『酒気帯び車椅子』読了

酒気帯び車椅子

酒気帯び車椅子

酒気帯び車椅子 (集英社文庫)

酒気帯び車椅子 (集英社文庫)

ほかの用事で図書館に行って雨に降り込められて読んだ本。
相変わらず、微薫漂うらも節。
片足にマシンガン仕込んだ女性の復讐譚の洋画*1と同時期?別時期?
映画とのシンクロを推察しました。でもそれや、バロウズ風味を一皮剥くとアレ。

頁41
 昼食は社員食堂は止めにして、かなり離れた所にあるホテルの中華料理屋に入った。ここなら社員と顔を合わせることはまずない。私は皿うどんとビールを注文した。
 最近、昼にビールを飲むことが多くなった。これは危険信号だ。ちかちか光っている。
 私は十年前にアルコール依存症に陥った。
 もともと私の仕事は接待が多い。週のうち三、四回は顧客や業者との酒である。接待のない日は同僚と飲みに行く。私は生まれもって酒に強い体質だったためにその頃は一日一升は飲んでいただろう。
 そのうち、昼飯に必ずビールを添えるようになった。朝起きてウイスキーをくいっとストレートで一杯飲る癖がついた。相撲業界の隠語では酒のことを「馬力」という。確かにアルコールを体内に入れると馬力と蛮勇が出てくるような気がした。その頃私は非常にややこしいプロジェクトをふたつ同時に抱えていて、精神的に追いつめられていた。アルコールは救世主のように思えた。
 やがて連続飲酒が始まった。一日中酒が手離せない。毎朝JRのキヨスクウイスキーのポケット壜を二本買う。会社ではトイレでそれを飲む。その頃私は風邪だと偽って、いつもマスクをかけていた。熟柿のような酒臭さをごまかすためである。そして夜になると接待酒だ。公然と飲める。帰りは午前様になるが、家でもウイスキーをあおる。泥のごとく酔って昏倒するように眠るまで飲み続ける。会社の者も妻も、誰も私のこの異常に気づかなかった。
 ある朝、小便をするとコーラ色の尿が出た。それがひどい悪臭がするのだ。それから何日かして、まっ白な大便が出た。胆汁が出ていないためだろう、と私は推測した。カタストロフィーの近づいてくる足音が聞こえた。
 身体がだるくてたまらなかった。出社するのにタクシーを使うようになった。
 そしてある朝、鏡を見ると顔がまっ黄色だった。肌も白目もレモンのように黄色い。黄疸だ。
 いつものようにタクシーが来たので乗り込んだが、行く先は会社ではなくて大学病院だった。
 採決採尿して調べた結果、GPTもGOTも異常な数値を示していた。γGTPに至っては千二百もあった。その場で入院手続きが取られた。
 アルコール性肝炎なのだが、治療としては静養と栄養、このふたつしかない。つまり飯を食って寝っ転がっていろ、ということだ。
 妻には口止めをした。
「アルコール性肝炎だということは社の者には絶対に言うな。腎臓疾患だということにしといてくれ。それから見舞いには来るな、と。そんなヒマがあったら仕事をしろ、と。そう言っといてくれ」
 結局都合五十日入院した。肝臓は軽い脂肪肝の状態にまで軽癒した。
 その後丸一年間、一滴も飲まなかったが、一年を過ぎてから少しずつ、用心しながら飲むようになった。

(中略)
“こうやってもりもり飯が喰えるってのはありがたいことだ。前のアル中の入院前は固形物は一切受け付けなかった。毎日酒と牛乳と蜂蜜だけでカロリーを摂ってたんだ”
 皿がきれいに空になった。私は残ったビールを飲み干した。
“連続飲酒に気をつけんといかん。同じ誤りを二度犯すのはサルのやることだ”

保険屋とかはどうしたのかな、と思いました。保険使わなかったようにも思えます。
吾妻ひでおのマンガ*2読むと、否、マンガ読まなくても生命保険の加入書類見ると、
アル中はダメらしいので…

この小説はあちこち矛盾があるけれども作者が故人なのでそのままです、
と巻末にありましたが、私にはどこがどう矛盾してるのか分からなかった。
バロウズだし。でも私はバロウズ読んだことありません。
バロウズ読むアル中もいるのかどうか。
吾妻ひでおのマンガでも病棟の誰も吾妻ひでお知らないという衝撃のシーンがあります。
(今はこのマンガのおかげで吾妻ひでおを知るアル中は多いはずです)
でもバロウズはどうだろう。中央線沿線のジャンキーなら知ってる人もいるかも。
高校大学とボクシングやってたのに、貧弱なガタイで下腹ぽっこり、
という箇所だけ矛盾してるかな、と思いました。でもそれも酒かなぁ…とも思うし、
ライザップの赤井さん見てまうと、それもありえるとも思うし。
この小説にもジャンキーは出てきて、下記などがあります。

頁67
「止められないのか」
 ガーリックは焼きニンニクを一かけら口に放り込んでから答えた。
「止メルノハ、ソンナニディフィカルトジャナイヨ。トランキライザーヲタクサン吞ンデ、催眠薬モタクサン吞ム。ソシテ一日中眠ッテイル。コレヲ一週間続ケタラ“ウィズドラワルシンプトムズ”ハ収マルヨ」
「ウィズドラ……何だいそれは」
「日本語デ何テイウノカ僕知ラナイ。クスリガキレタアトニ苦シム、アレ」
「ああ、禁断症状か」
「キンダンショウジョウ、ソウイウノ?」
「そんなに簡単なら、なぜ早く止めないんだ」
 ガーリックはコップのビールを一気にあおると、私を正視した。
「止メル必要ナイカラヨ。

そのあとの告白内容は、百人百様なので、割愛します。

頁228
 何も食っていない。病院で三度三度きちんと食事を摂る癖がついていたので昼過ぎになると空腹を覚えた。しかし出前を取るのは嫌だった。配達の人間に自分のこの姿を見られるのが嫌だったからだ。空腹も度を越すと胃が麻痺したようになって、さほど苦にならなくなる。私はただただソファでテキーラと水を飲み続けた。七時になった頃、テキーラのボトルが空になった。私はそれをテーブルの上に横倒しにして、以前ガーリックに教えてもらった事を思い出した。アメリカではこうして空になり横倒しになったボトルのことを「デッド・ソルジャー」と呼ぶのだそうだ。ヤンキーらしいブラックな表現だ。

両足切断で車椅子のない状態、を見られたくない、という場面なのですが、
こうやって抜き出すと、たんにアル中が見ないでくれといってるみたいに読めてしまいます。

頁228
 私はとにかく今日は酔っ払って寝てしまおうと考えた。思考が停止してしまっているので復讐の手口など思いつかない。一カ月禁酒したご褒美に、今日は反吐を吐くまで飲んで昏睡してしまおう。

頁228
 ターキーはどちらかというと荒っぽい、不味なバーボンだ。しかし私にとって美味不味は問題ではない。私に必要なのは「自失」なのだ。泥人形ゴーレムのようになりたいのだ。不感無覚のただの物体になりたいのだ。哀しみからも憎悪からも遠く離れていたいのだ。失神または昏倒できるものであれば別に酒でなくてもいいのだ。トルエンでもハイミナールでも。
 何も考えずに飲み続ける。

ゴーレムがここで出てきて、おかしかったです。
初期アル中はアルコール血中濃度が高い状態を正常と身体が誤認してるので、
酒抜きだと深刻に眠れないので睡眠導入剤を処方されたりするそうですが、
上記のような理由でそれを継続しようとする時、点数や報酬だけ考えて処方するかというと、
そういう理由ではちょっとお出しできないですね、とキッパリ言う医師の話を
聞いたことがあります。ええ話や(´Д⊂ヽ

頁233
 三日、四日、一日中飲んでいた。朝起きると、歯を磨くより前に枕の横に置いてあるバーボンをラッパ飲みする。これは医学的には「連続飲酒」というアルコール依存症の症状だ。私はかつて洋酒の輸入・販売を手がけていたので、アルコールの及ぼす害についての資料もそこそこには読んだ。そんな自分がアルコール性肝炎で入院した。今、自分が二度目のそれに陥っているのだ。飲酒量はついに一日二本に及んだ。荒流会の連中に仇討ちすることも先日までのリアルなイメージから徐々にバターのように溶けて、シンボリックな、抽象的なものへと戻っていった。

バロウズを知ってるかどうかの文化資産より、酒害知識の文化資産のほうが、
より貧困な気がする日本の現状だと思います。
まあ患者さんもギャンブル依存の三分の一以下の数に過ぎないわけですけど。

頁234
 退院して五日目。私はウィスキーのカロリーだけで生き続けていた。これでは前のようにアルコール性肝炎を発症して入院する破目になる。もう病院の消毒液の匂いはうんざりだ。それにそんなことをしていては復讐も、しのぶを取り返すこともできない。酒を抑え、何かを口にしなければ倒れる。
“バナナがないかな”

バナナはなく、外に出るつもりもない主人公は、死んだ犬のドッグフードを見つけ、
それで生命保持を継続します。

頁236
そんな奴らが一丁前に人間様のふりをして道を歩いたり、クラブでヘネシーを飲んだり、人を殺したりしている。私はそういう連中を一掃しなければならない。それがたぶん天が私に与えた使命なのだ。そのために私は四十一歳まで、この厄年まで生き長らえさせられてきたのだ。それを成し遂げるためには、アルコールによって自失することを希求したりしていては駄目だ。駄目なんだ”
(中略)
 しかし、あれほど心に誓ったにもかかわらず、ソファに戻った私はまたボトルを手にしていた。
“少しだけなら”
 これがアルコール依存症者に共通した考え方だ。少しくらいなら。少しくらいなら酔ってこの心の痛みを和らげても罰は当たらないだろう。アル中は必ずそういう考え方をする。しかし「少しくらい」酔ったときには、もう心のストッパーは外れてしまっているのだ。

なんだか分かりませんが、結局作者は飲み続けて死んだわけですが、
伊集院静の『いねむり先生』*3のように、
アル中だったのに再び適正飲酒出来るようになった主人公とか読むと、
ほんとかよ、としか思わないので、作者の姿のほうが、
しっくりくるといえばしっくりくる、と思います。
無論生きてるにこしたことはないですが。以上
【後報】
そういえば、録音シーンで、主人公がICレコーダーでなくカセットレコーダー使ってて、
作者は書きながら記憶とかアレしてたのかな〜と思いました。誰もチェックしなかったのかな。
(2015/3/27)