Kindleを使うようになり、保険会社の未病アプリポイントを変換したアマギフ*1があるので、電子版しかない本も読もうと思って読んだ二冊目。グーグル英訳したら何故か「住んでいる国」が"The Country that I live in"でなく”your country”になりましたが、面白いのでそのまま使いました。「日」も"day"でなく"date"になり、それがコレクトな英語かも知れませんがザデイナントカみたいな映画タイトル多いですし、"day"にしました。シンハラ語は知らない。本書の舞台、シギリヤはほぼシンハラ人社会みたいで、タミル人っぽいキャラは一人も出ないのでタミル語は添えませんでした。"The Country I Reside"でもヨカッタかな。
連載時の表紙はとんがり帽子のメルモもしくは文革で公開裁判にかけられる人みたいだったのですが、単行本ではイタリアというかアイルランドというかのTシャツに着かえてます。

右は裏表紙もしくは奥付。講談社のウェブコミック買った時は奥付に発行年月日が書いてあったのですが、本書はナシ。
初出はwebコミック雑誌の「comicタント」*2vol.37~43、45~49とのこと。全十二話と合致。それぞれの号がいつ出ていたのかまでは書いてなく、公式等を見ると月刊誌で、2022年12月発売号から2023年12月発売号までです。一号休載。第八話からは現地デジアシ育成失敗禄になるので、そのはざかいでひと月おつかれチャン休みな感じ。vol.38では表紙も飾っています(分冊版のとんがり帽子に一見見える絵)
アマゾンの「comicタント」内容紹介
破産したスリランカを目の当たりにした実録記「住んでいる国が倒産した日」を筆頭に、電子書籍で大ヒット中の「不浄を拭うひと」など、訪問看護、不倫、レズビアン風俗からグルメまで注目作満載でお届けします!
沖田×華が強く、ほかにインドの流水りんこや内田春菊の名前も見えます。ビッグコミック増刊号にも描いてる北沢バンビもいた。あと南Q太とか。
装幀者の名前も未記載です。ウェブコミックの場合、ナントカデザイナーと呼ぶのかもしれませんが、電子本でも本は本なので装幀者でいいと思います。これは講談社でも同じだった。編集者名も未記載。作中にも担当編集が登場するのですが、女性とおぼしき髪をまとめた人物の顔に「編」と書いてあるキャラです。
そのかわり、表紙を見ると、久保田博幸という方が監修者として明記してあります。検索すると「金融アナリスト」という肩書の方*3でした。
本書によるとスリランカはアジアで初めてデフォルト、債務不履行に陥った国だそうで、前世紀末にアジア通貨危機とか韓国ウォン通貨危機とかあった気がするので、タイとか韓国とかもデフォルトしてたのかと勝手に思ってましたが、通貨危機と債務不履行はちがうようで、タイも韓国も国債債務不履行には陥っておらず、Wikipediaによれば、ゆいいつ、中国のここのつ*4の省で2014年に地方債が不履行に陥っていたくらいだそうです。ウィキペディアの国債不履行の国と年一覧をまとめたのが下記。
1671年 イギリス
1790年 アメリカ合衆国
1871年(明治3年) 日本
1876年 オスマン帝国
1933年 アメリカ合衆国
1982年 メキシコ
1987 ブラジル
1998年 ロシア
2001年 アルゼンチン
2008年 エクアドル
2014年 アルゼンチン
2015年 ギリシャ
2020年 レバノン
2020年 アルゼンチン
2020年 ザンビア
2022年 スリランカ
2022年 ガーナ
東條サンや久保田サンの見解と異なるかもしれませんが、日本デフォルトやってるジャナイデスカ!!! 明治新政府の廃藩置県の際の出来事だったそうですが… しかもトルコもオスマン・トルコ時代にやってるし、中東レパントなので西アジアに位置することになるカーロス・リベラゴスンサンの国レバノンもスリランカの鼻差、2020年にデフォルトやってますヨと。スリランカがアジア初じゃないじゃん、いい加減にしてよアグネス!! と思ったのですが、作者にも連載中指摘が入ったのか、頁19では「アジア初のデフォルト国」*5と書いてたのが、頁45では「戦後アジア初のデフォルト国」*6に変わってました。出来る女は千変万化。でもレバノンのほうがギリ先。シリアなんかにも思い入れがある安田菜津紀サンならレバノン逃さなかったかもしれない。
世界的に見ても西洋文化の国がデフォルト中心国で(中南米のラテン気質はスペイン発祥ですよね)そもそもイギリスでデフォルトという概念が発生し、経済強国米国がその概念を継承させてきたことがよく分かります。米国の裏庭中南米でデフォルトは多発し、脱亜入欧の日本やアラビア文字を廃してローマ字を採用する近代改革前夜のトルコ、ソ連解体後西側主導で経済再建中のロシアでもデフォルトが起こった、何の不思議もない。そこ行くと本チャンアジアは経済概念がちがうから、通貨危機は起こっても債務不履行は起こらなかった。なにしろ中国なんか複式簿記という概念がないかったのだから、いつのまにか債務がチャラになる… というふうにまとめてしまうと、中国で地方債債務不履行が告知された件と整合性が取れなくなってロジックが破綻しますので、それを狙った孔明の罠だと思います。レバノンはマロン派キリスト教徒三割が西洋志向なので西洋のうちですが、スリランカもガーナもザンビアも、北朝鮮同様中国の債務の罠にハマったのを、地政学的、植民地時代の縄張り意識の延長で、欧米がデフォルトに誘導してIMF主導の経済再建で中国の影響力を減少させようとした、要するにイニアチブ奪還のための金融破綻、というふうに言ってしまうと文明の激突的陰謀論でいいかも知れません。
ヨーロッパでいうとアイスランドも経済破綻してた気がするのですが、一覧にないので、債務不履行はしてないんだろうなと。東條サンもせっかくデフォルトまんがを描いたのだから、デフォルト大国アルゼンチン、三度デフォルトしても尚、天才メッシを擁してほぼ全員白人メンバーで多様性のフランス代表を撃破してワールドカップ優勝してしまうアルゼンチンまで取材に行けばよかったのにと思う。あとギリシャ。観光立国としても参考になる点も多いかと。ご家族の健康のことがあって行けなかったのかもしれませんが、機会があれば、是非。世界デフォルト紀行、デフォルト好き女子によるデフォルト聖地巡礼萌え萌え焦げ付き案件ツアー。もうNISAの目減りは元本割れ確実、底なし天井たのしいよ。
という経済苦境を背景に、デフォルトは一夜にして起こらず、ちょっとずつちょっとずつ、慣らされて納得も得心もさせられて(©ナニワ金融道)習慣になったのち、物価がバカみたいに跳ね上がり、輸入資材が窮乏し、ガソリンなど各種燃料が入らなくなり、結果、電力や社会インフラがダウンするというスリランカの窮乏が語られます。しかし田舎なので煮炊きは薪、洗濯入浴は川の時代に戻るだけでよく、そもそも電力が村に来たのはそう昔のことでもないので復帰も比較的容易だったという… そこから、ガスで炊いたカレーなんかまずくて食えるか、カレーは薪に限る、みたいな不条理がまたまた次々炸裂し、これまでのスリランカ漫画に続き、ここがだめだよシンハラ人ネタが延々描かれます。薪に限るなんてご高説垂れてるのはほとんど男で、調理しない奴等ばっかし。そいつらが前近代の不便なキッチンを称賛するとかほんまどつくで、いっぺんいわさなあかん、みたいな。
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ビジネスパートナー、ニッサンカのキャラは変わりませんが、奥さんは顔が変わってます。離婚して再婚したわけではないと思います。
しかし一作目を読むと、よくこれでニッサンカサンと協業続けてられるな~と感心します。今や完全にアゴでこき使う関係に調教済み、とはとても思えないやりとりの数々ですが、だからいいのかも。それくらいの人だからここまで悪口言いながらも二拠点生活崩さないし、ゲストハウスも成功させているのかも。『嫌韓流』がロジックだけでface2faceの交流が乏しかったのとはかなり違う。そういえば本書は前二作とちがってスリランカで活動する中国人や韓国人もちょいちょい出ます。たぶんコロンボに住んでたらもっと交流あったでしょうが、田舎(観光地ですが)なのでそんな交流なかったのかも。かつてスリランカを描いた書籍、例えばイスル・ソヤには改革開放時代の中国人が出ますし、中村禮子サンの本で息子さんは現地幼稚園で韓国人駐在員子弟と同じクラスに入って仲良くしたりしてます。東條サンの手にかかると、そういうこれまでの来訪者も、苦労はすべて水の泡と消え、スリランカ気質に負けて彼らが去った後、痕跡は砂に書いた文字のように風に吹かれて消えてしまった、ということになります。
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左は1988年刊行の中村尚志サン『スリランカ水利研究序説』の冒頭に載ってるスリランカの地勢図のシギリヤに私がマーキングしたもの。意外と真ん中へんにあるんですね。もっと南のウェットゾーンかと思ってた。こうして幾多の人がスリランカに関わり、そして退場していく。
東條サンも自書のスリランカDISりに「そういう国はスリランカだけじゃないよ。スリランカだけの属性みたいに悪く言うのはやめた方がいいよ」とリベラルちっくに言われると、「何よアンタスリランカのこと何もしらないくせに! 私がいちばんうまくガンダムを操れるんだから!」とムキになってネトウヨ街道一直線な気もしたのですが、今のところそうはならず、あやうい舵取りで両者のあいだをフラフラしてる気もします。ハングルで言うとバウトク。塀の上のハンプティ・ダンプティ。頁89、第六話のオチなど、そんな感じ。かっちゃんの人は日韓ワールドカップでナイジェリア代表のスポンサーになったりした後ネトウヨになりましたですが、パートナーのサイバラサンは、全方位ウケを狙っているのでそこには同調していない、的な戦略を東條サンも狙っているのかもしれません。どうでもいいですが。
頁33や頁41はスリランカじゃなくてパレスチナかと思いました。そういうのを支援するドネーションもあるのでしょう。
頁99に、スリランカに根付いて高クオリティの製品を提供し続けているノリタケを出してるのも、東條サンがスリランカに対する知見を深めている証左だと思います。シダ櫚の箒の羊歯も確かスリランカ産が多い。下のはどうか知りませんが。
カフェ本のパワーワードは「アパラーデ」(もったいない)で、とにかくそう言って設備投資やメニューの原材料をケチろうとする「損して得とれ」のない現地思考が見てとれ、東條サンが「これやったら華僑が進出したらカンボジアやミャンマーのようにローカルイチコロちゃうん」と思ってなぜスリランカの中国人進出は「影はすれども姿は見えず」なのか描いた、かどうかは知りませんが、とにかく前書のパワーワードはアパラーデで、そして本書のパワーワードは「パウー」(かわいそう)です。何がどうかわいそうなのかは本書を読めばいいとして(電子書籍なので読めない人はスマホ借りパクするとかしないとだめですね…)ほかにもシンハラ人が自称アーリア人である点を書くなど、明らかにこれまでより現地に対し知識と洞察を深めています。素晴らしい。でもそれはそれとして、ワニのパンは「キブラバニス」でなく「キンブラバニス」だと思います。神戸の方のブログほか、スリランカに詳しいインターネッツでもそうなってるし、シンハラ語表記でもそう。
කිඹුලා බනිස් "kim̆bulā banis"
エム音ですが、「ん」が入ってる。ちなみに私のよく行くスリランカ料理店の店主は「ラサイー」(おいしい)を「ラハイー」と発音します。あと、モルジブフィッシュのシンハラ語もちょっと違って聞こえる。いろいろ人や地方によっても、聞く方の耳によっても違うのかもしれません。上の絵は頁43。主要キャラの入ってるコマは置かないよう気を使ってたのに、三つ目でもう破ってしまった。




右から頁109と頁123と頁125。サンボーラはサンボル(ポルサンボルとかシニサンボルとか)で、アラホディはじゃがいものカレー。カレーはカリヤかホディか私は分からなかったのですが、東條サンもホディを使っているならホディだろうと。で、イディアーッパと私が呼んでいる料理を東條サンはインディアーパと書いてます。ウィキペディアではイディアッパムと書いてるので、「ん」の位置を今度は間違えてるのかもしれません。
真ん中のコマは例え話で、パスタを作ったことのないものにレシピと材料だけ与えてパスタを作らせてもちがうものが出来上がるという話。この話はスリランカなので、パスタのはずがコッツになってしまうというオチ。ただ、私がよく行くスリランカ料理店は野菜ビーフン炒めも作れるし(某邦人女性の名前を冠したセットメニューに入っているのがそれ)それとは別にストリングホッパーをコッツにした料理も出来る。北海道の八割の大きさで人口二千万ですから、比率は不明なれど、出来る人は出来るんじゃいかなと。それ以上に出来ない人にイライラさせられる確率が高いのは分かりますが。シビル・ウェッタシンハさんや『亡き人』の主人公はどこで絵画を習ったんだろう。
マギーブイヨンのライバルSB食品のホームページでは、トルティーヤでコッツを作っているのでした… というか、よくよく考えると、ブツ切り麺は、ウイグルのコルマチョップの方が近いですね、コッツより。ウイグルにはご存じラグマンという炒め麺料理があって、そっちはちゃんと麵が原形を保っているので(当たり前だ)コルマチョップは完全に別料理。
左のコマはデジアシ現地育成プロジェクトで、日本語の勉強をしてたというのでマンガを読ませたら、縦読みを右の行から左に読まず、左から右に読んで東條サンを啞然とさせる場面。かな文字は書けるが意味はまったく分からないとか。まるで私のハングルのようだ。語学に限らず文系学問を〈背〉"bei"、丸暗記しようとするのは中国でも見た姿勢なので、四書五経とかお経から来た文化なのかもしれません。いや、スリランカには論語とか来てないか。逆に中国はサンスクリットやパーリ語の仏典が不自然なくらい見つからない国です。敦煌みたいに洞窟に隠されたもの以外、漢訳仏典しかない。



ヒラマネヤと呼ばれるココナッツ割り器を使う場面が頁43に出ます。左。右は中村禮子サンの本に載ってたイラストで、真ん中はシビル・ウェッタシンハサンの『きつねのホイティ』見返しイラストの同じ作業。何度見ても、この姿勢でどう力を入れられるのかよく分からない。たぶん動画を見ても分からない気瓦斯。手首腱鞘炎になりませんでしょうか。


ウェッタシンハサンの絵本にはよくねこがヒラマネヤに載ってる絵が出ます。左。で、右も『きつねのホイティ』のイラストですが、『南の島のカレーライス』で丹野冨雄サンが言っているポルウラ、ポルカーラという、庭に固定してある鉄の槍で、これもココナッツの実をブッ刺す時に使うんだそうです。


右の絵も『きつねのホイティ』に載ってる、まさにブッ刺すシーンのイラスト。左は家事におもむく主婦とヒラマネヤの絵。
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本書後半は東條サンの現地デジアシ育成挫折記で、まず頁121で、かつての漫画アシスタントは職人集団だった旨が集中線のヌキなど色々交えながら描かれます。それがすべてデジタルにとってかわられ、カシオの電子計算機がそろばん検定を駆逐したように、アシスタントに求められるスキルはまんが作成ソフトのオペレーティング能力、という説明があります。それならかんたんかというと、やっぱりマンガも絵も見たことのない人間は影のつけかたも分からないし(ワードには影をつけた字が書ける機能があるので、AIが影を漬けてくれる時代も来てるのかもしれませんが)パースも遠近も分からない。その辺の基礎はいっしょですぅ、ということが失敗を通してえんえん描かれます。そして相手はその辺を乗り切るだけの根気とか自己実現への夢とチボーがないので、すぐ逃げた。
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東條サンはシビル・ウェッタシンハサンの自伝を読んだかどうか知りませんが、こういうふうに絵画方面で非常に能力の花を咲かせた人物もいるのですから、出来ないわけはないと思います。スリランカは何でも輸入(食料自給率も低い)のお国柄なので紙も輸入で、なので印刷された紙媒体が非常に貧困であるというのはマーティン・ウィクラマシンハのガンペラリヤの訳者あとがきで野口忠司サンが書いてたんだったかな。そういうのもあって、創作というジャンルそのものの沃野がじゅうぶんに形成されなかったとらしいです。紙が入手出来ないので印刷出来ないから。大同生命国際文化基金のスリランカ邦訳書籍がガンペラリヤ三部作しかないのはほんと残念です。こういう、教科書に載るような本しか珍重されないのもスリランカ人が活字に親しまない理由の一つだと思います。スリランカ料理屋のおやじもガンペラリヤは覚めた目で見ていた。翻って、親父も目の色を変えていたのがエリック・サラッチャンドラサンの『亡き人』『お命日』で、実際おもしろいし、登場するノリコサンのイメージがスリランカ人の日本人像のかなりの部分を占めています。しかし今度は『亡き人』『お命日』の邦訳が南雲堂がその手の本の出版事業をやめてからぜんぜん市中に出回らない(図書館にはそこそこ蔵書あり)という。スリランカと日本の交流は名古屋入管以外クローズアップされないのだろうか、やんぬるかな、おえんという状況で。
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シビル・ウェッタシンハさんの膨大な数の絵本もちゃんと目録整理されてないと思いますし、限られた本しか読めない。マレーシアのラットのマンガ同様、何とかしてよアグネス、としか。
どうもスリランカも、文字はありがたいお経なんかを書きつけるもので、俗なものを書くなんてもってのほかみたいな仏教価値観が伝統にあるのではないかという気がします。それを近代化で打破する前に上流が英語ばっかになったので、そういうのは英語でやればいいやになったとしか思えない。セーラー服と機関銃の主人公と同姓同名の人だったか、もうひとりの大川サンの方だったか忘れましたが、確かチベットもそういうのがあって、かつてチベット文字は口語と乖離した文語でしかなく、仏教文献を書くものであるという考えが強かった。それを覆して現代にチベット語による口語文学が芽生えたのは、皮肉にも中華人民共和国の漢族小説、漢族詩歌の影響で、揺籃の地が首都ラサでなく西北漢回混淆地帯と接するアムドだったのも、その伝でうなづけると。チベットの女性文学発祥もまた然り。漢族の女性文学が秋瑾やらなんやら、民国から勃興して人民共和国の改革開放期にどばっと出たのに影響を受けないことはなかった、とか。
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頁81、男性の同伴なしで女性に独り歩きをさせない文化というのはクルアーンに規定されてるイスラム圏に顕著ですが、ヒンディーでも上記北尾トロサンの本に出て来ますし、下記たかのてるこサンの本でもムンバイでそれがもとで邦人男性が叱られる場面があります。
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特に北尾トロサンの本では、ヒンディーなのに男でもむやみに肌を露出しないとか髭を剃らないとか、回教の影響なのかインド亜大陸に共通する文化なのかみたいな場面がひょいひょい出ます。シビルサンの本でもヒゲを剃らないシンハラ老人の絵本があった。
頁79、初潮の場面は初めて知りました。インドの下記と根っこは同じだと思います。
予防 環境配慮型トイレで、女性を守り、雇用を生む インド | ニュース・広報 - JICA
野外排泄は女性にとって危険を伴い、用を足すときに性的暴力事件に巻き込まれることが少なくない。そのため自己防衛として、近所の女性で集まって人目の少ない夜明け前に集落の外で排泄している例も多いという。排泄を1日1回しか行わないことも心身のストレスになっている。
初潮のお披露目(集落単位)で女の児が着てるのはドレスですが、結婚式で着るのはサリーで、実はこのマンガでサリーを着た女性が描かれるのは、結婚式の場面だけです。三部作通してもそうなんちゃうかな。田舎(観光地)だからかスリランカでも洋装が進んでるからか、日常着はブラウスとスカートかワンピース。結婚式だけ花嫁も参列者もサリー。しかも左肩に「サリーの手」©庄野護サンを垂らすインドスタイル。確かに、右肩に布を垂らすキャンディ・スタイルは上流にしか許されない着方らしいのですが… 仏教国なのにカーストがある不思議の国、スリランカ。頁53のパースとゴーレアなんか、カーストなのかなあ。
初夜のシーツの話は他の文化圏でも聞きますし、嫁入り道具の桐のタンスなんかは昔の日本でもありましたので、別にですが、SNSで知り合いから紹介される形での「恋愛結婚」が多いというのは意外でした。で、相手の家に初めて行く時は家族を引き連れていくという。これもいい話。頁161の懸念をそこでも払拭出来る。さらに事前調査もするという万全さ。連れて行けないような、人前に出せない家族もそりゃいる場合もあると思いますが、そこはてきとうになんとかするんだと思います。あるいはなんともならないでそれで水に流れたりするのかな。
頁179 あとがきより
とはいえ、すでに私はこの国に馴染んでいる事だしまだ手を引くつもりはありません。
ご多幸を祈念します。以上
*3:
1958年神奈川県生まれ。慶應義塾大学の法学部政治学科を卒業後、証券会社の債券部で14年にわたり、主に国債の債券ディーリング業務に携わった。その間、1996年に債券市場のホームページの草分けとなる「債券ディーリングルーム」を立ち上げる。幸田真音のベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルとなっている。専門は日本の債券市場についての分析であり、特に日本の国債と日本銀行の金融政策に関する深い知識を持っている。現在は、ヤフーで金融アナリストとして記事を投稿しており「牛さん熊さんの本日の債券」というメールマガジンも定期的に発行している。日本アナリスト協会の認定会員である(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
『イラスト図解 知っているようで知らない 金利のしくみ』より
*4:9
*5:

*6:

これまで東條サンのスリランカルポにはシンハラ文字が書かれてませんでしたが、本書にはようやく登場。次はタミル文字かアラビア文字か。

