筒井康隆サンの全集第一巻に収められている精神病院ルポ*1に、酒害を活写した米国小説家たちについて言及している場面があり、そこに出て来るヘミングウェイ、フィッツジェラルド、ジョン・オハラ、ドス・パソス、テネシー・ウィリアムズのうち、ジョン・オハラとドス・パソスサンを知らないので、読んでみようと思って、図書館の蔵書検索でオハラサンを検索し、出たうちの一冊が本書です。
巨匠の選択 (ハヤカワ・ミステリ) | NDLサーチ | 国立国会図書館
各作家が「書いたことを誇りに思う一篇」と「こんな短篇が書けたら」と思う一篇を選び、それを集めた本です。八人プラスローレンス・ブロックサン。ローレンス・ブロックサンは序文で、"Mirabile dictu"というラテン語の成句、「語るも不思議なことながら」を使って、ぜんぶ他人のフンドシで一冊本が出せるアイデアの興奮を語っています。あちらでは二冊アンソロジーを出したようですが、日本では一冊だけでおしまい。
装幀 勝呂忠
⑦-A『魂が燃えている』"Souls Burning" by Bill Pronzini ビル・プロンジーニ∥著 p301-310 黒原敏行∥訳 ©1991 ハヤカワ・ミステリ・マガジン1998年1月号
著者の代表作、「名無しのオプ」シリーズの一作。アメリカの出所者更正がどうなってるか知りませんが、更生保護施設などの一時入居を経たのか経てないのか、サンフランシスコのあまり治安のよくない一角のホテルに寝泊まりしながらカタギの仕事につき、人生の再出発を誓ったはずの男が、連日連夜部屋の窓から見下ろされる暴力と嬌声を見ているうちに、なんとかしなくちゃ、今ならまだ間に合う、と思いつめ、ある日ランダムシューティングする話。

なんとなく、横須賀で、どぶ板通りに面したホテルに泊まった夜を思い出しました。
⑦-B『ソーセージ売り殺し』 "Murder of the Frankfurter Man" by Benjamin Appel ベンジャミン・アペル∥著 p311-320 渋谷正子∥訳 ©1934
ほとんど邦訳のない、WWⅡ前後NYのストリート・ギャングものなどを得意とした作家の、移民子弟がさらに後発の移民をいじめまくって死に至らしめるまでの、やるせない短篇。三つ子の魂百までで、絞首刑台、否電気椅子に送られるまで、治らなかった当時のリーダーを、現在から回想する話。いつも飢えていた。両親はみなかつかつで、中にはイタリア系の成功者もいた。警官になったものもいた。
19世紀半ばからこの地区への人口流入とともにギャングが現れるようになり、「アメリカ大陸でもっとも危険な地域」と呼ばれるようになり、その治安の悪さから現在の名で呼ばれるようになった。1990年代半ばより治安は回復し、21世紀にはその立地の良さから高級エリアとなっている。
須賀田さんの小説でも、ブッチャーと呼ばれた百戦錬磨のイタリア系が好々爺の老人となって経営するレストランの奥で、ときおり、過去の血なまぐささの記憶を求めてやってくる観光客の相手をする描写が、最後の方の作品であります。この小説で標的になるのは、ジョージ・マイケルのギリシャ系ですが、主犯格は民族の区別なんぞついちゃおらず、イタリア系の前でギリシャ人を「ヤワなラテン野郎ども」と罵倒します。ギリシャはラテンじゃないっての。
ベンジャミン・アペルサンのアペルはドイツ系(アシュケナジー含む)の苗字みたいなんですが、独逸語版ウィキペディアでは彼はポーランド系ということになっています。母親の姓はマイコフスキーで明確にポーランド系なので、その辺いろいろなのかもしれません。ソフィー・マーシャクサンという女性と結婚しますが、マーシャクはユダヤ系の姓だそうです。
Benjamin Appel (Schriftsteller) – Wikipedia
この人の名前を検索すると、ちょっとスペルがちがうベンヤミン・アペルサンというドイツのイケメン声楽家が出て、検索結果画面がそっちに埋め尽くされそうになります。「作家」などのアンド検索単語を入れてあげないとダメ。
この小説の原題を検索すると、フランクフルト・レイル・アタックとも呼ばれる、ドイツ最大商業都市フランクフルトのメンヘラ移民による衝動殺人が出ます。

⑧-A『ガス処刑記事第一信』"First Lead Gasser" by Tony Hillerman トニイ・ヒラーマン∥著 p323-336 井上泰雄∥訳 ©1993 初訳は扶桑社ミステリー『現代ミステリーの収穫2』1997年
ニューメキシコで電気椅子にかわってガス室での処刑が行われるようになってまもなくのインタビューをもとにしたフィクション。

その後、2009年にニューメキシコ州は死刑廃止。で、これも、泉鏡花『海城發電』のようなスタイルの小説です。テレタイプという言葉が出るので、古い時代の話であることは分かります。トレーラーハウスで育てられた少年が主人公で、ある日捨てられ(止めていた場所の料金を踏み倒して親は車ごと消える)それから犯罪を繰り返すという。文盲だったかもしれない。
⑧-B『さらば故郷』"Goodbye, Pops" by Joe Gores ジョー・ゴアズ∥著 p337-348 大井良純∥訳 ©1969 『あの手この手の犯罪』(ハヤカワ・ミステリ文庫)というアンソロジーに収録されたのが初訳。1982年。
なんでポップという原題が「故郷」になるのか、まず調べました。
分からない。

分からない。
分かりませんでした。

これで分かった。父親へのくだけたうまい言い方が日本語に見つからなかったので、ズラしたんですね、訳を。脱獄して父親の死に目に逢いに戻って来た不肖の息子(次男)の物語。ふるさとは今も青きナントカでしたが、車を強奪する際に自分が自殺したようにみせかけた殺人死体のトラップもはやばやと見破られ、追っ手が…
⑨-A『どこまで行くか』"How Far It Could Go" by Lawrence Block ローレンス・ブロック∥著 p351-366 宮脇孝雄∥訳 ©1997 光文社「EQ」1998年11月号。
前にも読んだことがある話ですが、ライトヘルシー・イヤミスって感じでしょうか。メアリー・ヒギンズ・クラークという大御所が識字教育支援のチャリティーで呼びかけたアンソロジーのために書き下ろした作品で、募金活動として依頼したミステリーなのに、"thick fog, thick steak and thick book"(深い霧、ぶ厚いステーキ、厚い本)という三ワードを入れこまねばいけないという大喜利しばりをかけられ、なんのためにこんなことを、重いナ~"too thick"とブロックサンは苦悩したとか。今検索すると、フォッグはdeep、重いはheavyなので、どうでもいいという。
下記をパリモニーと読ませてる小説です。こういうことが金銭面で焦げ付いて、どうにもならなくなったか弱い女性が、よろずやっかいごと引き受け升みたいな何でも屋、整理屋を紹介されて会い、日本でもこういうのはおうおうにしてヤーサンで、逆に骨までしゃぶられたりしますが、何しろ相手は人たらしで、ミリキ的な異性だったりするので、あれれという…

⑨-B『木立の中で』"In a Grove" by John O'Hara ジョン・オハラ∥著 p367-386 田口俊樹∥訳 ©1960, 1961
ついに辿り着いたジョン・オハラサンの小説。
毀誉褒貶の激しい人物だったようで、同時代を生きた人たちに強烈な印象を残しながら、しかし若い世代からは忘れ去られた作家のリストに入れられようとしている感じです。
Few college students educated after O'Hara's death in 1970 have discovered him, chiefly because he refused to allow his work to be reprinted in anthologies used to teach literature at the college level.(グーグル翻訳)1970年のオハラの死後に教育を受けた大学生で彼を発見した人はほとんどいないが、主な理由は彼が大学レベルで文学を教えるために使用されるアンソロジーに彼の作品が再版されることを拒否したためである。
日本では田中小実昌サンが短編集を編んでいるくらいで、あとはニューヨーカー関連のアンソロジーに時々ちょこちょこ入ってる感じでした。
この後読んだ下記ではこう書いてあるのですが、そのとおりの小説はこっちで、下記のほうはそうではないかった。
頁294 座談会部分
北村 ジョン・オハラという作家は、取り返しのつかないこと、ある時ふと刺さった人生の苦しみを抱えて、それでも生きて行かなければならない話が多いイメージです。
(略)後に翻訳家になった汀一弘くんという私の友達で、汀くんがジョン・オハラの作品を訳したのでほかにも読んでみると、取り返しのつかないような出来事を書いたものが多い。
この『木立の中で』は、まさに、取り返しのつかない出来事が起こる瞬間を切り取った佳品なのですが、キリトリ動画とちがって、集中線付きのキャプション、字幕でAI読み上げで説明してしまうのでなく、どうしてそうなっていくんだ、どうしてそっちに向かっていくんだ、誰もおかしいと思わないのか、みんなおかしいのか、なんなんだこれは、という過程がなまなましく描かれていて、ホントにレイ・カーヴァーみたいです。ほかにふたつジョン・オハラサンの短編を読んでみましたが、いずれもこういう切れ味ではないかった。これが特異点なのか、平常運行なのか、興味深い。ローレンス・ブロックサンも、こういうの大好物だろうな。ジョン・プアマンの「脱出」のようでもありますが、不条理なのは田舎の住人ではなく、ハリウッドの住人である主人公と、その友人で、この田舎に潜んでいた男です。いつも銃を持ち歩くぶっそうな潜伏者なのですが、地元民はマレビトである来訪者の主人公の方に冷たいです。
<①で感想を書いた小説>
①-A『ウェディング・ギグ』"The Wedding Gig" by Stephen King スティーヴン・キング∥著 p15-32 山本光伸∥訳 Yamamoto MItsunobu T-by ©1980 邦訳初出1985年、光文社「EQ」5月号
①-B『第二級殺人』"Murder-Two" by Joyce Carol Oates ジョイス・キャロル・オーツ∥著 p33-70 小尾芙佐∥訳 T-by Obi Fusa ©1998 邦訳も同じ年、ハヤカワ・ミステリ・マガジン9月号
②-A『ミス・オイスター・ブラウンの犯罪』"The Crime of Miss Oyster Brown" by Peter Lovesey ピーター・ラヴゼイ∥著 p73-94 中村保男∥訳 T-by Nakamura Yasuo ©1991 1998年8月同名ハヤカワ・ミステリ文庫刊
②-B『悪党どもが多すぎる』”Too Many Crooks” by Donald Edwin Westlake ドナルド・E・ウェストレイク∥著 p95-116 木村仁良∥訳 T-by Kimura Jirō ハヤカワ・ミステリ・マガジン1990年9月号初出
③-A『くたびれた老人(コーネル・ウールリッチへのオマージュ)』"Tired Old Man (An Homage to Cornell Woolrich" by Harlan Ellison ハーラン・エリスン∥著 p125-142 渋谷正子∥訳 T-by Shibuya Masako ©1975
③-B『13号独房の問題』"The Problem of Cell 13" by Jacques Futrelle ジャック・フットレル∥著 p143-194 押川曠∥訳 T-by Oshikawa Koh ©1905 ハヤカワ・ミステリ文庫『思考機械』1977年刊所収。だがWikipediaによると、1960年に宇野利泰訳が創元推理文庫『世界推理短篇傑作集1』江戸川乱歩編に収められているので、それが初訳とのこと。
stantsiya-iriya.hatenablog.com
<②で感想を書いた小説>
④-A『血脈』 "En Famille" by Ed Gorman エド・ゴーマン∥著 p197-206 池央耿∥訳 T-by Ike Hiroaki ©1996 光文社「EQ」1997年3月号
④-B『青いホテル』"The Blue Hotel" by Stephen Crane スティーヴン・クレイン∥著 p207-250 藤田佳澄∥訳 T-by Fujita Kasumi ©1896年 南雲堂から1959年『対訳 クレイン 無蓋ボート 青色のホテル 他一篇』が出て、それが初訳
⑤-A『もうひとつの部屋』"Another Room" by Joan Hess ジョーン・ヘス∥著 p253-262 藤田佳澄∥訳 T-by Fujita Kasumi ©1990
⑤-B『いたずらか、ごちそうか』"Trick or Treat" by Judith Garner ジュディス・ガーナー∥著 p263-268 山本俊子∥訳 T-by Yamamoto Toshiko 1983年に早川ミステリ文庫『ミニ・ミステリ100(上)』アシモフ編にて初訳
⑥-A『法外な賭け』"High Stakes" by John Lutz ジョン・ラッツ∥著 p273-288 藤田佳澄∥訳 T-by Fujita Kasumi ©1984
⑥-B『八月の熱波』"August Heat" by William Fryer Harvey W・F・ハーヴェイ∥著 p289-298 田口俊樹∥訳 ©1910 水木しげるサンが漫画化してるくらい何度も訳されてるので、初訳がいつかは不明?
stantsiya-iriya.hatenablog.com
以上
