『百年泥』読了

 湯灌のあとお通夜が始まるまでのあいだに読んだ本。

百年泥

百年泥

 
百年泥 第158回芥川賞受賞

百年泥 第158回芥川賞受賞

 

 石井遊佳 - Wikipedia

装画ⒸDigital Vision Vectors/Getty Images

装幀 新潮社装幀室

『コンビニ外国人』を読んでいて、なんでこんなみんな日本語がうまいんだろうと思い、そういえばこの芥川賞受賞小説は、南インドの日本語学級を舞台にしてたなと思い出し、何かヒントがあるかもと思って読みました。受賞直後の刊行直後はリクエストが長蛇の列でしたが、一年経つと即座に貸し出し可能となる。時は魔術師。

主人公も舞台のチェンナイをタイのチェンマイと間違えてますが、私も間違えました。チェンマイとチェンライの違いですらめんどくさいのに、チェンナイまであってインカ帝国。チェンナイはむかしはマドラスだったそうで、だから大都市です。同時に云うとタミル語圏でクリスチャンも多いとか。本書で、仏教創始者ナショナリティーは中国であると真面目にヒンドゥー教徒もしくはクリスチャンの生徒たちが答える場面がありますが(頁63)テラワーダ仏教のくにスリランカはここから近くて遠いのだなと。あと、宋代の漢訳仏典では、「中国」「中土」はインドを指し、チャイナは例の「支那」で表記しますので、その意味ではブッダーハ、ガウタマ・シッタールダが中國人というのはコレクトな回答かもしれません。

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でまあ主人公に作者がどれだけ投影されているかは分からないのですが、母親が雪女または人魚のような女性であったこと、父親がステップファーザーで、再就職先が借金取り立て業で、時おりルーチンワークに娘を帯同させていたこと、成長した彼女が多重借金のプロと男女の仲になって自己破産みたくなって、元亭主の斡旋でインドのIT企業が日本の顧客企業対応のため企業内に設立した日本語学級の教師として働き出すくだりなど、作者のミラーであれば作者は承認欲求が満たされて次作を書かなくなりそうだなと思いました。

同様に、これがどこまで現実のインドを反映させているかは、富裕層が交通渋滞を避けて肩に翼をつけて飛行通勤しており、それが富裕階層の特権のひとつであること、百年に一度の洪水のあと、隠されていたイドの記憶や想念が洪水で堆積した泥土の中から現われ、主人公は唐突にタミル語会話が脳内で自然に理解出来るようになる、という展開が現実のインドであるなら、そんな安直な魔術的リアリズム小説がいまだに通用するわけないのに通用してアホかと思います。

作者は東大院卒の現地日本語教師で、主人公も英語ぺらぺらの日本語教師で、レジュメとか授業の予習とかまじめに余念なく行うので、そこは同じなんじゃいかなと思います。円形脱毛症はカブってるのかどうか知りません。

日本語教授のメソッドに関しては、頁61、<~してあげます><~してもらいます><~してくれます>の、利益提供と獲得に関する補助動詞の三文型導入など、難しいけど出来ないとネイティヴに軽く見られてしまう最たるもの(なので韓国人がいちばん集中して取り組んだりする日本語)など、きっちりやっていて、好感が持てました。

前半は泥土で行為(deed)の対象が主人公の日本語教師女性なのですが、後半は、生徒の中でひとりだけ、劣悪なスラムからミリオネアというかIT企業の日本語学級に在籍するまでには個として脱出したインド人青年の物語です。ウェイホイは、上海ベイビーのあと仏陀と結婚を書いたわけなので、作者も今のパートナーからインド人のマオトコに乗り換えるくらいまではもう一冊書けるかもしれないが、シリン・ネザマフィみたいに、リア充であれば小説でこれ以上爆発する必要もないので、もう書かなくてもそれはそれでよいのだろうと思いました。

頁49、日本語学校が下心ある日本語学習者への宣伝のため動画サイトに公開する番組のナビゲーターの美少女のうち、誰がかわいいか、日本語学習者のインド人青年たちが丁々発止のやりとりをする場面を読んで、実際そんなサイトが乱立しているのか検索しましたが、よく分かりませんでした。

・「レッツスピークにほんんご」このみちゃん

・「はなそうにほんご」あやのちゃん

・「にほんごだいすき」アイリンちゃん

・「いっしょににほんご」ゆりかちゃん

あなたはどれがこのみ?とか出来ればいいのですが、何が何やら。画像もないし。インド社会の描写として、儒教国以上に厳しい男女交際禁止なのに男女共学してるナゾとか、儒教国以上に親を敬う子どもたち(来世、生まれ変わったら何になりたいですか、の日本語作文授業で、生まれ変わっても父母の子どもで生まれたいとか、生まれ変わったら今度はこれまで自分を育ててくれた両親の親として生まれて恩返しに父母を立派に育てたい、衣食住不自由することないように育てたい、という回答ばかりがズラズラと並ぶ箇所)の記述もあります。ここは面白かったでした。作品をバンバン書いてくれないと、作者が何者かは分からないと思うので、でも書かなくてもそれはそれで、です。以上