カバーイラスト=石川俊 カバーデザイン=秋山法子 1980年トクマノベルズ刊行 新書の文庫化なので、初出情報は引き継がれず。
飛騨一等航海士 (徳間書店): 1987|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
脱サラシンママの細腕繁盛記(腕の太い細いは、関係あらへんやろというダイバーシティな意見もありましょう)『ルワンダでタイ料理屋をひらく』の、アフリカの華僑のくだりを読んでいて、ふと、谷恒生の小説に、アフリカにはチャイナタウンがない、と書いてあったな、と思いだして適当に読んだ本。
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結論から言うと、本書では、アフリカ華僑は独立で一掃されたちうことになっています。印僑は一掃にもめげずしぶとく現地に残っているが、華僑はぴゅーと逃げたということに。といっても、本書に登場するアフリカは冒頭の一作目、ケニアのモンバサのみ。最初、モンバサがどこか分からなくて、タンザニアのダル・エス=サラームかなんかだと思い込みながら読んでました。
解説は井家上隆幸という、冒険小説批評の一人者。
解説
連作は、ケニヤの港街モンバサで、桐生二等航海士が、ソマリヤから密入国した娼婦ベラや、アンゴラ人民解放運動を壊滅させるためにCIAが送りこんだ傭兵で、黒人の殺戮をくりかえしたはてにダイヤ原石を盗んで逃亡した元船乗りの日本人、それを追うアンゴラ特殊組織員らと出会い、混沌のアフリカの〈陰画ネガ〉を見る〈寄港Ⅰ〉にはじまる。そして、シンガポールでは、初航海の伏見四等航海士が、純うぶさにつけこまれ、マリファナで翔んでベトナム難民の少女娼婦に手玉にとられる。ホンコンでは、物売りを「バカヤロー」と罵った工藤正之二等航海士が、娼婦麗花を囮にした報復の罠にはめられ、営々とためこんだ結婚資金を騙しとられる。またバンコクでは、北里二席通信士が、未帰還日本軍人と自称する老人の策略にかかり、娼婦白蘭と麻薬オピュームに翻弄され窮地に陥る。
それと、バシー海峡の怪奇現象と、マニラの話。さいごのマニラのみ、飛騨一等航海士が主人公です。一作目のアフリカ以外はなべて東南アジア。ボートピープルやマラッカ海峡の海賊がよく言われていた時代なので、熱いっちゃ熱い地域ですが、近場感は拭えないなと。一作目で、逃亡航海士が潜伏する街として、ブラジルのサントスやアルゼンチンノブエノスアイレスの名称が出たり、台風下のマニラのくだりで、荒天の北海航路はこんなもんじゃないと言われたりするので、東南アジア以外を出して呉れたらなあとちょっと思います。
というのも、お話が、上の解説抜粋にあるように、「邦人船員」が、「現地娼婦」とヤッて、「だまされる」or「まきこまれる」話ばかりだからです。最初のケニアがソマリア人娼婦で、彼女をインド人と誤解したノルウェー人船員とフィリピン人船員のケンカから始めるところは意外性があり、さいごのマニラの話は、愛媛の八幡で出会った港の女と船員が横浜で再会し、横浜の暴力団が船員を運び屋に仕立てるためのあの手この手が登場し、というストーリーも新奇だったので、あいだの東南アジア連作の天丼はいささか紋切り型だったな、と。船員の間で語り継がれるしくじり話をネタとして取り入れて、創作として書き上げただけな感じ。
以前この作家さんのウィキペディアには、この作家さんの「凌辱」シーンについて考察があったと思ったのですが、今見たらありませんでした。記憶違いかも。本書のセックルシーンは、なぜか、腕をねじりあげるところから始まる場面が多いです。そんなの好きな人いるのか。
一等航海士を英語でチーフオフィサーと呼ぶが、それが日本の船員用語のジャーゴンになって、「チョフサー」なんだとか。ほかにも、積荷目録と書いてマニフェストと読むので、公約の意味とどうクロスするのだろうかと思ったり、積荷図と書いてストウェージプランとあるのは、ストレージプランのまつだいだろうかと思ったら"stowage plan"で合っていて学刈也だったりでした。
主人公の飛騨という人は仕事中でも絶えず飲酒していて(ウイスキー)、いくら小説上の演出とはいえ、こんな連続飲酒で、お酒にカラダやココロが捕まらないわけないと思いました。35歳ならまだ捕まらないのかなあ。40過ぎてガクッと來るのかも。女は卒業みたいになってるのは、勃たなくなってる(お酒のせいで)からかもしれません。
『バンコク楽宮旅社』にも残留邦人医師が出て来て、沈没旅行者の性病治療をしてた気がしますが、本書で類似の場面というとやはりバンコクで、インチキ残留兵が出るわけですが、このインチキ残留兵が、小野田さんをこき下ろす場面は、当時そういう陰謀説があったんだろうなあと実感します。ウヨッキー青年が小野田さんを発見するストーリーで、発見された小野田さんが見舞金と義援金を靖国神社に寄付して市民から批判されたりで、そういう仮説(多くの残留日本兵同様、小野田さんも実は現地社会に同化してたのを、ああいう筋書きで担ぎ出したという陰謀論)が出たんだろうと。このインチキ残留兵の正体は、『バンコク楽宮旅社』のフクやんの正体よりは面白くないですが、街頭演劇に関わった著者の経歴ともクロスしていて、う~んと思いました。
頁208で、物質的な豊かさと、人生の快楽との対比で、東南アジアに比べて日本は貧しいというステレオタイプ論を主人公がぶつのですが、日本が貧しいというのでなく、日本と韓国が貧しいという論で、韓国が出るのがへぇって感じでした。バンコク編は船員向け飲み屋で韓国人船員とバッティングしたりするので、そういう感慨が出たのかもしれません。
あと、マニラって、赤軍派もいたし、住みやすいのかなあと思いました。また、前世紀にサイパンで働いていた邦人が、あっちには逃亡中のヤクザがゴルフ三昧だったりして、国外逃亡だとその間時効停止になってまうから、表向きは国外に出てないように書類上はなっていると言ってたとか、思い出しました。
最後主人公はチャイマの力を借りてヤクザに報復し、佐々木譲『新宿のありふれた夜』並みに人生をワープするのですが、一人から三人殺された件で六人以上殺すのは過剰防衛のような気もするし、チャイマをヤクザに対するカウンターで出すのはやや安直というか、21世紀ではギャングースがそれになりかけて軌道修正してたなと思い出しました。飛び道具は、よそう。以上
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以下おまけ。当時の徳間文庫ラインナップ。
【後報】
解説者は著者に「叛史」をえがいてほしかったようですが、そういう人にもならなかった気瓦斯。架空戦史と両立しないだろうという。(2021/10/17)