装画 富安健一郎 装幀:早川書房デザイン室
収録十三作品のうち、よっつ目。kehuanshijieはこの頃毎号副題をつけていたようで、掲載号の2001年8月号は《惊奇档案・霹雳与玫瑰》"jingqidangan・piliyumeigui"號デス。訳者あとがきでは雑誌名は原題同様簡体字を使っているようで、〈惊〉は「驚」の簡体字ですし、〈雳〉は「靂」の簡体字です。へきれき。〈档案〉は繁體字では「檔案」なのですが、これも俗字漢字が日本に侵食してる例として、日本語でも「档案(とうあん)」で一発変換出来ます。〈玫瑰〉はあちらでは「薔薇(ばら)」の意味なのですが、日本では浜茄子(はまなす)の意味になるとか。
英題は、邦訳中に繊維に「ファイバー」とルビが振られてたので、そのままそれを使いました。この作品は英訳されてないようで、英語版Wikipediaに当該作品名はありませんでした。ハングル訳はされてるようで、「세계의 끝」(セカイノオワリ)という2019年刊行の短編集に、「섬유」(繊維)という題名で収められてます。
英訳がないのとどれくらい関係あるか分かりませんが、2001年4月に海南島で中米軍用機の衝突墜落事件があってほどなくしてこの作品が発表されたという事実に驚きます。しかも主人公は米軍のF18戦闘機パイロットという設定でしょう? 現在の閉塞状況から考えると、夢みたいです。
この事件では、中国側戦闘機のパイロット、ワンウェイ(Wang Wei)中隊長が死亡しています。
この人のほうから突っかかって行ったとの報道を当時見た気もしますが、現在の記事にはそういうことは書いてありません。
おそろしいほどの歌詞の隠喩。
私はほんと、事件の報道当時、この歌が頭をぐるぐる回って、止まりませんでした。
この頃は、二年前のユーゴ中国大使館誤爆事件の余韻もまださめやらぬころです。
よくこんな話書けたと思いますが、逆にいえば、エスエフだけがエアポケットで、自由だったのかもしれません。訳者あとがきで、何度も繰り返し「あなたはグラディエイターよ!」と叫ぶキュートなインド人女性(哇哇妮"wawani")が指摘されてますが、私はこのスラップスティックさを愛します。どちらかというとグラディエイターよりスリーハンドレッドのが中国でウケた気がしますが、どちらにせよ倒版VCD全盛期の猛威を物語る事象と言えなくもない。ちょっと全然違うんですが、私は何故か、「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」というイタリア映画のヒロインを想起しました。
stantsiya-iriya.hatenablog.com
大卫・斯科特という名前のアメリカ人を主人公に、誰がこれまで中文小説を書こうと思ったであろうか、と思います。エイミィ・タンなどのように、華人系アメリカ人が英語で書くんじゃなく、メインランド・チャイニーズの漢族作家がマンダリンで書く小説の主人公がディヴィッド・スコット。しかも空軍パイロット。そしてさらにこの時期に書く。これがイカレてなくてなんであろうか。日本のエスエフ作家にこんな攻め方をしろとは誰も言いませんが、そも攻める相手が思いつかないでしょう。この短編集がなぜ年代順なのか、よく分かるというか、なんというか。
ことばにならないと思いました。グラディエイターの中文〈角斗士〉は"jiaodoushi"でなく"juedoushi"だそうです。俳優と同じくくりなんですね。”你就是角斗士!“
以上
この人のピンインカタカナ名は、「ツ」と「シ」の書きわけが出来てない人には鬼門。