下記痛快!布マスク新聞のコラム「コリオリのことば」で本書を知り、近所の図書館にないかったので、紀伊國屋の通販で『黒狐の谷』といっしょに、否、河出の文藝別冊星野之宣特集といっしょに買いました。アマゾンよりポイントがいいので。
令和二度目の6月1日の写真 - Stantsiya_Iriya
買ったのは2020年1月の二刷。 装幀者 神田昇和
「はじめに」と「おわりに」と主な参考文献の記載があります。台湾の地名・人名について、日本語音で定着しているものはそれで、それ以外は中国語音でルビを振ったとあり、さらにその中で台湾語は(台:◯◯)と、「台」の字を入れてるとあるのですが、出だしの部分で既に彰化ジャンホワ、肉圓バーワン、QQ(ルビなし)と三種類の例を繰り出してきます。バーワンに台の字がないデスヨ、のっけからマイルール抜け落ちカラ、明大理工学部の理系のみなサン戸惑うデスヨ、と思いました。ジャンフワと無駄に「フ」の字を使わないところは好感が持てますが、表紙の作者名は"Arai Hifumi"と、fの字が使われており、実際そんな上唇と下唇擦り合わせて「ひふみ」と発音してないけどな、と思いました。Hihumi.
頁66に、例の天野健太郎訳で知られる歩道橋の魔術師の呉明益が登場し、呉明益の父親が高座海軍工廠で雷電を作った少年工のひとりであったことが語られるのですが(知りませんでした)呉明益が大和だか綾瀬だか座間だかの慰霊碑に手を合わせた時、少年工一人一人の名前が彫られてないことに気づき、大層心外革命で憮然としたそうです。
これ、意外な彼我の文化ギャップじゃいかと思うのですが、どうでしょう。あんまし、日本の慰霊碑や殉難碑、忠魂碑には、個々の名前を記さないように思います。個人を顕彰したものだけ、その人の名前がある気瓦斯。その点、あちらの義烈勇士碑は必ず全員名前がある気がします。そういう文化ギャップだよ、悪気はないよ、ってフォローすればよかったのに。でも私もそう言い切れるほどそこに注目して見てないです。西表島の忽名の石とか、小学生の名前列記してなかったよなあ、と漠然と思うくらい。京都の、相国寺裏手の、戊辰戦争の薩長犠牲者の碑はどうだったかなあ。
これは座間の碑。
令和二度目のメーデーは、史上初のオンラインメーデーでしたの日の写真 - Stantsiya_Iriya
頁118、「MIT」がメイド・イン・タイワンの略とは知りませんでした。このページはかつての台独の闘士が市長になった台南で戦前の林百貨店が復活したという記事で、日本によくある四つ角の角っこに面したデパートだそうで、対角が国民党所有地で、国民党はそこに台湾初の従軍慰安婦像を立てたそうです。香港で中国銀行が英国に仕掛けた風水戦争のミニチュア版でもないでしょうが、けっこうガチなんだなと。京都の四条大橋の場合、東華菜館の対角は加藤登紀子のロシア料理店で、にしんそばと南座の対角は交番です。私は台湾のこの手の問題というと、すぐに高金素梅の靖国「出草」を風刺したイラスト群を思い浮かべるのですが、あれほどネットに溢れていたのに、今はなかなか見つけられず、ネットってこわいわねと思います。
で、このページには、台湾の慰安婦記念館は台北の迪化街てきかがいにあると書いてるのですが、「迪化街」に日本語読みのルビが振られてるとは思いませんでした。それでホントに定着してるんですかね。ディーホワジエ、じゃないのかな。迪化はかつてのウルムチの漢語名、と頁137で説明されてます。そのページには、亭仔脚と書いてテンアカーと閩南語のルビが振られてますが、ここも(台:◯◯)ではありません。フフホトも「帰綏」だったりするんでしょうか。西門町もヘタするとシーメンディンと呼んでそうな気がします。私自身が時々、相模原市の西門通りをシーメンと言いそうになるので。
米軍相模補給廠のウエストゲートなので西門だとか。戦前は勿論陸軍だったわけですが、戦後に出来た商店街なので、ほんと、ウエストゲートにしとけばよかったのにと思います。
私はこの人を「さいもんルボンけい」とよんでました。ふみ。P.S.元気です、俊平!
話を戻すと、林森北路もまた、邦人から「リンセンベイルー」と國語読みされてると理解してます。頁137には大稻埕も出ますが、疲れたのか、ルビ振り忘れてます。頁126の青田七六は、チンティエンチーリウと北京語でルビが振られてますが、「あおたしちろく」でいいような気もします。
頁145、中正西路は、西路を死路と間違って読まれ、蒋介石タヒね、と呼ばれることを危惧してたとあり、読み間違えられるかなあ、と疑問に思いました。
頁154、臺鐵「田中」駅の駅名写真が載ってるのですが、アルファベットがウェード式でなくピンインで、へーと思いました。どこかで地名のピンインについての記事も書いてたはずですが、どのあたりだったか思い出せません。
しなの鉄道と台湾鉄路管理局との間で友好協定と姉妹駅協定が締結されましたが、
— しなの鉄道(非公式) (@shinanorailway_) 2018年5月19日
しなの鉄道線田中駅待合室に、台鉄田中站の駅名標と協定書が展示されました
台鉄に贈られたというナノブロックの駅舎模型も見に行ってみたいですね pic.twitter.com/pM66mO4baD
頁168、ケタガラン大道の博愛特区の台北第一女子高の制服は、「小緑緑シャオリューリュー」のキュートな愛称で知られる深緑色で、これは、白い制服だと空爆目標になりやすいので迷彩色にしたそうです。エドワード・ヤンの、ヤンヤン夏の思い出に出てくる姉のティンティンがいつも着ている制服だとか。私はこの映画、そういえば未見。
Yi Yi (2000) de Edward Yang - Shangols
えー、本書を読んで、いちばん????だったのが、「原住民族」という単語。「原住民」じゃなかったっけ?と思い、検索してみると、どうにもこうにも、どこのサイトも「原住民族」と「原住民」併記で、どういう時に「原住民族」どういう時に「原住民」なのか、使い分けのアーキテクトがでたらめな気がしました。
草風館「台湾原住民文學選」全10巻のホームページ(併記)
http://www.sofukan.co.jp/taiwan2.html
直木賞作家東山彰良のパパ(在日台湾外省人)の西南学院大学スタディツアーのページ
台湾順益原住民博物館日本語公式
新井一二三は本書で終始一貫して「原住民族」を使用しており、私自身は日本語としては「原住民」のほうがしっくりきますが、「原住民」と言い出すと、すぐ、日本では「原住民」より「先住民」のほうが穏当な表現で、中文では逆に「先住民」のほうが不穏当、という時間の無駄な情報整理が始まるので、それなら新井一二三のように「原住民族」で統一してしまうのも一理あると思いました。
以上