ブッコフで「スリランカ」で検索して出てきた本のうちのひとつ。いくらで買ったかな。今は¥220くらいで売られてるみたいですが、五百円くらい出した気もする。2019年刊で、まだ新刊でも買えます。それどころか電子版がある。監修の前蕪ばんせい総合研究所パワーでしょうか。でも装丁者未記載。題字や各章のタイトルのフォントなど凝ってるので、装丁者はいたはず。
最初は破産国家スリランカからやってきた大使へおもねるコネコネ出版物かと思ったんですが、この大使サン、モノホンの親日家で、だから大使になれた(毛並みの良さもあるとは思いますが)人物でした。
Dhammika Ganganath Dissanayake - Wikipedia
本書刊行の翌年癌で逝去。野党との関係を取りざたされて?2009年に誘拐されたこともあるようです。『マーリ・アルメイダの七つの月』*1『アニルの亡霊』*2を地で行く事件。
大使時代は自民党公式動画サイトにも出てました。ウィッキーサンがサンコンサン同様大使になっていたら的立ち位置。
現大統領(左派)も1994年に虎に暗殺された政治家もディサーナーヤカですが、直接の縁戚関係はないとのこと(在日シンハラ人のうわさ調べ)ただ、どうも上級カーストっぽい。そんな苗字。
保険のこと、聞いてみよかはアンミカ*3、パニワラルの駐日大使はダンミカ、私はぬくぬくあったかこたみか。
ばんせいつながりなのか、隈研吾サンが序文を書いており、スリランカを代表する世界的建築家、ジェフリー・バワにまず触れています。
モダン(近代)とポストモダンの二者択一に疲れた人々にとって、バワの建築は慈愛に満ちたものだったとか。
で、そこからダンミカ大使との出会いにつながり、ダンミカ大使が山田洋次監督の助監督迄勤めたことにも触れています。そんな大使いていいのか。ますますウィッキーサンがサンコンサン的立ち位置にいたら、的人物の悪寒。
あとがきによると、ダンミカサンは青年の船でまず日本に立ち寄り、筑波大と東海大に留学したのち、山田組(映画の山田洋次監督グループ)に入ったとか。帰国後大学に奉職しスリランカのシンハラ語新聞"Lanka Deepa"にこのコラムの週一連載を開始、日本やそのほかに関するさまざまなことを書き綴ったとか。スリランカでもパニワラルはシリーズ書籍化されており、そこから25編をチョイス、セレクトして邦訳したのが本書だそうです。
私が韓国に行って、タバン(茶房)に行ってみたいとゴネて知人にタバンに連れて行ってもらった時、店内に置いてあったスポチュ紙にバンサクラというまんがが載っていて、知日派漫画家のマンガだという話でした。ちょうどそのときに読んだそれは、日本から若い女性のバックパッカーがソウルにやってきて、東南アジアのドミトリー並みの料金で泊まれるヨグァンやヨインスクがないのでバンサクラの作者に八つ当たりするという話でした。パニワラルも、そういうふいんきがなきにしもあらずなエッセーです。
邦訳した浮岳亮仁(うきおか・あきひと)さんもエッセーを寄せておられます。野口忠司さんの一番弟子?で、川崎の宮崎台のお寺の僧侶で、奥さんはスリランカ人で、ダンミカ大使とはお互いの家に泊まり合う仲だとか。
パニワラルはスリランカの揚げ菓子なのですが、ウィキペディアではインドのジャレビというお菓子のシンハラ語名とだけの説明で、しかしシンハラ語のウィキペディアにその項目はありません。
というエッセー集で、以下内容の紹介をしたいのですが、一つ一つ味があるので、あと二十五回この本の感想を書こうかどうしようか迷っています。なにしろ神戸のスリランカレストランのブログまで本書に触れてるんだから、間違いない。
最初の章は連載第一回、『パニワラル』幼少期祖母からもらったパニワラルについて書いてます。祖母のラストネームはクマーリハーミだったとか。
①イストープワと呼ばれる、あがりかまちというか、屋敷の玄関に隣接したテラス、ポーチが出ます。この単語が、最初は訳注があるのですが、あとはなくて、頻繁に出るので、つい木材か何かの名前かと空目して読み飛ばしそうになりました。
stantsiya-iriya.hatenablog.com
シビル・ウェッタシンハさんの絵本『きつねのホイティ』に出て来る、上記の絵に描かれてるのがイストープワでしょう。

stantsiya-iriya.hatenablog.com
上記頁239に出て来る写真の場所もイストープワのはず。
②ダンミカサンの祖母はキャンディスタイルのサリー、オサリヤを着て、ブラウスはちょうちん袖だったとか。往時の典型的なスリランカ上流と思いました。インド式のサリーではない。そして、周りに集まってくる村の女たちは、ブラウスにスカートです。サリーではない。彼女たちはキンマを噛んでいるのですが、「ブラット」と呼ばれています。
③パニワラルはケツルアズキ(ウンドゥ)の粉と米粉をココナッツミルクで溶いて生地を作るそうで、インドのジャレビとは素材が違いますが、ウィキペディアのジャレビには、「様々な素材から作られる」とあるので、含んでいいのかもしれません。ジャレビに。
しかし、このエッセーによると、キャンディ王国時代囚われの身になったイギリス人船員ロバート・ノックス(1641-1720)の著作では、シンハラ人のお菓子の中にパニワラルは入っていなかったんだとか。キャウンとかアッガラ(知らない)アルワ(知らない)ワンドゥアーッパ(知らない)は書いてあるとか。ジャレビがインドの国民的お菓子であり、シンハラ語のウィキペディアにジャレビもパニワラルもないことを考えると、ちょっといろいろあるのかな、と思いました。このエッセー時点では、ダンミカさんは、パニワラルをお茶うけに、砂糖抜きの紅茶を飲んでるそうです。大学の生徒に好きな食べ物を訊いても、パニワラルを挙げる者は一人もおらず、「カレーライス」が最多数で、ガックリきたんだとか。
こんな調子でエッセーが続きます。エッセーの最後にニマル・ジャヤシャーンタ(Mr.Nimal Jayashantha)というスリランカのイラストレーターによるイラストが載っていて、記事に花を添えています。
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