『酒道楽』 (岩波文庫) 読了

酒道楽 (岩波文庫)

酒道楽 (岩波文庫)

これを私が讀むのは至極当然のことかと。そうなってしまった境遇に鶴。
というか、それもまたよき哉、くらいの近況です。
平塚に行った時に村井弦斎まつりのポスターを撮って、その後検索して、
それで読もうと思って読んだ本です。解説=黒岩比佐子

<私が撮った村井弦斎まつりのポスター>
2014-10-07第十五回
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20141007/1412671330
2017-09-17第十八回
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20170917/1505625643

村井弦斎 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E4%BA%95%E5%BC%A6%E6%96%8E
弦斎カレーパン公式
http://takaku-pan.com/products/gensai

1977年に長女の方が現代語訳を新人物往来社から出しておられるそうですが、
このままで全然読めます。というか、登場人物の口真似して、「ネー」とか、
「マー」とかカタカナを語尾や語頭につけて喋りたくなります。
中江兆民の『三酔人経綸問答』は桑原武夫&島田虔次の現代語訳要ですが、
それは別の話。

作者は道楽シリーズの構想を持っていて、類書『食道楽』は実に面白いそうで、
明治のベストセラーだったとか。本書も面白いのですが、それは、
道楽というか、嗜癖の観点から酒を捉えているからであり、
酒に飲まれてしまう主人公たちが、実にほのぼのと、ユーモラスに、
真綿にくるまれるように人生に失敗して追いつめられて底をついてゆく、
その道は当然一半は善意で舗装されている、という小説であります。
善意で彼らを助けようと奔走する人々の努力を、すべて、
酒が嘲笑って破綻してゆく。しかし盃を手に持つのは、他の誰でもない、
酒依存のじぶん自身、という天丼が面白おかしく繰り返されます。
妻が三下り半ついて実家に帰るとか、就職の口利きが次々失敗するとか、
ただ一人の老いた母に心労かけるも、養えないから、嫁いだ妹と義弟に、
よろしく頼むにしようとするとか、そんなんばっか。

解説は、下記書籍を引いて、米国の禁酒小説を引き合いに出し、
それに対し、本書は明治日本唯一の禁酒小説ではないかとしてます。

飲酒/禁酒の物語学 (大阪大学新世紀レクチャー)

飲酒/禁酒の物語学 (大阪大学新世紀レクチャー)

FRANKLIN EVANS (Masterworks of Literature Series)

FRANKLIN EVANS (Masterworks of Literature Series)

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-02-9780822339311
酒場での十夜 (アメリカ古典大衆小説コレクション)

酒場での十夜 (アメリカ古典大衆小説コレクション)

Ten Nights in a Bar-Room and What I Saw There (English Edition)

Ten Nights in a Bar-Room and What I Saw There (English Edition)

明治以降は、例えば下記があるので、唯一ではないということかと。

2014-02-12
『禁酒宣言 ――上林暁・酒場小説集』 (ちくま文庫)読了
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20140212/1392205119

で、日本の戦前の禁酒運動は、私は下記しか読んでませんが、
じゅうぶんに面白かったです。岡山の禁酒会館や、
孝徳天皇爾来九代の天皇陛下が禁酒の勅諭をだしておられること、
などの情報を得ることが出来ましたので。

2014-11-27
禁酒法と民主主義』 (社会の科学入門シリーズ)読了
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20141127/1417090305

頁51 襟頸拉らっして
頁124 未丁年者
頁125 仮令たと
頁150等に、ウワバミのように酒を飲む両親(しかも父親は怒り上戸)から生まれた、
娘が、感情の欠如があるように育った場面がありますが、
両親が富裕のままですし、見合い結婚全盛の時代に、普通に嫁いでるので、
それほど深刻に悩まないで済みます。
頁159 積極電気があって消極電気がなき如し

頁163
芸者「何ですネー同しような事をいって、サア先ずお茶を召し上れ」と大きな湯呑を差し付けたるに酒山手に執りて一杯飲みかけ「オヤこのお茶は」と芸者の顔を見る、芸者打笑い「何ですネーけげんな顔をして、どうせ猩々芸者が飲むお茶ですもの、宇治や狭山の野暮なものでありませんよ、火鉢の上は土瓶が載っていると誰でもお茶だと思いますがチャーントモーお燗がついていつでもござれと待っているのです、違ったもんでしょう、サアモー一杯、ナニ今日は飲めないって、一昨日はあんなに飲んだじゃありませんか、一升や二升でへこたれるような貴客あなた方じゃありますまい」酒山「ところがネあの時懲りたからモー禁酒だ」芸者「ナニ禁酒だって、オホホ私も寝た時だけ禁酒、夜が明ければまた飲み始めるの、重宝な禁酒さ、マア今日は緩々飲んで往って下さい、

頁181 平身低頭三拝九拝
⇒三跪九叩頭という言い方がまだ日本に定着していなかった?

三跪九叩頭の礼(さんききゅうこうとうのれい、繁体字:三跪九叩頭之禮、拼音:Sān guì jiǔ kòutóu zhī lǐ、満州語:ᡳᠯᠠᠨ ᠨᡳᠶᠠᡴᡡᠨ ᡠᠶᡠᠨ ᡥᡝᠩᡴᡳᠨ ᡳ ᡩᠣᡵᠣ 、転写:ilan niyakūn uyun hengkin i doro)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%B7%AA%E4%B9%9D%E5%8F%A9%E9%A0%AD%E3%81%AE%E7%A4%BC
頁192 吉左右如何きちそういか
頁223 嘔吐おうど 濁っているのは誤植かそういうものなのか。

頁207
芸者「随分上等の人を知っています、官員さんたちにも以前は書生上りの銭なしで折々私が奢って遣った位の人が今では立派な貴顕になっているのもありますし、銀行の頭取でも大きな商人でも箱根へ遊びにいらっしゃるお方は大抵知っています、だからネ私の親類にこういう人があって今困っていますから何処へでも入れて下さいと言ったらどうにでもなりますよ、そうして月給はと聞いたならいくら位と言いましょう」酒山「百円以上と言ってくれ給え」芸者「少し高過ぎるようネ、今までもやっぱりその位お取りなすったか」酒山「今まではそうでなかったけれどもこれからはその位取らなければならん、実際僕には百円以上の価値ねうちが確にあるもの」芸者「お酒を飲むのが価値ねうちなら貴君なんぞは誰にも引けを取らない方だがお酒の外に何かよく出来る事がありますか」酒山「出来るといえば何でも少し宛ずつは出来る、然しこれという専門はない」芸者「字を書く事は」酒山「天下の拙筆だ」芸者「算盤は」酒山「洋算なら少し習ったけれども殆ど忘れたネ」芸者「ベラベラは」酒山「ベラベラとは」芸者「洋学でさあネ異人と話しをするような事は」酒山「会話は不得意だが原書は読むよ」芸者「画でも描けますか」酒山「描けんネ」芸者「ではこれぞといって出来る事がないのネ」酒山「その代り僕を総理大臣にすれば驚天動地の仕事をしてみせる」と双方の問答共に要領を得ず。

総理大臣になりたい

総理大臣になりたい

以下後報
【後報】
頁364 屏息へいそく
頁365 白面しらふ
頁365 憐愍れんみん
まともな知己が奔走して再就職を斡旋するも本人の所業素行が知れて、
疾く早くご破算になる状況で、ウマい話が転がり込んでくる、
この辺の展開が実に読ませました。事業主になって起業すればよい、
但し先だってこれこれの投資、資金が必要である… 借りる、
(ここでまず気が大きくなって、運転資金と遊興費の区分が不分明となる)
事業当然上手くゆかぬ、追加、追加、貸す人なし、
然し追加投資せねば初期投資まですべてがパー。乾坤一擲大博打、
負けて破れるそれはイヤ。高利貸し。明治の高利貸し。

頁357
(前略)先ず貸金として二千円出そう。就ては礼金が天引一割だから手取千九百円さ、それから利子が年六割で期限は一ヵ月だから毎月百円の利子を払って期限を延ばすと踊りを取られる、それもいいけれども一カ月の後再び延期して約定をしかえると利息を二割増して八割にしなければならんとこういう条件だ、といって背に腹は換えられん、いくら高い利息でも工場を潰すより増しだから借りる事に極たけれども僕ら二人の外に所得税十五円以上を納める者が保証人に立たねばならん、それも甚だ困却だが、最後の一策として母に頼んで妹婿に保証をさせてもらおうと思う、(以下略)

瞬一、というか天引き一割なら千八百円じゃいかと思いました。
二千円の一割は二百円だから、千九百円なら5%、0.5割かと。違うかな。
こうして肉親の情を逆手にとった破滅巻き込み路線が、
さすがにもうこうなるとユーモアたっぷりとはいかず、人情小説の、
アー無情みたいな感じになって、火の車のところに、待合から、
溜まった女代と、寝屋の口約束のプレゼントを先に買っておいたので、
精算してちょ、の使者が来て、夫婦仲紛糾、遂に手が出る男のアホさ。
(でも覆水盆に還らずでなく、泣いたら許してもらえた)
細君が離縁せず説教出来たのは、彼女が支配やコントロールをしたがりだから、
否、そうではなく、理論武装していたからであり、
医学博士片山国嘉、医学博士呉秀三の学会レポートのサマリが、
小説のさなかに堂々この夫人の口からだーっと流れ出る。
解説によると医学博士と論文はすべて実在のものだそうで、
精神的な依存、急性中毒の他に、腦収縮などの情報がばーっと出る。
頁392 玉章たまずさも齲歯むしばの孔に葬られ
小説なので、思いもよらぬハッピーエンドなオチが待っているのですが、
それが恋愛というか、♪高砂や、この浦舟に帆を上げて、
という感じで、世間体面を気にしてお金を用立てた人が、
奇想天外なロジックに天地動転のオチを許容するというか、
それまでだと「乱れてる」になりそうな展開なのですが、
読者も、もうこういうキャラばっかしならこれでいいよ、ありだろ、
早く読み終わり隊、で終わります。途中でひとり、あの男とうとう死んだよ、
という説明セリフがあるのですが、そのキャラがどこで何をしたか、
思い出せずページを繰ってやっと頁210に見つけました。
でもこのキャラは出さなくてもよかったかな〜と思います。以上
(2017/10/23)