近代ナリコサンの本で富岡多恵子も激賞されてたのですが、その本、『ボーイフレンド物語』だったかな、は、図書館になかったので、かわりにてきとうにこれを借りました。『ボーイフレンド物語』が1975年で、『芻狗』が1980年、『波うつ土地』が1983年。こちらのほうが歳を経てるので、書き手の経験値が増えてるということはあると思います。
読んだのは講談社文芸文庫ですが、1988年にもうこの文庫があったとは。バブル前夜の1988年に￥780。デフレ脱却。
巻末に、著者による、「著者から読者へ」の一文（再録なのか書き下ろしなのか判然としない）と、加納典明加藤典洋による解説。与那覇恵子による作家案内と著書目録。
関西人ですし、作家案内によると、この小説より前に書かれた『仕かけのある静物』『動物の葬禮』『当世凡人伝』『斑猫』などでは、テーマが「大阪弁を基調とした話し言葉の文体で見事に表現」されてるそうですが、本書は、関東に住んでる状態で書かれていて、阪僑になって関西弁をまくしたてるつもりもなかったようで、
頁179『波うつ土地』
「映画みたいジャン」とわたしははしゃいだ。
「映画みたいにおもしろくはないよ」と男はいった。
「おもしろくすればいいジャンカ」とわたしはいった。
たまにこれ（疑似ジャンカ言葉）をやる関西人がいるのですが、それをやってる。
私もこれ（『波うつ土地』）は町田が舞台だろうと思ったのですが、書名と町田で＆検索というエゴサーチすると（エゴサーチとはいわない）同様の読書感想が二つくらい出ました。Ｙダンチは山崎団地、Ｋダンチは木曽団地、Ｔ駅は玉川学園前か鶴川か。隣接するH市のN財閥の私有だった小学部から高等部までの一貫校N学園は分かりません。隣接するY市の製薬会社も分かりません。多摩丘陵、大和までつながってるかなあ。頁88、「ドイリ」が分からなかったので検索しました。
頁116、日比野卓男という四十代妻子持ちで、遺跡発掘調査のアルバイトをしてる人が出て来ます。娘は短大。共稼ぎ。本人は浮浪者並みに薄汚い。その状況から、親の金でパリに遊学に行く。で、母親が死んで帰国して泣いて（頁188）、妻子連れて実家の静岡に帰る。実家はたぶん裕福… というドラマは、21世紀にはもう作れないんじゃないでしょうか。
頁133、建売住宅が一軒五千万です。四人乗りのクルマに収まるから最近のオヤは子どもを二人までしか作らないのではないかという会話があります。
頁139のマクニンも検索しました。
頁197、ヨキという関西弁が出ます。関西弁が出るのは『波うつ土地』ではここだけ。
頁198『波うつ土地』
中国では俑（ひとがた）を作る、というコトバは、よくないことをはじめる、の意味をあらわすのだと聞いたことがある。それは、死者といっしょにワラ人形を埋めていたのが人間と同じくらいの大きさの木偶になり、それが人間によく似ていたところから、人形ではなく人間を埋める殉死の風習が生れたと信じられているからだそうである。人間を埋めていたのが、それがあまりにも悲惨だから人形で代用したのではなく、人形がナマ身の人間に似ていたから、人間を埋めたというのである。（後略）
面白いですね。初めて聞きました。
頁200『波うつ土地』
駅の近くの高台の一等地に並ぶ、広い庭を充分にとった大きな家々は、三十年か四十年前に不便な土地を安い値段で買って棲みついたひとだと、あとからきた者は、広い敷地にうっそうと繁る樹木を道路から見あげて羨望のため息をもらす。そしてそういう家の並びに、なぜか歯がぬけたようにして空いている土地があると、三十年前の一軒分の土地が区切られて、上下に四軒の家が建ったりする。（中略）三十年か四十年前に建った家からは、髪の白い老夫婦がよろよろと出てきて、無言で散歩するか、落ち葉をもやしている。それら老齢の家々は、たいてい丹精こめた植木や石垣の一部をこわして、車庫をつくり、中年の夫婦がクルマで出かけるのである。そこで生れた子供が、中年になっているのである。かれらが石垣をぶちこわして車庫をつくる必要があったのだ。若い家には、どんな不便な崖の上であろうと、急な坂の途中であろうと、みんな車庫はついている。
思うに、作者が、もし本当にこの町田の新興住宅地に住んで、この小説のような体験をしていたのだったら、それより先に、自動車の免許をとれば、それでだいぶすべてが済んでいたと思う。（事故ってたかもしれないが） 男に乗せてもらうから、気づまりな車内で、そういう終着点しかないのではないか。歩くか、誰かに乗せてもらうかだけ。原付はおろか、自転車にすら乗らない。組子という子は、以前の職場で、マルチの勧誘のため次々と転職を繰り返す整形女性にいとも簡単に釣り上げられた下宿大学生を思い出します。本人がそれでよいのなら、なんて思わず、あの女はマルチの勧誘だから、近づくなとキツく戒めておけばよかった。後悔しています。頁143、アミコさんという女性の運転姿の形容、「白い服にサングラスをかけてクルマを運転している姿は、颯爽として気持がいい」これは、同女性が宿六の浮気発覚で、昼間からカーテンしめてワイン煽ってる姿と対照的です。作者もテニスはしてんですけどね。免許とって運転してたら、この小説はなかったろう。それでも引っかけるクセがぬけなかったかは、『芻狗』で考察します。『波うつ土地』は、逆ナンしたつもりでも、結局大男に引っかけられた感がある。
『波うつ土地』はみじかい長編ですが、『芻狗』は短編集です。この頃まだ講談社文芸文庫は駆け出しだったからか、普通の文庫では採算が取れない（当時の基準で）単行本をそのまんま合本とかにして、著者年譜とか歴程つければ、みたいな編集でよかったのかな。今はもっと凝った編集な気がします。以下、『芻狗』収録の短編。
『坂の上の闇』歴史ものBLです。いちばんまともに読めた。こうやってBLに仮託すれば、女性の性欲も葛藤も赤裸々に書ける、というのは、世の幾多の創作家が実践してるメソッドなので、安定して読めます。でも作者の場合そんなの冒険でも突破でもなんでもないのでしょう。頁231の候文、なかなか悪文で、昔のしともこのように略してもいい重複部分をだらだら切らずにつけた文章を書いていたのかと思うと、"We are not alone"な心境です。
『芻狗』若いオトコを次々引っかける女性のストーリーで、そのせつなさを抉りだしてみた、みたいな感じですが、21世紀は、インターネットのおかげで、未成年を淫行する女性が捕まるニュースの蓄積もそれなりですし、タチの悪いのにひっかかって金銭を要求される場合というか「#私はあなたのポルノではない」（Ⓒ韓国）場合のツールとしての撮影録画機材が長足の進歩を遂げたので、この作品世界はもうこのようには成立しないと思います。どの男も、挿入だけで、キスも愛撫もない。こんなさむざむとした情交って、東電OLもしてなかったんじゃないかという。描いたのが女性だから描けたと思いますが、男性だったら、これ、勃たないんじゃないかと懸念して、書けないかもしれない。
蛇足ですが、タイトルの『芻狗』、下記のことばに引っかけた、ダジャレかと思いました。
山岸涼子のコワい漫画『帰来迎きらいご』が、キー・ラーゴのダジャレみたいなもので。
『結婚』このおはなしでこのタイトルを使ってしまうんですね。
『箱根』頁350、下半身を脱がされ、下腹部に顔を近づけられ、なまあたたかい鼻息を吹きかけられ、それでおしまいという対応をする男がいて、女性側のそれに対する喜怒哀楽の感情発露の場面がまるきりカットされています。女性側は、ほんとうはほかの感情かも知れないものを「性欲」と呼んでいて、男性側は、不条理というオブラートに包まれた、実はバイオレンスを女性に叩きつけています。なんで友人の離婚した元女房の家に上がり込んで飲もうなんて思えるんだろう。
ウィキペディアによると、作者は上方演芸に通暁してるそうで、頁325、別れても夫婦漫才をしてるコンビとして、ワカナ・一郎、蝶々・雄二、唄子・圭助と、インターネットで検索も出来ない時代なのに、すらすら出してます。
『環の世界』関西の濃い人たちの話、で終わりにしてはだめでしょうか。方言をなるべく消すことで味を出そうとしたのかもしれません。頁360、「道さん、昌代さんを手伝ってやれや」（太字は私）だけ、関西弁だと思いました。頁359のハラミ芸者の話を職場でしたら、ドン引きでした。
こんなことなら、近代ナリコサンオススメの、『ボーイフレンド物語』をなんとかして借りて読むべきだったかと思います。たぶんどこかの図書館にあるでしょう。ちなみに、ボーツー先生と福田和也の対談で知った『ガマの聖談―南喜一の風流夜話』は二度ほどリクエストしてスルーされています。同様に二人の対談で知った、オノ・ヨーコの代理としてジョン・レノンの相手をした中国系セフレ、メイ・パンの書いた本『ロスト・ウィークエンド』も、リクエストがなかったことになる。一種の禁書なんだろうか。図書館学的に。
以上
【後報】
よく考えると、AV登場以前のセックスは、こんなものだったかもしれません。前戯なんか、ない。でもキスはあってもいいですよね。
（2019/12/18）
