『女房がつけた探偵』(旺文社文庫)読了

作者と同姓同名のプロ野球の人
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9D%91%E6%AD%A6%E5%BF%97
国会図書館オンライン 文庫化前の時事通信社単行本
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000001453111-00
カバー装画・装丁 杉浦範茂 
解説 江國茂
ちゃんとした目白三平シリーズが読みたいのですが、図書館にないようなので、これを借りました。笠智衆主演映画なのに、DVDも転がってないということは、すべて消失したんでしょうか。作家と国鉄勤務二足の草鞋をこなすため、丸の内ホテルの風呂なし(共同)部屋を借りて退社後着替えたり一杯飲んだりしてギアを切り替えた後、食事もルームサービスで毎夜一時くらいまで執筆し、会社は無遅刻無欠勤を繰り返す筆者を、その妻が浮気してるんじゃないかと疑心暗鬼になり、興信所に依頼、作者が稼いだ金をぜんぶ興信所につぎ込んで行動調査尾行、作者も勘付いて、別の興信所を使って探偵を逆に尾行して私生活を調べたり尾行を巻いたりして、そうなると調査員も交代したりして、ダミーの浮気相手(編集者)をデッチあげて新婚旅行のメッカ別府へ旅行し、探偵もワイフを経費で連れてそれを追う(経費は作者の妻が払うわけなので結局作者の原稿料から出る)とか、作者がバーで飲み食いすると尾行する探偵も飲み食いするので、それも経費で、巻かれた探偵がビール十一本飲んだ時は、依頼者の女房が(イコール作者の原稿料が)払う訳だから少しは遠慮しろとか、そういう話です。
実際の騒動を、七十過ぎて、女房も癌で死んだ後に、文章にしていますので、解説の江國茂にいわせると、事実に基づいてはいるが、当然作家としての潤色はある、とのことで、交代する探偵の数からして、三人目までは事実だが、あとは膨らんだそう。しかしもう、目白三平というのは、21世紀には無理なのかなと思いながら読みました。頁19、自分は飲めないので、中学生の息子に同じ轍を踏ませぬよう、飲酒訓練を施してイケる口にするくだりとか。

頁27「首すじを涼風が吹く」
 国鉄を退けて、私が、気分転換に出向いていくのは、普通六時であったが、そのころ漸くバーテンさんが、バーのドアを開ける。(略)その時間ではお客は私一人であった。
 私は、酒はジンフィーズにきまっていた。それも、酒の弱い私は、時にはジン抜きのジンフィーズを作って貰うこともあるが、たいていは、ジンを、五、六滴入れて貰うのがきまりで、ここでは“サンペイフィーズ”という名称で呼ばれていた。

(中略)
 帰りがけになると、入れ替わりに、尾崎士郎丹羽文雄中山義秀檀一雄海音寺潮五郎高見順源氏鶏太井上靖高橋義孝その他の錚々たる大作家がお見えになる。(略)

頁101、「桃栗三年柿八年、柚子のバカモノ十八年」

頁112「新婚旅行を追跡する」
(略)笑い本と呼ぶのは知らなかったですね。私は、低俗でスケベですから、ほかの呼び名のほうを知っているんです。当時から、スウハア本とも呼んでいたんです」
「なぜ、スウハア本ですの」
「本文は変体仮名だから読みにくいんですが、スウハア、スウスウ、ハアハアというところだけ片仮名で書いてありますから、すぐ読めるんです。

(略)そうだ、もう一つ有名な川柳で、『あれさもう牛の角文字ゆがみ文字』というのがあります。牛の角文字は、平仮名の『い』で、ゆがみ文字は『く』を意味しますから、『あれさもういくいく』というわけです」

頁127「新婚旅行を追跡する」
(略) それから、ここ二、三年来は、農家の新婚さんがふえてまいりました。農家ではデラックスな新婚旅行を条件に、お嫁さんをお貰いになるのだろうと思います。それよりも、家事だけすればいい、農業は手伝わなくていいという条件づきの結婚もあるそうですが、こんな話を聞きますと、日本の農業の将来が心配になるのでございます。昔は、その農家が人手不足だから、少し早いが長男にお嫁さんを貰うという習慣がありまして、娘さんもそれを当然のこととして結婚なさったものですが、農家に育ちながら、農業を嫌う娘さんが多くなって来ました。時代が変わってまいりましたのですね」

心配的中です。長男の年上の女房というのは、なんかで聞いたような聞かないような、です。中国で聞いたのかな。中国は、童養媳だから違うと思いますし。思い出せない。

この本の最後のところは、こないだ読んだ論創社目白三平随筆と同じ、奥さんの最後の話、その後のチョンガー生活の話がそのまま入ってるので、つかいまわしとおると思いました。作者が、ホテル暮らしは二足の草鞋のためやむをえずなんだと弁明を始めると、これはテンプレ文章ですので、ああまた行数稼いでる稼いでると思いながら楽しく読めます。今のラノベのように、ああああああああああとかそういう芸でないからいいです。コントロールキープラスcとかvでなく手書きですし。
カラー口絵「女房が描いた亭主の肖像」
茶色のジャケット、黒に白い縦線の入った徳利セーター、茶色の色眼鏡、
咥え煙草、頭上に金の輪、白のクレヨンで線を描いて墨をはじいたワイングラス、
酒瓶、東京タワー。黒い夜空に黄色い☆☆

旺文社文庫は絶版ですが、社はまだ全然バリバリ存続してますし、作者のかんばせを奥さんがどう描いたか、表紙の繪やカバーの肖像写真と比べて、私は感じるところがあったので、載せたいなあと思うのですが、いろいろあるだろうからどうしようかということで、こういうかたちで載せさして頂きました。

目白に住んでるはずなのに、鉄道事故のマヒとか(国労のストとか)でも平然と(丸の内ホテルからドアツードアで)毎朝定時出勤する筆者は、相当不思議だったみたいですが、昔の日本人は今よりプライベートに立ち入った詮索が好きなはずなのに、誰も突っ込まないことになっています。創作の脚色かな。マージャンとかの付き合いで、どう帰宅するかですぐ分かると思うんですが、原稿書きで全くアフターの付き合いしなかったのか、まさかね、というところ。社に風評被害を与えないよう誠心誠意どうのこうのという文章もまたテンプレで、始まったはじまったと気楽に読めます。三度辞表を出してすべて受理されなかったという、詳細は知りたい気もしましたが…

カラー口絵写真「松本城主になった著者」
これも同じ理由で、載せるべきか悩みまして、こういう形にさして頂きました。こういう人、今も昔も需要があって供給重宝されてたんですね。インスタ映え。以上

【後報】
毎回、尾行してくる興信所の調査員を、自分の雇った探偵を使って、逆調査、身辺調査するわけですが、どういう人がどういう前職から興信所に転職してきて、そしてそこにウックツがあるかが細かく書かれていて、そこは泣けると同時に、タダ吞みタダ食いやっぱりあつかましいと思いました。
(2018/5/30)