『悲郷』ひきょう "Sad Hometown" 読了

悲郷 (講談社): 1989|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

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読んだのは単行本。 装幀 西村建三

友と学園に別れを告げ、日本を脱出した大学生・タケミ。秋の収穫期を迎えたイングランドの農村のファーム・キャンプで働く中で、さまざまな国籍の季節労働者と親しくなり、インドネシア育ちの中国人女性と愛を育てていく。祖国喪失の放浪者の厳しい身の上、人と国家のせつない現実を直木賞作家が描く、青春国際ロマン。異国でのせつない愛、集う若者たちの友情!

プラ・アキラ・アマロー師の青春海外放浪もの。『海を越えた者たち』『アムステルダム娼館街』と二冊読みましたが、まだあったのかという感じ。もっとあればいいんですが、一冊一冊あらすじを探すのは、けっこうめんどう。

プラ・アキラが「พระ อากิระ 」となりそうなところまでは簡単に調べられたのですが、「アマロー」がまだどういう字を書くのか分かりません。「プラ」はタイ語の尊称なので、ぱっと検索で出て、「アキラ」は大友克洋AKIRA』のウィキペディアタイ語版からさくっとコピりました。「アマロー」は、生まれた月にちなんだんだったか、なんだったか。度忘れしてますので、タイ人にも聞けず。

難民ものを何冊か読んでく中で、自分の国で働きなさいよ的な言辞ってあるよなあ、と思い、それだと猿岩石もアルバイト出来ないわけで、だからすなや、てなもんですが、何故か海外でバイトしながら、海外で暮らそうとする系譜が、かつてはあったのではないかと思っていたところに、こういう小説があると分かったので読みました。ブレイディみかこイングランドとはまた違ったイングランドですが、出て来る白人中高年労働者たちは、ブレイディの描くアナーキスト高齢白人と五十歩百歩かも。

ウガンダ出身の、インドとウガンダのダブルの青年が、必死に金を稼ぐ場所がここなのがふしぎでした。もっと高賃金の労働ありそうなもんですが、彼のカーストか何かが許さないのか。そういえばアーミル・カーンのインド映画で、ウガンダ出身という設定のインド人が、徹底的にヒンディー語の発音の珍妙さと印僑の金に対する汚さを笑われていました。オールイズウェル、だったか、きっとうまくいく、だったか。アマロー師のイギリス農場のアフロユーラシアンは、盲腸をこじらせて死んでしまうという、医師のいない農場で、周囲の人間すべてが豊かなるがゆえに無知、という盲点のような展開で、確かに、手術が出来るようになるまで、盲腸は死に至るおそろしいやまいナンバーワンだったと、イタリアのノンフィクションで読んだことを思い出します。

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インドネシア華人インドネシアで肩身が狭いのはよく知られた話で、暴徒よけに ”I LOVE💛MUSLIM" のステッカーを車に貼ってるのはたいがい華人だと、以前インドネシア在住の人から聞きました。しかしまあ名を捨てて実を取ってるのは、新幹線を見ても分かる話で、この話に登場する女の子は、そういう上層に入れないけれど英語力を磨いたんだなと思いました。

頁107

 彼もまたバーへは行かない口だ、と私は思う。いくら低賃金とはいえ、アルコールの一杯や二杯、たしなんでもよさそうなものなのに。バーでウィルソン氏の姿を見かけたことはなかった。

 その理由を尋ねてみた。ウィルソン氏は、黙っていた。

「アルコールが嫌いなんですか?」

 問いを重ねると、煙の向こうの表情がゆがみを帯びた。

 不意に、引きつるような笑い声がした。私の斜向いのベッドに寝そべっている男で、つるりと額が後退した五十がらみのエジプト人だ。

「アル中だったんだよ!」

 笑いをおさめると、男はいった。

「なかなか答えられないもんだな」

 と、ウィルソン氏が無表情にいう。

「あれは一滴でも入ると、逆戻りするんだってな」

 と、別の男の声がして、ウィルソン氏に関するアル中談義がはじまった。 

 この小説は、かなり高度な内容の論議のキャッチボールも英語で出来る主人公という設定で、かつ、作者と編集がどう協議したか不明ですが、アマロー師の小説は、往々にして、主人公がなにものかを語ろうとしない、匿名性を何故か前面に出すことが多いのに対し、フィクションとしてひとつの結末を主人公に与えていて、作者の分身、または願望である旨はっきり宣言しています。その意味で、オチてる、いい小説だと思いました。別の国で働いてもいいじゃいか小説。ロクでもない雇用主に対抗してでたらめに仕事してクビになる場面、雇用主側に感情移入して読めれば、ホンモノの外国人排斥賛同者なのですが、ここは主人公に肩入れして、是々非々のスタンスをとる人が多そうと思いました。

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以上