スリランカの本を読む72冊目(たぶん)
いよいよ和光大名誉教授だった渋谷利雄サンの領域に入ってきまして、この人と中村尚史サンスリランカ水利史があれば邦書のスリランカ方面の大黒柱、根幹はほぼほぼいいのかなと言う気がします。ハングルに長璋吉サン*1の『わたしの朝鮮語小辞典』があったように、野口忠司サンがエッセーを書いてれば、さらに良かったと思いますが、寡聞にして知らない。彼らの周辺を小惑星のように、南島カレーのお店や庄野護サンや、東條さち子サンやにしゃんたサン(未読)が回ってるのが、日本のスリランカ界(世俗 / 在家)ではないかと。さらにそこにタミル人難民の研究者や、元町の紅茶専門店が重なって、織りなして… そして西の彼方の空を見れば、アーサー・C・クラークサンが光ってゐる。
左は原書の表紙にもなっている写真。本書白黒口絵より。シンハラ人にも山岸涼子サンのまんが*2や大友克洋『童夢』*3「じょ、冗談じゃないわ、あ、あんなの聞いたこともない… とっても私なんかの手に負えない、は、早く逃げなくちゃ… いい? 聞きなさい、もっともっと死ぬわよ、十人、二十人、いやもっとかも…」みたいな、お祓いを職業にする在野の女性がいるのですが、彼女たちの特徴として、髪がもつれて天然ドレッドになって、それがほどこうとしてもほどけないんだそうで、それが神のお告げ、みしるしのひとつなんだとか。その写真です。
装幀者未記載。訳者の渋谷利雄サンは、1981年くらいなのかな、コロンボ大学留学中、友人の英国人コリン・カークサン*4とジャフナから東部沿岸を徒歩で本書の爆心地である南部カタラガマまで徒歩で移動するタミル人の巡礼集団に混ぜてもらったことがあり(全行程かどうかは不明)ジャフナのシンハラ語名がヤールパーナムであることや、グーグルマップで「メニック・ガンガー」と書かれるメニック川の清冽な水の味について、訳者あとがきでなつかしく語っています。それが本書邦訳の動機だったとか。

蔵持不三也早稲田大学助教授(当時)代表の「みちの会」や前田耕作代表「象徴図像研究会」との討論を経て出版の運びに。安永寿延和光大学教授(当時)から文献貸借。日本語版序文をコロンボ休暇中に快く承諾してくれたオベーセーカラ教授へも謝辞。友人のナウファール・A・S・Mサン、スティーブ・シェルダンサン、古屋陽子サン、小幡壮サン、言叢社島亨サン、五十嵐芳子サンにも謝辞。

それはそれとして、メニック川の画像がないかストリートビューで見たのですが、護岸工事が進んでいて、なかなか橋などの写真が撮れず、かろうじてろばたの雑貨屋のコーラの看板が撮れました。

おいしそう。こういうスリランカ人の兄ちゃんも日本に来てますね。シンハラ人でなくムスリムの兄ちゃんが多いですが、もうすぐラマダン。
渋谷利雄サンは和光大名誉教授だったのにWikipediaに項目がない人です。能登半島にもゆかりがある人かと思ってましたが、それは同姓同名の別人カメラマンサンでした。
オベーセーカラサンは項目があります。昨年三月に95歳でおなくなりに。

上の動画は、2023年にギャワ・リンポチェ猊下も参加してデリーでやったトークイベント。テラワーダと大乗だから、何をどこまで話したのか知りませんけど。

カバー折の著者写真。ホントにこういうふうにさきっちょが跳ね上がるクセっ毛って、あるんですね。
https://gensousha.sakura.ne.jp/bunka/medusa.html
上の言叢社公式にだいたいの目次が載ってます。上のシカゴ大学公式には原書の目次も。各章に「序」がついてて、原注と訳注と参考文献一覧とシンハラ語彙一覧と索引がついてたりするのが省かれてます。

見返しに書き込まれた数字。この一ヶ月前の初刷なので、購入した人が書き込んだのかな。図書館本ですが、寄贈本だったのかも。
本書はフロイトとウェーバー、デュルケムが手術台の上で出会ったような社会学と心理学の混淆こそフィールドワークを経て人類学になるのである、みたいな宗教学・社会学のテキストであり、「研究者と研究対象は共に人間であり、同一の本質を構成している」というウェーバーの金言を胸に、インフォーマントに「冷たく」聞き取りを行わないのをモットーに調査を進めます。前半四章は多くがシンハラ人女性のユタというかなんというかの女性のライフヒストリーで、ひとりだけムスリム男性でシャーマンになった人物のそれも入っています。最終章は、ほんらいこうしたことがらはタミル・ヒンディーのもので、それもドラヴィダ系のシュードラ・カーストのそれだったのが、20世紀のスリランカ島においては場所のカタラガマが南部だったこともあり、どんどんシンハラ人も引き込まれるようになり、そうなるとシンハラ人のエスノセントリスモ(頁42で、この単語を「精神分析的」と訳してますが、マチガイかと。自文化中心主義のことダカラ)からするとよろしくないので、一気に換骨奪胎、廃仏毀釈、神仏分離令みたいなことを頑張って、タミル人の儀礼・祝祭をシンハラ人がのっとってゆくくだりが分析されます。経典とかに本来こう書いてあったから、あるべき姿に戻したのだ、なんて言ってたのが、その経典は失われた、てゆーか真言、口寄せで降りてきた菩薩たちがそう言ってるんだからそれでいいのだ、文句あっか、という話で、おもしろいといえばおもしろい、乱暴といえば乱暴。
For the past millennia the majority of the pilgrims were Hindus from Sri Lanka and South India who undertook an arduous pilgrimage on foot.[52] By the 1940 roads were constructed and more and more Sinhala Buddhists began to take the pilgrimage.[35][53] This increased the tensions between the local Hindus and Buddhists about the ownership and type of rituals to be used.[51][54] The government interceded on behalf of the Buddhists and enabled the complete takeover of the temple complex and in effect the shrines have become an adjunct to the Buddhist Kiri Vehera.[31][55] Protests occurred upon this development in the 1940s, particularly when restrictions were placed on Tamil worship at the shrine.[56][57]
(グーグル翻訳)過去数千年の間、巡礼者の大半はスリランカと南インドからのヒンドゥー教徒であり、彼らは困難な徒歩巡礼を行っていた。[ 52 ] 1940年までに道路が建設され、ますます多くのシンハラ仏教徒が巡礼を始める。[ 35 ] [ 53 ]これにより、所有権と使用される儀式の種類に関する地元のヒンドゥー教徒と仏教徒の間の緊張が高まった。[ 51 ] [ 54 ]政府は仏教徒のために介入し、寺院群の完全な接収を可能にし、事実上、神社は仏教のキリ・ヴェヘラの付属物となった。[ 31 ] [ 55 ] 1940年代にはこの展開に対して抗議が起こり、特に神社でのタミル人の礼拝に制限が課されたときに抗議が起こった。[ 56 ] [ 57 ]
Typical Tamil Hindu rituals at Kataragama such as fire walking, Kavadi dance and body piercing have been taken over by the Buddhists and have been spread to the rest of the island.[18][31] The Buddhist takeover of the temple and its rituals has profoundly affected the rationale nature of austere Theravada Buddhism practiced in Sri Lanka to that of the personal Bhakti veneration of deities found amongst the Hindus of Sri Lanka and South India. The loss of Hindu influence within the temple complex has negatively affected the Sri Lankan Tamil Hindu society.[58]
(グーグル翻訳)カタラガマの典型的なタミル・ヒンドゥー教の儀式、例えば火渡り、カヴァディダンス、ボディピアスなどは仏教徒に引き継がれ、島の他の地域に広まっている。[ 18 ] [ 31 ]仏教徒による寺院とその儀式の乗っ取りは、スリランカで実践されている厳格な上座部仏教の理論的根拠を、スリランカと南インドのヒンドゥー教徒に見られる神々への個人的なバクティ崇拝へと大きく変えた。寺院内でのヒンドゥー教の影響力の喪失は、スリランカのタミル・ヒンドゥー社会に悪影響を及ぼしている。
下記は2025年のカタラガマの火渡りの動画。女性も歩いてます。
Modern physics has explained the phenomenon, concluding that the foot does not touch the hot surface long enough to burn and that embers are poor conductors of heat.[3](グーグル翻訳)現代物理学はこの現象を、足が熱い表面に長時間触れていないため火傷を負うことはない、また燃えさしは熱伝導率が低いためだと説明している。[ 3 ]
火渡り早紀に関して、タミル語版のウィキペディアはあっても、シンハラ語版はない。
オベーセーカラサンはタミル語が出来ないので、タミル人に聞き取りをする際は、通訳の手を借りてます。原題の副題、パーソナル・シンボルのシンボルというのは、スティグマと言い換えてもよいかもしれず、欧米ではこうした巫女さんみたいのが出現すると個人の欲求不満みたいに心理学で個人に原因を還元してしまう(パーソナル・シンボル)が、アジア・アフリカなどが対象になると、社会が生み出した存在みたいにパブリック、宮本常一の常民に還元してしまう。それってどうなの? 狂人は狂人じゃないの?(本書でも、東條さち子サンのマンガ同様、きちがいを意味する「ピッスゥ」というシンハラ語の呼び方がちょいちょい出る) でもそのあらわれや許容がちがうってだけだよね、という意味で、パブリック・シンボルとパーソナル・シンボルと言う言葉を使っているわけです。セーラムの魔女とか中世の火あぶりとか、欧米にもあったじゃん。何故そことの比較にならないの? という。邦訳では副題を「日本の読者に内容を把握しやすいようにと考え」エクスタシーと文化の創造にしたそうですが、エロ目当ての読者が手に取ってくれるかもと言うシケベ根性の「エクスタシー」はいいとして、"Religious Experience"(宗教体験)をそのまま訳してしまうと、日本は宗教学者と民俗学者がなんかアレで、潜伏キリシタンとか中山みきのおふでさきとかの研究(土俗的)と、科学やロジックに基づいた(エセ科学含む)新興宗教の研究(ときどき、ミイラとりがミイラになる)とを注意深く分けてる風潮にひっかかって売れなくなるので、「宗教的体験」というストレートな副題をつけなかったんだろうなと思ってます。
ダンミカサンの本『パニワラル』にはシンハラ人は輪廻転生なので死後の世界とかあの世とか信じないとあるんですが、本書にはブレータという死霊やそれによるプレータ・ドーサという現象が登場します。死んだ肉親が乗り移るのが、巫女サンになる第一段階。ドーサというと、南インドでは丸い穴のあいた棒みたいな主食を指すので、死霊のドーサとはおもしろいと思いました。たぶん綴りはちがう。දෝෂとතෝසේ (AI調べ)北欧のオタクはオーサで、南インドの障りはドーサ。
ほかにも神の怒りのデーワ・ドーサ、天宮の不運、グラハ・ドーサ、前世の罪、カルマ・ドーサなどがあるそうです。売れないインネパ料理屋はこれらをメニュー化してもいいかもしれない。
で、ヘダ・パル(美しい印)とかマス・ダル(やーらかい肉の生成物)とか呼ばれる、もつれ髪、ドレッドヘアが形成され、それが巫女サンの象徴となります。テラワーダ仏教では、チベット医学に女性の医者が誕生出来なくなってるのと同様、伝統ルールで尼僧の共同体が出来なくなってるそうで、僧といえば剃髪ですから、その逆をつく、ドレッドヘアが巫女の象徴になるのもいとをかしとしています。

口絵。インドのサドゥーはみんな長髪ですが、スリランカではテラワーダ仏教の影響もあってか、スキンヘッドの苦行チャレンジャーがいるという。そういえば、日本でも山伏って、髪剃らないですよね。有髪のイメージがある。
で、日本のユタとかノロとかとスリランカの女性行者の大きな違いと私は思うんですが、スリランカの場合、亭主持ちだったり、そっちの世界に行ってから再婚とかばっかりなんですね。どこかでセックスレスになるんですが、それまで亭主のヤリタイヨ~、合体シタイヨ~という要求をはねのけ続けなければならない。日本だと未亡人になって欲求不満になって、ある日神が降りて来てそっちに行く、みたいなイメージがあるのですが、あれは男根主義者が作った虚像かもしれません。少なくともスリランカだと(浮気含め)亭主がいて、セックスレスになるまでは拒絶し続けている。性欲がないわけではないのですが、宿六とのセックスではだめなんです。ヅカガールよろしく、地上にいない完璧な男性でないとダメ。それは神。
上は舞踊ですが、このカル・クマーラというのは三輪山の蛇神よろしく、若い美男子の格好で夜夢の中に現れ、女性を夢幻のこんころもちにさせます。もう地上の男性とのセックルはいらない。このカル・クマーラが来るんですよ、シャーマンになる女性の夜には。上の舞踏でもなんか髪がメドゥーサになるの、分かりますよね。ほどこうとしてもほどけないので、けっこう虱だらけになるらしいですが。ツェラン・トンドゥプの『ラロ』もドレッドで虱だらけでしたが、あれは刑務所内のチベット人(アムド)の話。しかし上の動画の炉利ぶりはひどい。インド亜大陸は魔境。
いちおう、配偶者の男性のうち、短小や包茎は書いてないのですが、早漏はいることになっています。女性を満足させられないレベルの早漏。
左は一人だけ出て来る男性シャーマン。ムスリムです。悔悟者とキャプションにあるので、回教からヒンディーに改宗した人かと思ったら、そうではないそうで。フィリピン、ミンダナオのバリック・イスラム*5みたいに、キリスト教とイスラム教で布教合戦して、ほんとの信仰に目覚めて回帰してヨカッタデスネをお互いやりあっていて、それらのコメントがぜんぶ英語なのでもろわかりのあの世界のタミル語版かと思ったら、そうじゃないかった。しかもこのムスリム苦行者は父方の先祖がベンガルで、母方(ムスリムなので父はふたり妻を娶っていて、ひとり目の妻。ただし、本人は成長するまで知らなかったが、ふたり目の妻しかこどもを生まなかったので、ひとり目の妻は長男を二人目からもらって育てた。それが彼)はマレー系、本人は早漏で、初婚失敗後、今度はマラヤーラム語話者の嫁をもらうがやっぱりうまくいかなくて、たぶん日本の心療内科とかカウンセリングに通ってたら、そのうち、あなたの本当の性は女性みたいな感じでLGBTQの方で解放されてたかもしれません。オベーセーカラサンの見立てはそんな感じです。モスクにつどう正統派ムスリムから異端視されながら、コロンボのスラムでほそぼそとマレー系相手の祈祷で生計を立ててる人物なんだとか。そして苦行が好き。たしかイランなんかでもシーア派だと教祖の苦行を自分の身でも追体験するためにからだをやいばできりまくるお祭りがあったはずですが、この人のはそれとは関係ないはず。
この人は、からだに鉤を引っかける苦行のほか、よく舌を乱切りします。これは文化人類学でも考察されてる、ある社会での男性の疑似的月経作用なんだそうです。女性は月経で血を流すので、男性は舌を切って血を流すんだとか。
死んだ人は生きてる人の運転するトラックなんかに便乗させてもらって風と共に来たりするそうです。きわめて現代的。宮本百合子サンのコロボックルを連想した。アイヌの悪霊の話も興味深いです。悪霊が憑りつかないよう家はすぐ潰す。
ぜんぜん関係ないですが、本書によると、スリランカの伝統性知識では、女性も精液を排出するそうです。バルトリンナントカ液のことだと思うんですが、あれが精液という扱いらしい。じゃあ妊娠てどういうメカニズムなんだ、スリランカでは。
もつれ毛が出てくるころになると、祈祷師霊媒師予備軍の女性たちは、インド栴檀の葉を砕いたものを混ぜたミルクしか摂らなくなります。摂食障害というのともちがうらしい。それで劇痩せすることはやせるんですが。このインド栴檀の葉というのは非常に強い苦みがあって、スリランカ、インド亜大陸ではこどもに乳離れさせるために乳首に塗ったりするそうです。強制セックス断ちの時期に、乳離れの味を牛乳に混ぜて飲んで暮らすというのも極めて暗示的。
ウィキペディアには、乳首に塗る使い方は書いてません。育ててみたいと思いましたが、熱帯の植物なので日本の冬には耐えられないそうで、植木鉢に入れるだけの存在になるそうです。それでも葉っぱを砕いてミルクに入れてそれだけで暮らしてみたいと思うかどうかですね。まじない師になるスリランカ女性も、ある時期からはもうこれだけの生活やめるそうです。そして、シンハラ人なのにタミル人の一部のようにヴィーガンな菜食生活になったりするとか。
カソリックはシンハラ語に「罪」とかそういう語彙がないので翻訳に相当苦労し、「しまいにはサンスクリット語をそこにブチこんできたそうです。イスラム教のように、アッラーはアラビア語で話したんだからアラビア語覚えなさいよ、タミル語じゃだめだよ、みたいにした方が合理的だった。
先日読んだ自費出版のスリランカ旅行記では、シンハラ人は殺生を嫌うので漁業はほとんどタミル人と書いてあったのですが、本書の訳注だと、1971年の人民戦線反乱事件の中枢は、シンハラ人第二列カーストのカラーワ(漁民)だったそうです。いるんじゃん、シンハラ人の漁民。ゴイガマ(農民)が第一カーストで、第二が漁民なのか。また、東條さち子サンのまんがにも分析がある*6のですが、スリランカは日本と並ぶ自殺大国で、しかし本書訳注によると、自殺が三倍に激増したのは1970年以降とのこと。


インドのサドゥーみたいなタミル人苦行者と、その手の神さま。その手の神さまは、検索してもなんしか出ません。ふしぎ。


表紙と中表紙にもその手の神さまの絵があるのですが、これがまた出ない。

日本語では「フーニヤム神」とあるのですが、シンハラ語をグーグルレンズで出してみると、そんな単語が一行もない。


その「フーニヤム神」の像と、「貪欲な墓場の悪霊マハソーナ」

諏訪神社の獏だか象の木彫り。マナソーナに似てますよね。フーニヤム神もスカンダ神(ムルガン神)もそうなんですが、悪神と善神のはざまというか、日本のおきつねさまもそうですが、人に憑りついて悪さもするし、信仰対象としてあがめられもするという、そういうのに人気があるみたいです。


表紙に使われたフーニヤム神と、同じく表紙のカメオに彫られたメドゥーサ。このフーニヤム神像は、おそれおおくもエリック・サラッチャンドラサンが1952年に著した『ザ・フォークドラマ・オブ・セイロン』という本からとってます。なんちゅうつながりなのか。『亡き人』『お命日』*7のノリコサンともつれ髪のまじないBBAが、ここで連環する。



巻末のほかの本の広告。
仏教がのっとった神殿のすぐ外にヒンディー寺院とモスクがあるカタラガマ。ちょっと行ってみたくなりました。ジャフナも行ってみたい。
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以上
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ブッコフに売ってないかったら、でぶねこのウンチの世話する和装のオカッパのオバサンのコマが撮れたのですが。
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*5:
stantsiya-iriya.hatenablog.com
*6:
stantsiya-iriya.hatenablog.com
*7:
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