『遊牧夫婦』"A TRUE STORY of a nomadic couple 2003→2004" 読了

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これもビッグコミックオリジナル『前科者』に出てくる本の著者の、別のエッセーです。初出はミシマ社という原点回帰の出版社のウェブサイト「平日開店ミシマガジン」に連載された「遊牧夫婦」第1回~第28回。それを加筆再構成したそうです。

無職、結婚、そのまま海外!
バンバリーでイルカ三昧、アマガエル色のバンで北へドライブ、東ティモール捕鯨の村……二人の新婚生活はどこへ行く!?

ブックデザイン 寄藤文平篠塚基伸(文平銀座)と目次の次のページに書いてあるのですが、ミシマ社公式では装丁:寄藤文平北谷彩夏(文平銀座)となっています。どっちが正しいやら。

現在のミシマ社公式の「ミシマガジン」には作者の名前はありません。本書は公式によると、二刷まで行ったようです。

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2017年にこの本だけ角川文庫化したようで、しかし今は文庫は電子版のみのようです。ぜんぶで三冊あるのですが、図書館にまんなかの本だけなくて、全二冊かと思ってました。旅を生活に出来ないか、をテーマに、オンラインで記事を送るライター業をしつつ、世界各地で暮らしたいと考えた青年が、熱烈な求婚の末にゲットした京おんなと、アンダマン海から北上(1巻)して震旦入唐(2巻)ユーラシア大陸を横断してアフリカでリタイアするまで(3巻)です。

湘南乃風の若旦那というひとが中学校のクラスメイトだったとかで、この巻に出ます。SHOW TIMEはベルマーレの試合前に歌われる曲で、「場外ホームラン」という歌詞が言霊となって呪詛でシュートがゴールに飛ばない、宇宙開発ばかりな原因ではないかとまことしやかにささやかれたこともあったようです(たぶん)ボイスマジシャンのひとがハーフタイムショーで来たこともありましたが、今はフロントのさかもとの人の親友というのはほんとなのだろうか。

なぜ中国を目指したかというと、学生時代映像制作かなんかでわいわいやってた仲間に中国人がいたから、だそうで、そのわりに2巻のタイトルは『中国でお尻を手術。』3巻がふたたび旅人スカシ路線に戻って『終わりなき旅の終わり』なので、なんか2巻ヘンじゃない?と思います。昆明で語学留学したのち、上海で一年間ライター生活もしたそうで、それがなぜ、今あんまり中国絡みの仕事してないように見えるのか、フライングで3巻もつまみ読みしまして、2007年から2008年というと、北京五輪を控えてチベット暴動があって、その絡みで、親チベ親中という存在がありえないと、ハッキリつきつけられた年でもあったわけで、作者にもそういうことがあったと、書いてあります。チベットに関して中国批判をして、それを、友人と思っていた中国人から全否定され、さらに、それまで自身の中国報道をまるっとひっくるめて、底の浅い半可通の知ったか報道、みたくケチョンケチョンに叩かれる。理解してくれると思ってたのに、そりゃないぜベイビー、てなもんだったようですが、まあ、2巻のタイトルも、中国を医療後進国と思ってる前提のタイトルだよね? と、プライドの高い人だったら言って来そうなので、そうしたもろもろが、チベットという分水嶺でバクハツしたのかも。

游牧夫妇_百度百科

中国人と激突しつつ中国ネタを書いていくと、それで台湾から中文訳が出るわけでもないと思いますが、2011年に馥林文化という台湾の出版社から漢訳が出ています。ミシマ社の公式にその本の表紙が帯付きで載ってます。

現在是旅行生活時代!
新時代・夫婦旅行生活
大公開!

本書は、当初の意気込みが劣化し、倦み、旅が自己目的化し、目的と手段が倒錯した末の、旅の終盤から始まるという構成になっていて、そこの部分が台湾版の試し読み部分になっています。台湾版も紙版はなく、電子版のみ。

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あふりかぞうを見ても感動しない、ただひたすら次の目的地について、宿にとまって、ということしか考えてない状態。
これが、出だしの時点では、どんなにういういしかったか、というのを子細に語ってゆくのがこの本で、そこは相当いいです。一浪で東大理系、院まで出て、250万の貯金(奨学金の残りだとか。しかし旅の途中に返済も開始)と、新妻が働いて貯めた450万のお金を持って五年間の旅ライフに入り、終了時、まだ100万と150万の余剰があったという。それだけ稼ぎながら旅をしていたということだそうで、生活力があるんだなあと。頁058。

結婚に関しては、無収入の新郎を新婦の父母が許すか、不安だったそうですが、まったくウェルカム状態だったそうで、東大理系院卒なら、いっとき青春のハシカにかかっても、ツブシのきく稼ぎ手になれるであろうという、京都人ならではの目算だったと思います。それこそイランの現採が東芝トップになれる本を読んだ私も、同じ思いで。

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で、そのヨメ、もといパートナーとの出会いは、相手がワーホリ中のオーストラリアだったそうで、作者は理系の学生なので日々忙しかったと思うのですが、休みはバックパッカーになっていて、世界あちこち行ってます。映像制作といい、理系なのになぜそんなヒマがあるのかという。まあでも体育系なのにオフシーズンはずっとバックパック旅行してたって人にも会ったことあるし、いろいろなんでしょうね。

頁085に、旅に生きるという、同じ夢を語った、高校時代から同じ大学同じ理系の道をたどった先輩が出ます。この先輩がペルー旅行のあと、自裁するというシリアスなお話で、いったい何があったのだろうかという。強盗やら誘拐やら、旅の負の面、リスクに直面したのか、あるいはその背後にある、例えば「貧困」に過剰に反応してしまったのか。ここがあって、本書はひとつしまったと思います。それがないと、ライターとしてオイシイと思われる、イルカボランティアのバンバリーダーウィンまで車中泊で北上、東チモール西チモール、銛一本でのクジラ漁の島、そういうネタ旅行だけで終わってしまう。

ただ、取材して記事化を試みても、うまくいかないというか、自分に興味本位にそれに突っ込む資格があるのか、を青春の蹉跌として悩む個所もあり、豪州の日本兵捕虜暴動事件について調べようとしたくだりはその葛藤を詳しく書いてますが、ほかにも、あまり行数書いてませんが、アボリジニの世界を、チラ見するだけで車のアクセルをゆるめず、通り過ぎてしまったくだりもあります。こういうのって、ひととひとのつながりによる信頼と紹介が、やっぱり大切なんだろうなと思います。

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こういうのはやっぱりちゃんと紹介状をもってやるべきなんだろうと。そして、しかるべき人から紹介状をもらえるにんげんになりなさいと。

バンバリー市(オーストラリア・西オーストラリア州) | 世田谷区ホームページ

イルカボランティアのバンバリーでは、なんしかワーホリのボランティアはまだ白人と日本人ばっかで、韓国人や中国人の姿は書かれてません。いたけど書いてないのか、いなかったのか。韓国人も英語語学留学熱、ホームステイ熱はそれなりにあると思うのですが、どうなんだろう。先日読んだ片桐はいりさんのグアテマラの弟で、グアテマラで廉価にスペイン語を学ぶ裏技について、フィリピンで英語を学ぶ韓国人テクと比較するネットのコラムを読みました。

頁066では、イルカボランティアのヒマな日は、パソウコンでマインスイーパばっかやってたとあります。時代だなあ。あつ森やグランブルーファンタジーではありませんし、スマホでもありませんという。今のパソウコンは、仕事中にソリティア廃人にならないよう、ゲームは入ってない。

イルカボランティアやったあとで、伝統捕鯨漁を取材する点の齟齬のなさについて説明する箇所はありません。そんな二面性を許容出来るのは、日本人とアイスランド人だけかもしれませんし、イルカの商業捕獲でいうと、ロシア人やトルコ人も共有出来る感情かもしれません。

『ナマコの眼』にはつながらないのですが、ダーウィン行のオンボロバン旅行が、一番面白いです。三冊通して読んでイチバンだったら、ほんもの。

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頁126の歌。知りませんでした。TOEIC985点、国連英検A級だそうなので、この人のお話での白人との会話や、あれこれ世話を焼いてもらえる箇所は、なべて潤滑な意思疎通の成果だと言えると思います。そこと吃音の点の辛みは、またどこかほかで書いてあるのかと思います。吃音も癲癇同様、アルコール性のものがあって、ノンアルのものと違うんだけど、どう理解すればいいのか、まだ迷い中です。以上