قىرغىزىستان جۇمھۇرىيىتىنىڭ ئۇيغۇرلىرى 『キルギス共和国のウイグル人』"Uyghurs of the Republic of Kyrgyzstan" by MIZUTANI NAOKO(麗澤大学紀要 第94巻 2012年7月)読了

麗澤大学学術リポジトリ

上記題名の英訳もウイグル語訳もグーグル。ウイグル語は、ちゃんとその意味になってるそうです。これだけのためにわざわざウイグルレストランに行きました。グーグル翻訳で「ウイグル」を英文にすると、"Uighur"になるのですが、世の中の表記は"Uyghur"が多いみたいですので、そこだけいじりました。

DLしたpdfファイルの名前が「経済社会と道徳諸感情の腐敗」なのですが、内容と関係ありません。中国国外のウイグル人コミュニティのうち、最大人口を擁する隣接のカザフスタンに関しては詳細な調査記録がすでに存在するが、キルギスタンのそれを日本語でレポートしたものはまだなかったとか。それで、2009年から2010年にかけて、著者らが文科省科研基盤研究C「中国新疆に於けるウイグル人反政府運動と在外民族組織との関連性についての研究」にて現地調査を行い、その成果の一環として、この論文を出した由。

pdf頁はぜんぶで42枚ありますが、本文は24ページまでなので、そこまで構えないでも読めます。注が三ページほど続いて、その後、キルギスタンで発行されたウイグル語新聞の見出し一覧が、日本語訳とラテン文字転写とアラビア文字ウイグル語でずらーっと続きます。ここはエクセルかワードをそのまま原稿にしたようで、本文中にもエクセルで作ったような図表が埋め込まれてます。その後の論文ではそういう芸は見せてないので、過渡期の論文だったのかと。あるいは、麗澤大学だから出来たことなのか。この論文は、デジタル撮影された写真をぜんぶカラーで載せていて、pdfならべつにどうということもありませんが、紙版もカラーだったとすると、麗澤大学ふとっぱら、と思いました。麗澤は、左巻きでない(ということは右)中国研究に力を入れている大学、という私の印象です。劉燕子という人がこの大学だったか、ちがったか。富坂聰宮崎正弘もこの大学だったか、ちがったか。何も考えず書くって、らくでいいです。ステキ。

これらのアラビア文字表記ウイグル語で書かれた新聞は、カザフスタンウイグル語新聞がキリル表記のウイグル語だったこともあって、カザフスタンからの投稿も多く、それなりに先鋭だったそうですが、まず先行するئىتتىپاقイッティパクという団結を意味するタイトルの新聞(同名の団体がキルギスウイグル人ファウンデーション)が、団体自体'80年代後半が萌芽で紙面発行は1994年からなのですが、1997年にトルコの新聞に掲載された中国内部文書暴露記事のウイグル語訳が中国政府の逆鱗に触れ、中国政府は外交ルートを通じてキルギス政府に抗議、キルギス警察は同紙を三ヶ月の停刊処分としたとか。翻訳記事なのになんでやと。それで組織は、政治ネタとそれ以外(キルギスウイグル人コミュニティーの時事あれこれや教育など)の紙面を分離することにし、活動家が好きそうなネタはۋىجدان ئاۋازىヴィジダン・アワズィ(良心の声)という別新聞を創刊したのですが、地域がその二紙をともに買い支えるのは難しく、2001年に良心の声は廃刊したそうです。

この論文はほかの論文と連環してると思われるふしがあり、同年先行してりっつーの社会システム研究に発表した論文では、イリ地方のグルジャを漢語では〈伊宁〉と注してましたが、本論文ではもう何の但し書きもなく直球でグルジャグルジャ書いてます。

この論文は面白いところを詳しく書いていて、例えばカザフスタンウイグル語新聞は全戸郵送だが、キルギスの場合は各集落の戸長がまとめて受け取って集落内に配るとか書いてあります。日本でも自治会役員はなり手がいなくて大変ですが、ウイグル社会の場合、中国領では独身の高齢者がなる場合が多くて、中央アジアだとそのしばりはないそうです。で、ソ連は、そういう「長(おさ)」の選出自体は止めないが、公務員が旧社会の伝統行事に参加すると罰則だったので、公務員以外が選ばれたとか。

マスジッドの写真もいろいろ載ってますが、エイティガール寺院のような伝統あるモスクってわけでもないので(生活が安定してきたあと、寄付を集めて新造した感じ)、集落の住居の写真のほうが面白かったです。鉄扉の門がバーンとある、塀の高いおうちで、レバノンとか、クルド人映画に出てくるシリアとか、バジュランギおじさんのパキスタンとか、もちろんキルギスの映画「馬を放つ」に出てくる住居と、いっしょです。逆に、今はどうだか知りませんが、カシュガルトルファンなどの泥の壁と土の道のウネウネした「路地」ではないです。

stantsiya-iriya.hatenablog.com

この論文には二ヶ所「余談」があって、さいしょの余談はほんとうに余談ですが、次の余談は、ぜんぜん余談じゃないです。前世紀末から今世紀初頭にかけて、キルギス内のウイグル人活動家で不審死をとげた主な人物を列記している。けっこうぞっとしません。組織の二代目代表にしてからが、亡命ウイグル人国連難民高等弁務官事務所との仲介的な役割をしたりしたことから、自宅のチャイムが鳴ったので外に出たら射殺というさいご。バイクで逃走するもそく逮捕された犯人は、裁判が開かれたはずなのに、どこのだれで何が目的なのか一切非公開だとか。

で、ほかにもずらずら不審死の人物サマリが続くのですが、けっこう、ウイグル人社会内の親中派が関与してたりするんですね。これ、すげえなあと思いました。じっさい、財を成す人間は、多くが対中貿易で為したりしてるというような。(しかし、越境する漢族商人じたいと張り合わねばならず、中国政府がどちらを支援するか考えると、その立場は安定でない)団結を意味するイッティパクという組織の下部団体も紹介されているのですが、まあ見事なくらい親中派が牛耳ってる団体ガー。そうやって浸食もまた苛烈なんでスネと思いました。2012年のレポートでこうなら、現状はもっとでしょう。なんとなく、川崎で中村哲医師の講演聞いたとき、「中国には支援しません」と言って、それからまもなく、アフガン現地人に護衛ごと射殺されたのを思い出しました。現実はハバナ症候群ともまた違うという。

三代目代表などは、中国への聖戦(ジハード)を訴え、組織から距離を置いてしまったそうで、四代目は、ぶなんで必須なところで、教育に力を入れたいと考えているとのこと。中国少数民族への日本からの教育支援も、現地に届けられない(現地を管理する教育委員会には届けられるが、それをもって是とするかどうか)という理由で、活動するすべがないのが現状ですので、在外での教育は頑張ってほしいと思います。この論文から10年、どうなっているのか。

これで、同化傾向の強いウズベキスタンウイグル人キリル文字ウイグル語の世界で生きるカザフのウイグル人キルギスウイグル人と、在外ウイグル人のみっつの姿を知ることが出来、タジクはイラン系民族ですので、トルコ系のウイグルは少ないでしょうし、あとはトルクメニスタンウイグル人について知れたら、コンプリートと思いました。現状が大変ですから、コンプリートもなにもありませんが、以上。