遅咲きの日系作家ジョー・イデサンによる、コミュ症天才黒人青年の連作推理小説シリーズ第二弾。これ以降の六作四作はすべて未邦訳で、残念閔子騫と思いつつ読みました。
(1)
https://ja.forvo.com/word/righteous/#en
"environment"を「エンビロンメント」と読む私が勝手に「ライテオウス」とか「リテウス」とか読んでた原題のはっちょんは「ライチェス」みたいでした。私にはまだ心理的な抵抗感があって、「ライチャス」なら兎も角、「ライチェス」とさらっと言えそうにないです。
https://ja.forvo.com/word/righteous_indignation/#en
"righteous indignation"で「義憤」だとか。
https://ja.forvo.com/word/self-righteous/#en
"self-righteous"で「独善」
https://ja.forvo.com/word/the_righteous_sheweth_mercy.%5Barchaism%5D/#en
"The righteous sheweth mercy."で、「義人は慈悲を与えたもう」だとか。
というわけで原題は「正義」で、簡体字で書くと〈正义〉
(2)
カバーイラスト/コルシカ カバーデザイン/森敬太(合同会社飛ぶ教室)
巻頭言は女性に宛てて。巻末の謝辞は編集者やエージェント、助言者各位へ。
翻訳監修を映画「ストレイト・アウタ・コンプトン」字幕監修の黒人音楽評論家兼アジア系文化研究家丸屋九兵衛サンがしていて、巻末に「その街は、ロスL・アンヘレスAであり、洛L杉矶Aでもあって」という解説を寄せています。
この人は知りませんでしたが、1994年入社で早大第一文学部とワザワザ書いてるのでそのくらいのしとなんでしょう。バブル末期、就職氷河期一歩手前の人。タモリと吉永小百合と大竹聡サンを輩出した第二文学部廃部以降の卒業生は、「文学部卒」としか名乗らない。
解説はLAのギャングスタ事情や人種のサラダボウルぶりについて縷々記しています。
「スヌープ・ドッグが後輩のキャメロン・ディアスにマリファナを売りつけた」(頁456)とあって、私はキャメロン・ディアスはオーストラリア人だと勝手に思っていたのでびっくりしました。ギロッポンでホステス修業をしていた白人女性というと、英語のコミュニケート必須なので、北欧以外ではどうしてもオージーのイメージがあります。
本書に登場する在米華人姓"Van"は客家語読みの《萬》ではないか(頁460)とあって、それざあだいぶ古い時代に移住したんじゃん、客家語読みをそのままアルファベットにしてるくらいだったら、と思いました。ヴァンというと、ヴァン・ヴォーグトとかヴァン・ヘイレンのように、オランダ人の名前のファンを英語読みしてるとふつうは考え、ファン・ダイクやファン・メーレンのように、ファンの後に何かつくんじゃにゃーのと思うはず。オランダのファンはドイツ人の名前のフォン(貴族の称号)に呼応するのかなとぼんやり考えてますが、貴族の称号にしてはそれを冠した人名が多過ぎる気瓦斯。ドイツ貴族がフォンを名乗るのは、池田理代子『オルフェウスの窓』で、成金が20世紀になってから金でフォンの称号を買ったと陰口叩く場面があるので覚えています。
九兵衛サンは「韓国風タコス」と「プルコギ・ブリトー」についても熱く語っているのですが(頁461)しょうじきコリアンは日系同様ほとんどまったく本書では出ないので、丸屋サンが自分の守備半径に寄せて付け足してる感じで、それはそれとして、たぶんコチュジャンで味付けしてるであろう韓国風タコスは、タコライスならちょっと食べてみたいです。プルコギブリトーはどうだろう。シラントロをトッピングして、失敗した―になりそう。
本書解説時点ではジョーサンと丸屋サンは面識がないかったそうで、まさかその後路線や認識の違いで本書邦訳続刊がとん挫したとかでなければいいと、気を揉んでいます。単なる売れ行きの問題で続刊が出ないのか、別の理由があるのか。
(3)
遅咲きの推理作家というと、『ボダ子』*1の赤松利市サンを思い出します。ジョーサンも苦労人だなあと思ったのが、下記、ラスベガスの「ギャンブルG常習者更正会A」絡みの場面。
頁44
ベニーが(略)お父さんはだめか?」
「無理」ジャニーンはいった。(略)「ギャンブルG常習者更正会Aに戻るまでは口も利かないって」
ふたりは、オール・セインツ・メソジスト教会の日曜学校の教室でひらかれたGAのミーティングで出会った。ふたり合わせれば、そこにいた人たちをほぼ全員知っていた。ベニーは一組のトランプがあれば、ホールデム(ポーカーの一種)をやるのにといった。ジャニーンは噴き出した。ふたりは教室の後ろに陣取り、発言者が〝堕ちるところまで堕ちた〟〝人生がめちゃくちゃになった〟〝家族をばらばらにした〟というかどうかで賭けた。三回戦のうち、ベニーが二勝した。(後略)
ずいぶん発言者が少ないなと思いました。たった一時間半に耐えられず(耐えるものでもないですが)途中で飽きて逃げ出したのか、スピーカーズミーティングだったのか。
(4)
本書はだいたい五つのエスニッググループが登場します。①主人公のアフリカ系アメリカ人。②ニューカマーのアフリカ黒人。ナイジェリア人やセネガル人はほかの人の小説で読みましたが、本書のはルワンダ人。③私の古い言い方だとヒスパニック、本書だとチカーノ、チカになるのかな、の人たち。解説では、カリフォルニアがステイツに併合されて合衆国市民になったヒスパニックと、トランプが壁を作って堰き止めようとした現代のメキシコ人たちはまた違うそうですが、本書はそこまで分解能ないです。だいたいトランプがとめようとしてるのはメキシコ人でなく、そのむこうから長征してくるグアテマラ人(ドミニカ人だったかも)やベネズエラ人(エクアドル人だったかも)ではないかしら。④チャイマ。以上四つのエスニックグループと、⑤もう一つが、ベガスの高利貸し。ヤミ金。この人たちもヒスパニックだと思うのですが、付き合ってる娼婦がリトアニア人だったりして、いま一つピンときませんでした。
(5)
本書は2017年に書かれているのですが、作中のチャイマ、在美華人については、やや古いです。エイミィ・タンやマキシーン・ホン・キングストンが好きで、そこから《北京人在纽约》までの流れをいとおしみたい人にはいいんですが、そっから先、GDP世界二位で人口十五億、xiaofenhong小粉红(私はこの単語は、「プチ愛国者」と意訳していいと思う)が世界の隅々までくまなく跋扈する21世紀海外新華人事情まで踏まえた方がよかったと思う。2010年ならまだいけても、2017年だと、ちょとキツい。
本書の内容だと、ヤフトピがまだあった時代の、反中迷トピ「コンテナの中の幸せ」と変わらない。さすがに下記の海外派出所まで書けとはいいませんが(2017年時点ではまだそれほど明らかになっていなかった)黒社会の国内元締めが党幹部だったりする中国御国事情まで踏み込んでもよかったかなと。抗原検査キットでボロ儲けした会社のラオバンが、ニセ残留孤児書類偽造逮捕歴国外退去歴はともかく(記事にした新潮編集部が即告訴されたそうですが、その後どうなったか)吉林省党幹部の子息だったという話がとっても印象に残っています。あのお城のような旧関東軍司令部庁舎に親しんで育ったのカー。
キンペーチャンは党官僚の腐敗に関しては一定の厳打を加えてるので、「天に代わって不義を討つ」ではなく「天が代わって不義を討ってくれるから、庶民は悪いことしてなければ髙枕でいいや」「その代わり民主主義とかそういう若気の至り的行動はシマセン」的人民の量産に役立っているのでしょうけれど、どうかな~、タリバンと同じようなと言ってしまっていいのかな~、明確にハマスやプーチンとはちがうと言えます。が、タリバンだと、どうかな~。タリバンのほうが清廉潔白な気瓦斯。ハマスはヨゴレ。
頁57
〝胴元ブック〟という単語は、負けを意味する中国語と発音が似ているから絶対に口にしない。
これが、ネイティヴでない悲しさ、まったく分かりませんでした。〈败北〉"baibei"や〈输〉"shu"ではないだろうし。「不」"bu"ではないだろうし。最初、"book"ではなくベット"bet"で、〈背〉"bei"と似てるということだろうかと思いましたが、たぶんちがう。"book"でなく"bookie"で、〈仆街〉を北京語で言ってみると同音に近くなるということだろうかとも思いました。さて真相や如何に。
頁105
白酒は唐土モロコシを土中の醗酵槽で醗酵させてつくり、陶器壺に移して一、二年、あるいは三十年も寝かせる。これも日本酒と同じように一種のワインだと考えられているが、アルコール度数は五、六十もあり、(以下略)
ここは、蒸留酒の白酒と醸造酒の黄酒(紹興酒など)をごっちゃにしてると思いました。
頁117、《红棍》が出ますが、しばらくルビが振られておらず、勝手に北京語でホングルhonggunerと読んでましたが、少し後の180ページでレッドポールズとルビが出ます。
香港の天屋台から連れて来るとありますが、福建や東北ではナインダと思いました。
頁174から、コンテナ船での密航や、バンコク経由中米から徒歩での米国入りの方法などが記されますが、偽造旅券は一冊三万ドルでバンコクの四代続く老舗の偽造業一家で作るとか、ブッシュ父の時代とか、時代の記録としての意味だけです。語っている本人も、むかしばなしさ、と言っています。アンミカ。
頁174
「(略)私の知り合いは、彼らのつくった旅券を持たせた百五十三人の中国人を、ニューヨークのJFK行きの三百七十席の飛行機に乗せた。すごくないか? リスクはたいしたことなかった。百五十三人を密入国させてつかまってもせいぜい禁固十八ヵ月だが、そいつはつかまらず、一日で四百五十万ドル儲けた。四百五十万ドル相当のヘロインを所持していてつかまれば、二十七年喰らうところだ」
数字の計算が早いのが、というかそれをぺらぺらしゃべれるのが大阪人、否以下略。
頁177
「だめだ、やめなさい。まずこうするんだ」トミーはいった。箸の先を茶碗に入れ、そこに熱い茶を注いだ。「わかるか? こうやって箸を温める。そこの大きな椀でまねをしてみなさい。茶を注ぎ、かき混ぜる――そう、それでいい、そして茶を茶碗に戻す。茶のお代わりはウエイターが持ってくる」
「食べたいだけなんだけど」ジャニーンがいった。
ここは箸を温めたいわけでなく、洗って消毒してるんじゃないかなあと。肝炎等予防も兼ねて。今はもうたぶんなくなった、中国人の習慣。使用済みのお茶を床に撒いて打ち水ならぬ打ち茶したら完美。
右は頁187。黄色線部のルビがふしぎなことになっていますが、2019年初版の本でこれというのが、早川らしいというか、田村隆一のいた会社らしい。
黒人スラングももちろん出るのですが、頁258、恋女房と書いて「プー」とルビを振る箇所など、さっぱり分かりませんでした。検索しても出ない。生まれてくる赤ん坊をリル・ニガなんて呼ぶなと言われた亭主が、どんなのが出て来ると思ってるんだよ?ポリネシア人か?と訊く場面があり、こんなの自虐だから言えるんであって、ほかのエスニック・グループが言えないと思いました。なんかわりとあちこちに「くされサモアン」という単語が出るのですが、そういうグループは出ませんし、説明もないです。くされサモハンで、サモハン・キン・ポーのことだった、という可能性はたぶんないです。カラテ・キッドのモリタサンは出ます。一瞬。
頁262
「これ、めっちゃおいしい。一日中食べていられるわ」
「チキンも食べてみて。宫保鸡丁クンパオなんか金輪際食べられなくなるよ」
鶏肉とカシューナッツの炒めがクンパオなどと四文字に略されていようとは。場所は忘れましたが、黒人が中国人に、すべての料理のルーツは黒人料理と長広舌を振るう場面があり、近代中華料理の代表であるフライドチキン软炸鸡やコーンスープ玉米汤は大陸横断鉄道建設などで渡米して中国人が黒人料理を取り入れて帰国して広めたとひそかに思っている私としては、溜飲の下がる箇所でした。
頁393、詠春拳にウィン・チュンとルビが振られていて、ヨンチュンと読んでいた私には衝撃でした。検索すると、確かに広東語ではウィンチュン。しかしではイップマン4でのあのせりふの群れは一体… 北京語だったからかなあ。
それくらい、2017年に書いたにしては、GDP世界二位のゴリゴリさが出てない、「自由だったころの香港」とつながってる海外華人世界のイメージが強い描写で、う~ん、でした。でも、三冊目以降、どこかで日系人について語ってくれているなら、それは読んでみたいです。なんとかならないかなあ。原書の電子版を自動翻訳して読めばという方法以外で。以上