表紙木版/松本ひろみ 装幀/加藤光太郎
大地の子守歌 (筑摩書房): 1974|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
中森明夫がビッグコミックオリジナルのコラムで紹介してた小説。素九鬼子という小説家の作品としては、デヴュー作『旅の重さ』のほうを彼は推してたですが、『旅の重さ』は、投稿してから日の目を見るまでおそらく二十年近く放置期間のタイムラグがあったことで、執筆当時の神武景気の四国の「空気」が、高度経済成長期に無理やりハメこまれて苦しんでる感じがありました。投げ手が投げてから二十年経って受け手のミットに収まるキャッチボール。
そこ行くとこれは、同時代の読者にタイムリーに出版されてますし、たぶん戦前の、伊予と広島県の御手洗という島の話なので、読者にもサクッと誤解なく届いたと思います。但しそれを21世紀に読む際は、折檻の場面など、読むことは出来ましょうが、自身で同じように紡ぐことは、体罰禁止世代には想像も出来ようもない気がします。見てないアニメ映画ですが、新海誠監督非作品「バケモノの子」とかが、このテーマの21世紀版なのかしらと思ったりしました。
文中に「がいな子じゃ」と、ガイナックスやガイナーレの語源となった言葉が登場するので、愛媛からどうやって鳥取まで移動したのか、瀬戸内海と書いてあるが、「がいな」は鳥取なので、山陰ではないか。なんかうまいこと潜戸みたいなタイムトンネルがあって、水木しげる記念館にでも通じてるのかと思いましたが、それは間違いで、たぶん愛媛と広島の話なのだと思います。長友佑都とパヒュームみたいな感じで。
「わん船」という船が登場するので、ウチナーグチの一人称なのか、王姓の華僑の交易船かと思いましたが、お茶碗の「わん」でした。
島が花街というと三重県の鳥羽を連想してしまうのですが、けっこうあちこちにあったんだなと。蛋民のような水上生活者がプロスティテュートをするのでなく、花街の娼妓が船に乗って水上生活者のところに出張サンビスに行く形態だったとのことです。
この「おちょろ」は、江戸の✌チョキ船と関係あるのか考えましたが、分かりません。
さらにいうと、北関東の「チャンコロ舟」との関連を知ることも、私のライフワークのひとつです(おおげさ)
ヘビを、くちなわといわず、「くちな」と呼んだり、とにかくセリフは現地語そのままなので、あ、これは、と、中国方言や四国方言を察しながら読むのが楽しいです。
伝道船ラザロ丸というのが出ます。クボヅカ登場としか思えなかった。白いペンキの上に墨で船名が書いてあるのですが、油性の上に水性で書けるものだろうかと思いました。すぐ海水で洗い流されて消えそう。
こういう、野生児が庇護者の死後孤児になるストーリーは、ひきこもりやその心理的予備軍の琴線に触れないわけがないのですが、ほっておくと何をしでかすか分からないからという理由で村中で寄ってたかってその孤児を遊郭に売ってしまうという展開がまず、21世紀的人権思想としては不条理としか思えず、売った金で庇護者の墓を建てるなんてウソだろう、濡れ手に粟で女衒やら何やらで山分けじゃんとか思わないのですが、どうも作中のムラ社会は、ほんとにそれで金儲けをしない感じなので、不思議です。
野生児が、遊郭で下働きをしながら大人になり、初潮を迎え動揺し、その後ほどなくして集団でボコボコ(フルボッコ)にされた後客をとらされる一連の展開はほんと、それだけで読む価値があります。これを女性作家がひとりで描き切ったのかと。その後、おきゃんな感じの媚態を身につけて、とびはねたりコケティッシュなしぐさをする場面の凄味は相当なものがありました。自分を売り飛ばした村の男が様子見に来たのなら、自分を買って抱いてくれるんだよねと迫る場面。父と娘程の年の差の男は逃げるのですが、これはこわいと思う。
頁200
「大きゅうなった! みちがえてしまうとこじゃったぞ、おりん。」
そういう佐吉に、りんはわざと子供みたいに袂を振って、ぴょんぴょん跳ねてみせました。
「佐吉はん!」
そういうてみるりんの声は、あのときの儘の汚れのない少女の声でありました。佐吉は、りんを上から下まで見ておりました。
「そなに珍しいか、佐吉はん。このうち、ちっとは変わっとるか。」
りんはおどけてみせるために、くるりと一回転しておりました。
「さあ佐吉はん、そっちの旦那もじゃ、富田屋の前を素通りとは殺生じゃが。このおりんがおるのを知っとりながらのう。」
「さあさあ、まだ早い。がらんとして暇じゃけんの、上って茶でも吞んでいておくれや。上っただけで銭おいて行けとはいわんけんな。それとも今日はまだちっと早うても、うちとあそんでいてくれるかの、旦那はんら。」
ふたりの男は顔を見合わせておりました。そして、連れの男は行ってしまいました。佐吉は気の乗らぬ風で富田屋に上って来ました。
入口で、主人と挨拶を交わしておりました。
〈まだこの子にいうて聞かしとくことがありますけんな〉
そういうて、あの最初の日に、佐吉がりんを連れて再び外へ出て行った同じ家の入口で、今、佐吉は久しぶりにやって来たことのわけや、しばらく遠のいていたことのいいわけをしておりました。主人らは、おりんのことをわざとらしゅうに褒め上げておりました。(以下略)
主人公は、後半、ニンフォマニアかワーカホリックのようにのべつまくなしに客をとりまくる、焦燥感においまくられる生活に入るのですが、読者も、ほかの登場人物も、そうしたさいのいくすえはこうなるだろうと、漠然とした予感を抱きます。
①梅毒などの性病を病む
②結核などを病む
③こころを病む
まちがっても、こころのやさしい男にひかされて、幸福な結婚生活を送ると予想する者はいない。もし空想力のない読者が読んでいてもいいように、ご丁寧に作者は、そういう男が現れるのだが、りんは男を「試す」ので、男は遠ざかってしまい、ほかの遊女をひかし、そして正妻と同居させ、ひかされたほかの遊女もけして幸せなその後を送ったわけではなかった、と、だらだら書いています。おそろしい。
結末は、光芒の彼方へといった感じで、私は予想を裏切られまして、まったくこのオチは咀嚼出来ないのですが、もうめんどくさいので、咀嚼しません。飲みこむ。くちなのように、まるのみです。
ここまでで感想は以上。以下蛇足。
①
<素九鬼子という作家>と題して「ビッグコミックオリジナル」最新号のコラム欄に一文を書きました。映画『旅の重さ』の原作小説家というと、ピンと来る方もいるかも。1972年の斎藤耕一監督作品、主演の高橋洋子が鮮烈でした! https://t.co/rHy7hEahEN
— 中森明夫☆自伝小説『青い秋』出版! (@a_i_jp) 2020年6月7日
これが中森明夫のビッグコミックオリジナルコラムの告知ついった。
そういえば先々月に作家の素九鬼子さんが亡くなられたんですね。『旅の重さ』『大地の子守唄』青春の思い出です。『大地の〜』は実は原田美枝子さん主演の映画から入りました。衝撃的な存在感でした。20年後舞台で共演し、失礼にならないタイミングでサイン頂戴しました。 pic.twitter.com/BkkyWKjvPP
— 塚本晋也tsukamoto_shinya (@tsukamoto_shiny) 2020年6月10日
そこで見つけた野火ひるこのついった。
天皇陛下と同年輩、新人類世代も還暦だ。宮台真司、大塚英志、浅羽通明、島田雅彦…みんながんばってる。が、妙に虚勢を張り、無理してマッチョや無頼を気どり転落、大月隆寛(90年代のスカ)、勝谷誠彦、文壇アウトローズ(福田和也+坪内祐三)らの惨状は見るに耐えない。若い世代は真似しないように。
— 中森明夫☆自伝小説『青い秋』出版! (@a_i_jp) 2020年6月30日
中森明夫がボーツー先生を死後DISったついった。リプライはすべて中森叩き。
②
ムダに映画四方山話が充実してるウィキペディア。原田美枝子は当時胸の揺れるCMがどうとか、渋谷パルコの喫茶店でオファーとか、脚本家は疎開先でイジメに遭ったので田舎ぎらいで、この映画が田舎を舞台にしてるのでどうこうとか、映画では主人公のイメージを原作から変えて中ピ連をモデルにしたとか、めちゃくちゃです。読まなきゃよかった。つべに誰かが勝手にあげた予告動画がありますが、コメントはほとんど原田美枝子の脱ぎっぷりに関するものです。読まなきゃよかった。
このウィキペディアの参考文献に、関川夏央の著書も入ってるのですが、まったくどうでもいい、プロデューサーの肩書に関するヶ所です。面白いエピソードの出典ではない。
以上