財団法人大同生命国際文化基金『ミャンマー現代短編集 1』 "HKITTHTUDOBAUNGYOUK 1" Kolo Luza Amyagyibe hint Acha Wuthtudomya (アジアの現代文芸)MYANMAR [ミャンマー]③ 読了

ミャンマー現代短編集 1|アジアの現代文芸の翻訳出版|翻訳出版|事業紹介 | 公益財団法人大同生命国際文化基金

前川健一『アジア・旅の五十音』に本人が登場する、ビルマの作家マウンターヤの本を読もうと思って、手が出ない新宿書房の本以外で読んだ最後の一冊です。訳者が1993年春に十年ぶりにビルマを訪れたさいに蒐集した現地短編集や雑誌の中から、14編を選び出して翻訳出版したもの。

マウンターヤの作品自体は、彼が社会派に転向してから書き出したという、浮世の渡世シリーズとでもいうのか、先日読んだ勁草書房の長編が、国営企業宮仕えの、マツダ四輪レーベインタクシードライバー哀歌であったように、江湖のお仕事紹介シリーズです。今回は、上座部仏教のお寺で、参詣者が功徳を積むために金を払って籠から雀を逃がすその雀を捕まえる仕事のひとの話。訳者はこれをして、軍事政権による大量収容の囚人たちの解放に関する隠喩としてますが、そこまではうがちすぎな気もします。諏訪の孤独死した知人らと京都で正月を迎えていた頃、伏見稲荷で雀焼きを買って食べたこともあり、写真を探しましたが、ぱっと出ず。中国産で、一羽五百円くらいと、お安くなかった記憶があります。

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短編創作が花盛りなのは、1962年の国軍政権掌握以降、マルクス・レーニン主義ではない社会主義計画経済体制の下、長編だと検閲で出版不許可になることがあるので、それだと執筆工数に対しもとがとれずコスパが悪いので、当局の意向に添い寝した骨太の栄光大河ロマン以外は、みんな短編ばっか書くようになったそうです。

本書におけるマウンターヤは、収録作品よりも、プロデューサー業、編集業に関しての辣腕ぶりを見るべきで、訳者が作品セレクトしたはずなのに、中表紙裏のコピーライトがマウンターヤになってるし、この大同生命のシリーズは、だいたい駐日大使がことほぎのレターを寄せてくれてるのですが(原文と日本語訳の併記、本書の場合駐日ミャンマー連邦大使ミャウンハン(当時)のお写真入り)それより前のページにマウンターヤによる「日本の読者の皆様へ」が載っているという… でしゃばりですね。

訳者あとがきによると、本アンソロジーは、ビルマでも、マウンターヤの手によって、『短編集同類多数』の名前で出版されるべく鋭意準備中だそうで、タイトルアルファベットの、"Kolo Luza~"云々のほうは、そっちのタイトルと思われます。ヒカキンみたいな文字の羅列のほうが邦題のミャンマー語訳表記。

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で、表紙や中表紙には、ビルマ文字が併記されており、この単語の羅列しかビルマ文字はない(各題名、執筆者名、初出誌は邦文のみ)ので、せめてこれを打ち込んでこましてやろうと考え、トライしてみたのですが、結論から言うと、挫折しました。

まず、ウィンドウズの「言語の追加」で、「ミャンマー語」を探したのですが、ありませんでした。

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「ま」の次がいきなり「も」で、「ミャンマー語」もなければ「メンバ語」(中国五十六の民族のひとつで、チベットの一支族を政治的な理由で別の民族扱いしてると言われます)もない。マイクロソフトがイケズで「ミャンマー」を使わず「ビルマ」表記してるのかなと、カーソルを上にすべらすと、

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「ひ」にも「ビルマ語」がありません。検索すると、長らく準鎖国体制だったビルマでは、民間企業開発フォントとキーボード配列が普及しており、それとは別に使いづらいユニコード準拠のソフトがあり、長年一太郎かワードかで戦っていて、かな入力とローマ字入力の覇者が見えてこなかったのだとか。さらにいうと欧米は長らくミャンマー経済制裁を加えていたので、西側企業のマイクロソフトがなんかするわけもなく、政府は2019年にようよう、後者を政府公式とすると打ち出したんだとか。

ミャンマー語キーボード|新興コンピューター社会と入力問題

ビルマ語(ミャンマー語)の入力方法 | エヤワディ Blog

いろんな市井の方のブログを拝見して、アルファベットを打つとビルマ文字の変換候補を出してくれる便利なサイトがあるそうなので、それを頼ってみました。

Burglish Test Engine

打ち込んでみると、どうも、このミャンマー語のタイトルは、「現代短編集」のビルマ語訳"HKITTHTUDOBAUNGYOUK"ではなく、マウンターヤ版の"Kolo Luza Amyagyibe"みたいでした。で、「ɔ」というか「つ」というか、みたいな字と、「:」のテンがマルになってる字が入ってるものが変換候補に出て来ず、後者はコピーアンドペーストで合成したものの、前者は複合文字の文字要素の一部らしくそれも出来ず、歯が抜けたようなミャンマー文字表記になりました。

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こうすればたぶんよい。

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で、サイトの、「つ」のない文字列をコピーして、htmlに貼ると下記になります。

ကိုဟ္လိုလူစ း အမ်းၾကီးပဲ

へんな記号(発音記号?)がいっぱいついて、字も変わり、トーストというか麻雀牌🀄みたいな四隅の丸い四角いワクが消えてしまいます。要するに失敗。

そんな短編集です。ミャンマー語版が無事出版出来たかは分かりません。登場する作家のうち、サンサンヌエという作家さんは、日本語版刊行時、思想犯としてインセイン刑務所に娘さんといっしょに拘禁中だそうで、当該作品が現地で収録されるかは不透明だと訳者はあとがきで書いています。でもその日本語版に大使が顔写真入りで祝辞を述べる国、ミャンマー高野秀行船戸与一だか北方謙三だかのビルマ取材旅行のお先棒担いだ取材旅行記ミャンマーの柳生一族』でも、監視役の同行お目付との珍道中が語られますが、そんな国(だった)のかなと。

 これが安田峰俊の近刊『さいはての中国』の、習近平出身地聖地巡礼ツアーの監視役公安だと、ひとのリーオゴでタダメシ喰らうだけのパパ活みたいなチャンネーなので、あんまし面白くないです。

あとがきで、不思議だったのは、訳者は1995年時点で、1989年から軍政府が使えと言い出した「ミャンマー」は使わず「ビルマ」で、しかしラングーンは「ヤンゴン」と書いてるんですね。なんでだろう。本書のセレクト方針は、男性作家と女性作家の数を半々にして、さらに、ヤンゴン派(ロウワービルマ)とマンダレー派(アッパービルマ)半々にしたそうです。女性作家は、かなり段々社のアンソロジーとかぶってます。

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上の本の読書感想を書く際、だいぶ作者のウィキペディアやらを調べるのに手間くったので、本書はもうサッパリそんなことするのやめます。でも上の本に出て来る感覚派小説家、ジューは本書にも出てきて、こういう感性で書く人は(翻訳のフィルター問題もありますが)相変わらず分かりま千円と思いました。でも大人気作家らしい。しかし21世紀のミャンマー女流作家の画像をぱらぱら見た時に、最近はもっとビジュアル重視のインスタ映えする作家さんもいましたので、高田馬場の呑み屋などでミャンマー人の姉ちゃんにジューの話しても、「古い」と言われるかもしれません。閑話休題でいうと、新宿のしょん横で東南アジア系の店員さんに出身国訊くと、「ミャンマー」と答える人がむかしは多くて、「タイ」だと新大久保と間違えられてめんどくさいので「ミャンマー」と言ってるのかなあ(福州などの福建北部、閩北なのに、中国の出身地を聞くと「上海」と答えるがごとく)と思ってましたが、ほんとにミャンマー人だったのかもと思います。反省。

で、存命者重視ということで、編纂に際して、物故した長老の作品を避けたが、『国中安泰』という、華人ビルマでの90年代の浸透についてスケッチを書いたウィンスィードゥーという作家が訳出作業中、五十代で病死したので、原則に例外が発生したとのことです。

マ・フニンプエー『同類多数』というバスの掏摸の話の頁52と、パインソウウェー『夢の河』という幼少時の思い出、戦後の内戦が終結しつつある時代の回想の頁64、ともに「強盗」と書いて「ダコイト」とルビを振っており、ダコイトといえばパキスタンで、某大学のフロンティアボートクラブのインダス河下り中、誘拐身代金要求したことで知られる名前で、(朝日新聞が飛行機飛ばして上空から撮影を試みたのを、パキスタン軍の介入と訝しんだダコイトが態度を硬化させたとか)インド亜大陸はおろか、アラカン山脈を越えたビルマでも強盗の意味で「ダコイト」ということばを使うのかと思いました。なんで訳者は訳注つけずにここ、ルビ振ったんだろう。

外務省海外安全情報

パキスタン各地で,白昼,銀行や商店を襲う強盗事件や,路上において銃器・刃物等で脅し金品を強奪する事件が発生しています。カラチ市では2018年1月から3月の間に邦人のけん銃強盗被害が3件発生しています。また,ダコイトと呼ばれる武装強盗団による車両強奪のほか,バスの乗客を装った者が現金を強奪する等の犯罪も発生しています。通常ダコイトは郊外で出没する傾向にありますが,最近は都市部でも出没していますので,同種犯罪に巻き込まれたり,又は狙われる危険性があることを認識し,細心の注意を払った行動をするよう心掛けてください。

訳者はマウンターヤのタクシー狂操曲でもキンマを「きんま」とひらがなで書いてましたが、本書でもそうで、ウコンも頁81、「うこん」とひらがなで書いています。クセなのか。

訳者はマ・バンケッというビルマ名を持っているそうで、向こうの人たちからはそう呼ばれています。意味は分からないです。ビルマ人は姓を持たず、生まれた年月日にもとづいた文字のルールで名前をつけると訳注にあったので、それにそった名前だと思います。不是随便做的名字。

私はビルマにインド人が多いのは、たんじゅんに隣だからと思ってましたが、本書のどこかに、英国統治のアヤだとあり、フーンと思ったのですが、どこのページかもう分かりません。解説には、1930年代に反インド人暴動がラングーンであったと書かれています。華人については、『国中安泰』の註に、ちょっと書いてありますが、タイのボーダンが『タイからの手紙』で、ビルマ組は華人排斥で着の身着のまま国外で逃げるかビルマ国内で息を潜めて貧困にあえぐかの「負け組」だ、と書いてることをビルマ側の視座から見たような話はないです。私は大同生命の本シリーズのビルマでは、2014年に出たキンキントゥー『買い物かご』は読んでいて、それ以外にも、少数民族が華僑の奥さんになる短編を読んだ気がするのですが、買い物かごだったかもしれません。

公益財団法人大同生命国際文化基金 アジアの現代文芸 MYANMAR[ミャンマー]⑧『短編集 買い物かご』読了 - Stantsiya_Iriya

訳者が現地で集めた短編集に、初出誌なんかが黒塗りになってるのがあり、そこから訳した作品が一本入ってます。で、解説では、初出誌判明しますた、ガラッと路線変えて再刊してますよ~、という一文が明記されています。あとから、娯楽雑誌やし、こないなスター誕生の裏の哀愁、ステージママとの相克inミャンマーな作品が載ってたのネ💛、みたいなトンチンカンな誤解による歴史改変がなされないようにか。

以上