『酔っぱらい読本・陸 -A BOOZE BOOK 6-』読了

初版読了。

頁70 堀口大學短歌
牛乳のごとくしづかに酒を酌む道の聖のつどひける店

茶は宇治よ酒は伏見よ京をんな腰の細きを尊しとする

頁89 北欧の風物など
 マロニエの大木の間を絶えず冷たい微風が抜けてくる。芝生に四つ五つの古い墓石が傾いて埋まっていて、そのかたわらに何かの記念塔のようなものが立っている。たまに通りぬける人があるだけで休む人はなく森閑としえいる。すこし離れたところのベンチに首を折るようにうなだれた老人の酔払いがかけていて、そのすぐ後ろの地面にハンティングを鼻までずり下げた老人が膝をちぢめて横に転がっている。墓石のすぐわきのベンチにも、よれよれのレーンコートの前をはだけた白い無精髭の乞食のような小柄な老人が、やはり頭を両膝につくほどに曲げてしっとしていた。そしてそれとならんで緑色のシャツに黒ズボンの若い男が腰をかけて、何か老人に話しかけたり、身体をゆらゆら揺すったり、上体を二つに折ってぐったりうなだれたりしていた。この連中がアル中なんだな、と私は思った。

頁94追い抜き競争に出てくるキリー療法は下記。

https://en.wikipedia.org/wiki/Leslie_Keeley
https://en.wikipedia.org/wiki/Keeley_Institute

頁151アキンディッシュ
商人のあきんどish。

頁175 平手造酒
「はてさて貴様はけしからん奴だ。平手造酒武虎は、士農工商といって三民の上に立つ武士だぞ、そのさむらいへ対する礼儀を知らんな、貴様は」
「おっと先生、待ってくんねえ。こちとらはもとやくざをしていた男だ。礼儀だ作法だなんてそんな自烈ッてえものはね、前の世へ忘れてきたようながさつもんでさア、ネ、そいつをとっつかまえて礼儀がどうだ作法がどうだなんて、チャンチャラおかしいや、先生」
「ひかえろ。この世に生を得て万物の霊長たるべき人間が、礼儀を前の世に忘れてきたとは何だ、ちゃんちゃらおかしいとは何だ、けしからん奴だ、ぶった斬っちゃうから前へ出ろ」
「先生、冗談じゃねえや、そんなことで一々斬られていたひには、命は幾つあったって間に合わねえ。第一先生、何でとんがらがってるんです」
「何でと言って、貴様は俺が酒が好きだってえのを知っているだろう」

じれってえ、のジレを、自烈と書くのは初めて見ました。

頁197男も女も、ただひたすら飲みしこるといった悪徳が、この店の内部にくりひろげられるばかりか、
しこる、は男性の手淫とばかり思っているので、こういう記述にはめんくらいます。
男も女も? しこる? 

頁229女性は立小便ができぬ(やろうと思えばできることは私も知っているが、一種の習練を要する)
これは吉行淳之介の文章ですが、かつての京をんな(くろうと)は、
祇園なんかの辻に近在の百姓が置いておく肥え桶に裾をまくっておそそおいやして、
それを農家は持って帰って聖護院ダイコンなんかにかけてよく育つ、と、
松田道雄『花洛』に書いてあるので、それを知らないのかしらと思いました。

私は赤ちゃん (岩波新書)

私は赤ちゃん (岩波新書)

頁237 マックソーリーの素敵な居酒屋
 二十の年齢から五十五歳まで、オールド・ジョンは毎日のように飲んだが、そのあとの三十二年は「もう飲むだけ飲んだ」と言って、一滴も口にしなかった。強い酒は、一九〇五年か一九〇六年に二、三ヵ月、試しにおいただけで、マックソーリーの店では売らなかった。オールド・ジョンの持論によれば、ストーブの上で温めたジョッキのビールより強い酒を飲む奴は長生きしないのだった。(中略)フランスパンの中をくりぬいたところへ玉葱を一個まるごと詰めて、まるで林檎のように食べるのが好きだった。玉葱が大の好物で、辛ければ辛いほど、いっそうよかったし、「うまいエール、生の玉葱、女気なし」がこの居酒屋の売物だと本人は言っていた。

コックのマイクはウクライナ出身とあり、
流石ウクライナ人は玉葱の食べ方を知ってると思いました。

頁250 同 ケリーの話
朝の八時半ごろ店に現われるときは、二日酔いで目のしょぼしょぼした小男でしかないが、お昼になるころは、生ぬるいエールの力でいくらかしゃっきりとなった。六時はすこぶる上機嫌で、入口の近くに立ち、さも店の主人であるかのように、はいってくる客と握手する。(中略)ケリーは本職がトラックの運転手であるけれど、商売があがったりでというのが彼の口癖だ。一時、短期間ながら、ブルックリンの葬儀屋で夜勤の店員になったところ、死体が話しかけてきたので、その葬儀屋を辞めてしまった。「死んだその野郎はわしを見あげて、部屋のなかでは帽子をぬげと言ったんだ」とケリーは言う。

頁256 同
ケリーは居眠りする客に興味を持って、時間をはかった。二時間四十分たっても、まだ目がさめないと、ケリーは心配になってきた。「死んじゃったのかな」そう言って揺り起こした。「どれくらい眠ったのかね?」と客が訊いた。「パレードがはじまったときからだよ」とケリーは答えた。客は目をこすって尋ねた。「どのパレードだ?」「聖パトリック祭のパレードさ、二年前の」とケリーはからかった。「そうかい」と老人はあくびをして、また眠ってしまった。

これはすごくいい話でした。実話のルポだからしんみりした。

<目次>
さようなら、また
"Arrivederci"
アルベルト・モラヴィア(Alberto Moravia)
 川島英昭訳・作者紹介文
こなから機嫌
里見紝
穂高の月
井上靖
鬼ごろし/大麦製蒸留酒
團伊玖磨
山の露
西脇順三郎
地獄までちょっと
" Halfway to Hell"
○ジョン・コリア(John Collier)
 矢野浩三郎訳・作者紹介文
ダンセーニ卿の「酒壜天国」
稲垣足穂
あるいは酒でいっぱいの海
筒井康隆
飢え渇き
○小川国夫
イタリイの空
"Le Ciel d'Italie"
フランソワーズ・サガン(Françoise Sagan)
 遠藤周作
酒、歌、煙草、また女(詩)
佐藤春夫
酒の歌(短歌)
堀口大學
北欧の風物など
藤枝静男
追い抜き競争
"A Pursuit Race"
アーネスト・ヘミングウェイ(Ernest Hemingway)
 瀧川元男訳・作者紹介文
キキヂョコ/横綱の辯
石川淳
文士と飲み屋
河上徹太郎
酒の飲みかた
河盛好蔵
エミリという名の鼠
"A Mouse Called Emily"
○チャールズ・グリーン(Charles Green)
 都筑道夫訳・初出紹介文
のんびりした話
小沼丹
物ははずみ/酒の功徳
木山捷平
元祖・談論風発酒 梅田雲濱
○村島健
極楽ぢゃ(詩三篇)
湯山愧平
酒樽
"Le petit fût"
ギー・ド・モーパッサン(Guy de Maupassant)
 青柳瑞穂訳
平手造酒(講談)
○神田伯山
 田邊孝治紹介文
一人酒盛(古典落語
三遊亭圓生
 結城昌治紹介文
ただ飲みの一夜
原題不明⇒"An Evening on the House"???
○H・L・メンケン(Henry Louis "H. L." Mencken)
 中田耕治訳・作者紹介文
三酔人経綸問答(朗読のための試訳)
中江兆民
 木下順二
ジョッキとジョッキー
高見順
悪酒時代
吉行淳之介
マックソーリーの素敵な居酒屋
"The Old House at Home"
○ジョゼフ・ミッチェル(Joseph Mitchell)
 常盤新平訳・作者紹介文

『酔っぱらい読本』(講談社文芸文庫)読書感想
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20140524/1400886624
『続・酔っぱらい読本』 (講談社文芸文庫)読書感想
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20140530/1401428920
三冊目
 ↓

『酔っぱらい読本・壱 -A BOOZE BOOK 1-』読書感想
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20160120/1453243870
『酔っぱらい読本・弐 -A BOOZE BOOK 2-』読書感想
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20160122/1453466728
『酔っぱらい読本・参 -A BOOZE BOOK 3-』読書感想
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『酔っぱらい読本・肆 -A BOOZE BOOK 4-』読書感想
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20160305/1457187484
『酔っぱらい読本・伍 -A BOOZE BOOK 5-』読書感想
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20160309/1457530828

奥付にない共同編集者_徳島高義 Wikipedia
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イラスト:佐々木侃司https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E3%80%85%E6%9C%A8%E4%BE%83%E5%8F%B8
以上