩酊の域には達しえない、と書いたうえで、

まえがき
使わんぞわたしゃ、「せんべろ」なんてこの先も絶対に!

としています。そもそも、酩酊になる迄飲む必要はないし、
結果としてついつい量が過ぎて記憶が飛ぶケースでなく、
故意に失見当まで自分を追い込んで何かを忘れる必要がある、
という星の王子様に出てくるアル中みたいな場合だと、よくないなあ、
と思っています。
過去とかトラウマとかPTSDとか現状とか惨状とか、
忘れる方向でなく、向き合う方向で……簡単に言わないでよ、
みたいなことも多いと思いますが。しかし。

で、確かせんべろって、中島らもの共著のタイトルだったな、
と思い検索してみたら、そうでした。

せんべろ Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9B%E3%82%93%E3%81%B9%E3%82%8D

一般には作家の中島らもと編集者の小堀純が、共著の著書『せんべろ探偵が行く』(2003年、ISBN 978-4163595009)で使い始めたのが最初と言われている。

千円で酔えるならアル中は気が済むのかというと、そうでもないわけで、
アル中探偵マット・須賀田さんの小説の下記を思い出しました。

死者の長い列 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

死者の長い列 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

*1

頁67
セント・クレア病院で開かれるAAのビッグ・ブック集会に出た。集会では、ある男がこんなことを言っていた。「アル中とはどういうものか。酒場にはいったら、“一ドルで飲み放題”という案内が出ていたとする。それを見てすかさず、“これはいい。じゃあ二ドル分飲ませてくれ”と言う。それがアル中だよ」

飲んで焦燥感が消えればいいけど、消えるわけじゃないですから。
読む必要もないと思いましたが、丈太郎が、俺の心に後味のよくないものを残すぜ
と言った時のような、歯に物が挟まったような気分でしたので、読みました。

せんべろ探偵が行く

せんべろ探偵が行く

せんべろ探偵が行く (集英社文庫)

せんべろ探偵が行く (集英社文庫)

借りたのは単行本。しみとかよごれとか濡れたあとがありました。
図書館で借りた本を読みながら泥酔した人がいたんだな。
まえがきが当時のマネジャーさんの大村アトムという方で、
まだ掲載誌も決まってないうちから(オール読物に決まりましたが)、
中島らもをぐいぐい動かしていくところがよかったです。
もしも中島らものマネジャーがドラッガーのマネジメントを読んでいたら。
この方のツイッターを拝見したら、先ごろらも追悼イベントがあったのを知りました。
死んだアル中に酒なんかお供えせんでええよ、と私は考えますが。

最後の晩餐 Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E6%99%A9%E9%A4%90_(%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E7%95%AA%E7%B5%84)

で、まえがきに出てくる『最後の晩餐』という番組は私も見ていて、
好きでした。中島らもがそこまでの依存症患者とは知らなかったので、
途中までキダタローと仲が悪くて、或る時キダタローが、
ガダラの豚読んで感動した、この人はこんなスゴイ才能の持ち主やったんや!
と収録中口に出してホメていたのを見て、ホンマ関西の、
丸く収めようとするパワーはえげつないな、と思ったのを覚えています。

で、この本は、らもはとこどどころのエッセーだけで、
基本の文章(会話のテープ起こし基ICレコーダー起こし含む)は、
小堀純という人が書いています。またこの人がうまいです。

小堀純 Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%A0%80%E7%B4%94

頁13 その一 突入!せんべろパラダイス 大阪・新世界
 無計画とアドリブ――川崎ゆきおの漫画「猟奇王」よろしく、私らは走り出していた。もう誰にも止められない。

いきなり猟奇王wwwwww

http://www.kawasakiyukio.com/cm/dt.html

でも、神戸とか佐世保とかあると、あの猟奇とこの猟奇の格差に、
愕然とする今日この頃です。東直巳の下記が頭から出てくる。

駆けてきた少女―ススキノ探偵シリーズ (ハヤカワ文庫JA)

駆けてきた少女―ススキノ探偵シリーズ (ハヤカワ文庫JA)

新装版 ススキノ・ハーフボイルド (双葉文庫)

新装版 ススキノ・ハーフボイルド (双葉文庫)

熾火 (ハルキ文庫)

熾火 (ハルキ文庫)

頁13 その一 突入!せんべろパラダイス 大阪・新世界
 中島らもがその作家生命と生命保険をかけてのぞむ禁断の最終企画

生命保険、で思い出したのが、吾妻ひでおの本。

失踪日記2 アル中病棟

失踪日記2 アル中病棟

何度も入退院を繰り返していて、外泊や自助グループやらに慣れている患者が、
保険の適用を受けるため内科の病名を書いてもらうはずが、アル中と書かれてしまい、
保険が下りないとかでガックリくるシーンがあった気がします。
アル中は保険下りないんですかね。
らもは内科入院だけ?なので、
アル中の診断書書く精神科に掛かっていないのなら、
いくらエッセーでアル中アル中連呼しても、内科のカルテだけなので、
保険下りるんじゃないかな、と思ったりしました。
真偽は知りません。
(そういえば、あじまとらもはツイッターのやりとりとかしてた気がします)

頁131 らものらっぱ吞み 運転手の話
しかし考えてみるとタクシー業務というのは、一日半運転して一日半休むというものだ。車に乗っている間はもちろん一滴も飲まない。これが休肝日になっているのだ。

上はらも本人の文章ですが、一日半では休肝にならないと思いました。
抜けるまで二日、その後が休肝だから、
プチ断酒するなら最低三日以上と聞いた気がします。
アル中患者がアル中で入院するとその辺酒害教育で学ぶと聞きますが、
内科入院だとやらないのかな。

閑話休題、小堀という人の文章は面白いです。

頁26 その二 色街のネオンを肴に 横浜・黄金町
 横浜駅から京浜急行の普通に乗り黄金町へ。「急行」なのに「普通」かい!!

これ、最初何を突っ込んでるのか分かりませんでした。
確かに、京浜「急行」ですね。東急もじゃあ、突っ込まれるのか…盲点でした。

第三回では京橋でグランシャトーを出し、第四回名古屋、第五回神戸と毎回気張る。
どこかで、なぜか西村賢太の生前師匠を出したりしてて、関係あるのかとも思いました。

頁43 怖るべし、ウーロン酒
 店主マスター ウーロン茶でいいの?「ウーロン酒」ゆうのもあるんやけど。大阪ではウチしか置いてへんやつやで。
 宝酒造が出したやつで最初から焼酎をウーロン茶で割ってあるねん。
 2ℓのペットボトルに焼酎をウーロン茶で割ったものが入っている。アルコール度数は8%だ。関東ではウーロン割りはポピュラーだが、関西はそうでもなかった。最近は出す店も増えてきたが、ペットボトルに入った完成品は初めてみた。
 店主 これ、ごっつうよう売れんねん。
 小堀 一杯なんぼですのん?
 店主 二五〇円。アッサリしてるわりにようまわるで。
 大村 僕、もらいますわ。
 怖るべし、宝酒造の「ウーロン酒」(商品名・烏龍酒)。アトムもあっという間に一杯あけてしまっている。「控えめにせんべろしよう」と云っていた当初の目論見は悪魔の酒、ウーロン酒の出現でもろくも崩れさった。三人、酒のピッチが上がる。
 大村 なんぼでも吞めますね。油断して五杯くらい軽く吞めそうですわ。
 店主 五杯どころか、こないだ常連のおばちゃんが十三杯吞んだ。
 小堀 ひょっとして昼間に?
 店主 そう昼間に。さっきまでここにおったおっちゃんは三十杯吞んだ。
 らも 三十杯!?
 店主 うん。しばらくしたら、また戻ってきはるわ。

サントリー等、ほかのメーカも出してますね。
ペットボトルだと、見分けがつきにくいという声もあったような…
だからアルミ缶のもあるはず。緑茶割りも。

らもは第一回の新世界でいきなり路上にへたり込みましたが、
一色伸幸がエッセーで形容した*2ような、
茶色い顔ではなかったと思うのですが、

頁79 南千住で門前払い
 午後四時、外観を撮影してから店内に入った。まだ客はまばらである。テーブル席にしようか、カウンター席に座ろうかと迷っていると、ママさんが、「アカンよ。帰って」
 私が、「え、あいてるやないですか」と云うと、「アカンの!」のダメ出し。
 以前に何度か来たことがあるという和賀さんも困惑している。
 店の写真を撮ったのがいけなかったのか、私らは門前払いをくわされてしまった。
 大阪のノリと同じで気安く来たのが悪かった。いきなりのカウンターパンチをもらった私らは店を出て仕方なくトボトボと歩き出した。
 らも わしらがヤクザに見えたんやろか。
 小堀 え、わしらフツーやで。
 和賀 とんでもナイ!!
 私らのこの日の出で立ちは、らもサンが黒のセーターにグレーのジャケット、黒のサングラス。アトムは白のシャツにグレーのジャケット、うす紫色の帽子。私はチェックのシャツにブルーのジャンパー。総じて皆、衣類はヨレヨレ系である。おまけに、らもサンは、睡眠薬がまだ抜けないのか、足元がおぼつかない。

それだよ、それ!と思いました。アル中に、
周囲の(アル中を知らない)人間が善意から、
適正飲酒だなんだで飲ませようとしている、地獄への道を善意で舗装中の悪夢絵図、
に見えたのかもしれない、と思いました。見たくない人は見たくない。
だからお引取り願ったのかもしれない、と。
で、なぜママさんは関西弁なのか。そこは不思議です。
こんな感じなので、

頁193 その十四 市場で吞む幸せ 神戸・三宮
 私らが吞み始めたら、先客の方がらもサンにサインを頼みに来た。手帖のあき頁にらもサンがサインしていると店主の後忠雄さんがやってきて、「らもサン、昔はおもろいこと云うとったのに、最近はアカンがな」といきなりのダメ出し。関西のオヤジは愛あるツッコミをしてくるんである。

愛とかでなく事実ではないか。とも思いました。
マネジャーが大村さんかららもの息子さんへ変わり、
らも体調不良の回がそこそこあり、
べろべろでない状態のほうがいいとぼそっと独白する記述もあり、
そして結局十六回の連載すべてで一人頭千円は超過し、
ラズウェル先生は正しかったと思いました。
最終回は金沢で、趣味で店やってる人から骨酒やら珍味やらを、
デタラメに設定した千円払いで飲む話で、
吉田ケニチ先生の『金沢』へのオマージュかとも思いました。
あるいは、下記の本で、作者の取材にイチバン付き合ってくれた人が、
飛田にいられなくなって、石川県に逃げるところのオマージュか。

さいごの色街 飛田

さいごの色街 飛田

アル中は飲んでも死ぬ、飲まなくても死ぬと言いますが、らもは飲んで死んだ。
メコンウイスキーはタイなのに、この本でベトナムベトナム産言っていて、

タイ・ウイスキー Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC#.E3.81.9D.E3.81.AE.E4.BB.96.E3.81.AE.E7.94.A3.E5.9C.B0

そのくらいの事実誤認ならいいですが、文筆業の人なので、
もう少し酒害について正確な知識を書いてからでもよかったんじゃないか、
と思います。
周囲に迷惑かけてないようにみえるので、
そこは立派だったと思いますが、(本当のところは知りません)
他者に影響を与える商売の方なので。
でも、断酒を選択しないと、アレ以上の酒害は書きようがないのでしょうか。
やめる気がない。そして底をつく前に死ぬ。そういう人生。

【後報】
素面で生き、素面で死ぬ。それは、尊い
そうした価値観とは、違った人生だったと思います。
(2014/8/5)