がんで逝去されたスリランカ大使ダンミカサン、日本に留学経験があり、山田洋次監督の助監督までこなした人が、大学で教鞭を振るう傍ら、スリランカのシンハラ語新聞"Lanka Deepa"に長年週一連載したコラムから、川崎で僧侶を務める野口忠司サンの弟子筋、浮岳(うきおか)サンが精選した二十五編を邦訳。ばんせいグループの支援を経て出版。
装幀者未記載。下記は著者の英語版ウィキペディア。
Dhammika Ganganath Dissanayake - Wikipedia
第二話「母親」 අම්මා "MOTHER"
幼少期に母親をなくしたダンミカサンには母親の思い出があまりない。数少ない思い出をぜんぶ並べて、葬儀の模様や、父親が折檻したのかなんなのか、夫婦の寝室で半裸で泣いていた母親の姿を思い出すだけ。
頁25
ある日の昼下がり、私は母とベッドの上で遊んでいた。母は急に、「ほら、お母さん死んじゃった」と仰向けに横たわると、両手を胸の上で組んで目を瞑った。私は「お母さん!」と叫んで、その組んだ両手を引き離した。この時、母は23歳で、もう一人子どもを身ごもっていて、その後まもなく本当に死んでしまったのだ。
母親の死後、ダンミカサンたち遺児は母親と父親の寝室だった部屋、母親が半裸で泣いていた部屋が子供部屋になり、深夜時折、病院の消毒薬のにおいや手術器具の音などで眼が覚めるようになります。祖母が来てお経を唱えるまでにおいや音は消えることがなかったとか。
ダンミカサンは来日後お墓参りを大切にする日本人たちを見聞きし、死んだ母親を夢に見て、お彼岸にお墓の草むしりをしたりする人々を知ります。輪廻転生を信じるテラワーダ仏教のダンミカサンには祖霊崇拝や死後の世界という観念がないのですが、母親を想うマザコンジジイの気持ちに国境はないことが深く沁みる。
長じてダンミカサンは異性に母親の幻影を追い求めるメーテル症候群のひとりとなり、愛した女性への愛の裏に利己的な感情があることを自覚するようになります。

本書奥付のダンミカサン。
この項には大学入学したての学生たちに好きな歌を訊いて、上位二曲がいずれも母親に関する歌であったことが挙げられています。ナンダー・マーリニーの「母たちよ」と、グナダーサ・カプゲの「ある日、小屋のない畑で」
この二曲がどんな原題でどんな歌か、自力では探し出せませんでした。
ナンダ・マリーニサンはまだご存命で、ダンミカサンが大使だった頃に来日公演を行ったこともあったとか。ふたりは旧知の仲。
グナダーサ・カプゲーサンはもうすでにおなくなりになっていて、ギターも弾く人で、酒好きだったとか。
で、ふたりのウィキペディアに載っているディスコグラフィーのシンハラ語タイトルアルファベット表記のどれが「母たちよ」になったり「ある日、小屋のない畑で」になるのか分からず、スリランカ料理店のおやじに訊きに行きました。


お店のふたりがサクッと秒で出してくれたスマホのユーチューブ画面。早い。日本語訳の曲名を言っただけで、すぐ原題の見当がつく。すごいね。ウィキペディアには曲名載ってないそうです。
「母たちよ」は"Ammawarune"アンマーワルネー අම්මාවරුනේ になるそうで、母親の「アンマー」が複数形なんだかなんなんだかで「ワル」がついて、呼びかけの「ネー」がつくんだとか。
"Dawasak pala nathi hene" දවසක් පැල නැති හේනේ が「小屋のない畑で」の意味になるんだとか。スリランカの畑は日除けに壁のない小屋が建っていて、農機具や弁当を置いてるそうで、この歌はその小屋がない畑で雨に降られた時、母親がこどもを自分の体のかげにおいて濡れないよう守ってくれた思い出を歌ってるんだそうです。
店のおやじととりとめのない話をしているうちにスリランカのサリーの話になり、今は結婚式につけるサリーがどんどん見栄で値の張るようなものになり、インドまで行って買ったりなんだり、エスカレーションに歯止めがかからないんだとか。日本も一時期ウェディングドレスや文金高島田など両親がバカスカお金を出してたなと思い出し、「今はいいけど、それだとそのうちスリランカも日本みたいに(結婚しなくなったり)こども作らなくなるよ」と言うと、思い当たる節があったのか、たしかしみたいな顔をして、「むかしは子どもは六人ぐらいが当たり前だったけど今はふたりくらいしか作らない」と言い出し、人類の来た道行く道はどれもいっしょなんだなと感じて帰りました。
上の話、アロカという犬の話も出ましたが、あんまりよく分からないで帰った。むかし、自助グループの米国人が、「アメリカはキリスト教の国です、仏教を信じてるアメリカ人はヘンな人です」と言ってましたが、 "major league 2" 's pedro cerrano のイメージですね。そのアメリカ人は一見宗教のない国、中国へ行ってしまいましたが、さて。
