『チャイナ・オレンジの秘密』エラリイ・クイーン 乾信一訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)"The Chinese Orange Mystery" by Ellery Queen translated by Inui Shinichi〈HM❷-31〉読了

施川ユウキサン『バーナード嬢斯く語りき』に出てくる『「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」を読んだ男』を読んで、その元ネタの『ジョン・ディクスン・カーを読んだ男』*1を読み、いろんな「○○を読んだ男 / 女 / 少年 / ほか」が出て、訳者解説でそれは親切に各推理小説作家について説明してくれたので、何か読もうと思って、解説に出てくる、エラリー・クイーンの国名シリーズの中国のやつを読むことにしました。国名シリーズには日本のもある*2そうですが、解説には書いてなかったのでスルー。

カバー・巽亜古 

チャイナ橙の謎 - Wikipedia

左) フレデリック・ダネイ 右) マンフレッド・リー 写真(故) Scott Meredith Literary Agency, Inc. Hayakawa Publishing, Inc 何もかもあべこべだ! 死体の着衣や絨鍛は裏返し、本棚は壁を向いている・・・・・・ その男が殺されていたチャンセラー・ホテルの密室状態になった一室では、何と動かせるものがすべてあべこべになっていた。現場に来合せたエラリイは、部屋の主である友人ドナルドの頼みでさっそ <調査を始めた。しかし、被害者の身元を示すものは全くない。わざわざ面倒な細工を施した犯人の意図とは? また捜査線上に浮かぶ あべこべの国”中国とのつながりは? 発表されるやいなやその卓抜な着想と奇抜なトリックで激賞を浴びた、国名シリーズ中の一大傑作! TOKYO HAYAKAWA BOOKS 定価400円

まさかずっとこの表紙とは思わなかったのでとっといてました。初刷が1980年6月末で、読んだのは1983年7月の四刷。この表紙は非常にイイ表紙で、左上は切手、右は温州みかんもしくはタンジールみかん*3下はカンカンノウみたいになった死体をあらわしています。

かんかんのう - Wikipedia

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私はエラリー・クイーンサンがふたりの合作ということも知りませんでした。どちらがゆででどちらがたまごだろうかみたいな感じらしいです。藤子不二雄みたいなタッグではないようです。プロット専門と執筆専門。訳者あとがきによると、エラリー・クイーンサンはヴァン・ダインサンの後塵を拝すかたちでデビューしたが、ジワジワと追い上げた人だそうで、しかし日本語版ウィキペディアではアガサ・クリスティほどの人気はないと、バッサリです。

本書を見ても、まず骨子があって、それを隠すために万華鏡のように次から次へと目くらましが飛び交う展開ですので、オカズが嫌いな人はだめかもしれません。

The Chinese Orange Mystery - Wikipedia

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/en/a/a6/Chinese0002.jpg原書の表紙は鏡で、「何もかもあべこべ」な中国についてなので、それで鏡です。

「中国人は妙な習慣で、友人に会うと、その友人とは握手しないで自分たちの方で握手をするというんですね」*4(頁124)「中国の南部のお百姓なんかはわらぶきの家を建てるのに、家の骨組みの上にまず屋根をふきます。それからしだいに下の方へと建築して行きます。あなたやわたしたちはそうしないで上へと建築して行きますけれどね」「中国では身体が丈夫な間はずっとお医者へお金を払うんです。そして病気になるとお金を払わない」「涼しさを求める時彼らは熱い飲み物をとります」「よく知らないおうちで食事をする時、中国の人はできるだけ大きな音をたてて食べ、食事が終わりますと思うさまげっぷをする習慣がありますね」(頁126)「女の人がズボンをはいてますし、男の人はスカートのようになっている服を着てますね」「中国の人は生れたとたんにもう一歳なんです。というのは、人生は妊娠の時に始まり出産に始まるのではないという考え方からなんですね。ですから、ほんとは何月生れであっても誕生祝いは新年にするんです」(頁127)「中国の正月元日は魚売り女の口上みたいに変るんです。それは不正確な一年十三カ月制の暦をもとにして計算しているので、一定しないわけです」「中国の友人は一年に二度しかお勘定を払いません」「中国の音楽はすべて一音階で、それも短音階ですし、歌う時はすべて裏声(ファルセット)です」「理髪屋さんが髪を刈ったりひげをそったりするのは店の中でなく道路でしますし」「敵への最高最大の復讐は、その人の家の戸口で自殺して恨みを晴らすことです……」(頁128)エラリイ・クイーンはこれを日本のハラキリの変形と考えますが、その場に中国人がいたら抗議してるかもしれません。頁130に"タンジャー"に似たひびきの中国語が出て、みかんの方言のひとつだそうで、糖橘子”tangjuzi“?と思いました。

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本書序文はマツユマ・タフキという邦人が書いた『アメリ密教』という本からの抄訳抜粋という形をとっていますが、そんな本もそんな人もいないようです。日本語検索では田中成明『アメリ密教行脚』ひろ・さちや『アメリカ仏教の夢』灰谷健次郎アメリカ嫌い いのちまんだら2』などの書名が出ましたが、ズバリはなし。英語では、マツユマはマツヤマ(松山)ではないかとかマチューマではないかとかさんざん言われ、タフキのつづりは"Tufekci"ではないかなどと推測してもくれるのですが、"Mikkyo"とか"Esoteric Buddhism"とかと米国、本書題名、エラリー・クイーンなどと関連検索しても何も出ませんでした。原書の電子版のサンプルの序文を見ましたが、エディションがちがうのか、マツユマサンの序文じたいがないかった。

原書の見取り図。ホテルの22階を自宅にしたりオフィスにしているのがカーク一族で、むかしのホテルなので、各階のエレベーター前にはオバーサンが机の前の椅子にこしかけていて、雑用をしたり不審な客を誰何したりしています。つまり、オバサンがいる前提で密室が完成している。オバサンがトイレに行っていたすきに犯人はこっそり逃げたというオチではありません。職務に忠実なので勤務中はトイレに行かない(うそです)

抱腹絶倒らしい、原書の人物紹介。ホントにドナルド・カークというキャラがいることは分かると思うんですが、ジョー・テンプルという中国帰りの女性の名前が"Jo"だとは思いませんでした。"Joe"だと思ったので。しかし別にこれは中国語でもなんでもなく(ピンインに"jo"はなく、調べたらウェード式にもなさげ)て、女性の場合のジョーは"Jo"と書くそうです。個人の方のブログで読んだ。若草物語のジョーも"Jo"だそうで。

頁117に「さよなら」の意味で「ハイチャ」という言葉が出て、これは個人では調べておられる方がいるようですが、コトバンクにも出てこないむかしのまんがなどの口語表現のようで、いちばん最近はカリ城らしいです。今では三河の漫画家によって「ばいちゃ」に塗り替えられた感がある。 ペンギン村から おはこんばんちは右向いて左向いて バイちゃバイちゃ

頁140、やりすぎというかなんというか、中国語は本書の時代はまだ上から下にタテに書いていたわけで、それも横書きの欧州言語からするとあべこべということになるのですが、また別のあべこべ、右から左に書かないで左から右に書くアラビア語ならぬヘブライ語の書物が盗まれ、事態に混迷の度を深めさせます。その下手人の過去がまたぶっとびで、中盤の山場、クライマックスの前の小クライマックスです。こういうのは、プロットの人が緻密に組み上げてあげてのことで、書くだけだったら流されてこういうふうな計算づくには出来ないかもしれません。

頁173に「欧亜混血男」という単語が出て、あ、ユーラシアンのことだなと思いました。たぶん原文はぜったいユーラシアン。まあでも日本語に訳すとこうするしかないか。

頁55に「韻の無い詩みたいで何が何だか分からねえ」という文句が出ます。英語の詩も韻を踏んでないとだめなんですね。中国語はもちろんですが。日本語だと、ライムバトルまで待たないと韻のある詩は現れない気瓦斯。

頁191に「マクゴアン家の先祖はセーラム・タウンで妖術使いを焼き殺してるくらい」というせりふがあります。原文はぜったいウィッチだと思う。マクゴアンというのはカーク一家の女の子の婚約者です。カーク一家はヒューとマーセラとドナルドの三人です。ようするにドナルド・カークという登場人物がいる。

サウスパーク世界ではパペットみたいな口はカナダ人をあらわすはずなので、トラソプサンがその口のかたちというのは、どういう風刺だったんでしょう。

リューズという女性が出るのですが、つづりが"Llewes"で、ダブルエルだ、と思いました。エラリーサンもダブルエル。

頁231、「朝の二時」という表現が出ます。二時は朝じゃないだろうと思いました。"two o'clock at the morning"とでも原文にあるんだろうか。

頁273

「そのとおりですがね」エラリイがいった。「(略)それは結果としての大災厄以前に何があったかを連想し、また確認する火花に点火したことです」(略)

「おい、英語でものをいえよ(略)」

頁306に出てくる中国切手の表示価格は五キャンダリンとあり、キャンダリンを知らないので検索しました。

Candareen - Wikipedia

画像検索すると、キャンダリンなのにダンダリンが出たりしました。

パール・バック的キャラが出るのは伏線じゃないかったと思いますが、中国の布教活動は当時からプロテスタントよりカソリックだったようで、そういう描写があります。しかし「神父」と書かず「牧師」とばかり書いているので、カソリックであることにクラクラしました。訳者のひとはあまり考えてないかったのかもしれない。

エラリー・クイーンが登場した1930年代はエログロナンセンスの時代でもあり、銀ブラという言葉が生まれ、モボ・モガベルボトムと同じようなズボン、らっぱズボンを穿いていたと解説にありました。青いイナズマ。そんな時代なので、アメリカ人であっても、あっさり自白します。弁護士を呼ぶまでしゃべらないと駄々をこね、弁護士が来てもしゃべらず仮釈放パターンは、本書邦訳の五年後からか十年後からか。トリックの大掛かりなわりに、いったん露見するとあきらめが早すぎるので、そこだけネックです。時代に合わなくなった感が。以上