From Chapter.11 to 12第十一話から十二話『ガマの聖談 人生に関する珍考漫考』"Toad's Sacred Talk." -CHINKOU〈Curious Thoughts〉( It sounds like penis. ) and MANKOU〈Pondering〉( It sounds like cunt. ) about Life.- by Kiiti Minami 南喜一(カッパブックス)KAPPA BOOKS

ガマの聖談 : 人生に関する珍考漫考 (光文社): 1968|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

南喜一 - Wikipedia

第十一話ーを出させるのが名人 "A Master Is A Man Who Makes A Woman Let Out "Hu" Gas."

「ヘ」の前なので「フ」だそうです。女性器を型で分類した回がありましたが、この回は男性器を型で分類しています。「上うわぞりカリ高」亀頭が大きく、竿が上のほうに湾曲した逸品は、名刀正宗のように珍重されるそうです。型の話になったのは、若いうちにマスのかき方しだいで、なまくらもある程度は打ち直すことが出来る話の流れ。

差料の「右曲がり」「左曲がり」など横に曲がったもの、はガマサンによると粗チンの証だそうで、それも天然ものでなく、利き手を使いすぎた矯正の悪例だそうです。包茎のことを「すぼけマラ」というそうで、これは知りませんでした。

kotobank.jp

「胴太どうぶと」というのがその次に嫌われるとガマサンは書いていて、外国人に多いとも書いています。コーカソイドのことだと思います。でもそっちのは、海綿体に流入する血の量が同じな関係で、半勃ちで、それで半径じたいが大きいので、どんな形状の膣にもジャストフィットするので、ぜんたいがあたたかいだなんだで、非常によいと、前世紀イエローキャブとか言われていた時代の米国帰りの女性たちから聞いたことがあります。ガマサンは硬いのがいいと一徹ですが、彼自身の提唱する、ピストン運動否定セックスで、絶大な効果を発揮するのが大きな半フニャマラらしいので、ガマサンもここは盲点だったのかもしれません。

『ガマの聖談』には海外編の続編もあるそうなので、そこでは、この辺の話のアップデートもあるかもしれません。なにしろ合気道八段の大企業掛け持ち経営者ですので、そのへん絶対に負けず嫌いのはず。読者からの投書でもあろうもんなら、という。

この回は珍しく、具体的に前戯を書いていて、男性的ムード(ヒゲを剃らないとか、胸毛など)や歯が浮くような口説き文句もガマさんにとっては前戯なんだそうです。国策パルプとヤクルトの会長が「おれはおまえに会うために、こんにちまで生きてきたんだ」(頁107)とか「「おまえのようないいヤツに出会ったことはない」(頁107)とかぬけぬけと口にしても、誰もが半信半疑な気がしますが、「半信」だったらしめたものなのでしょう。ヘソが茶を沸かしておならプウよりはまし。で、ガマさんは指に対して否定的です。非衛生的で、力を入れすぎるきらいがあるので、性器交合では物足りなくなるおそれがあるそうです。じゃあ女性は自慰どないすんねんと、読んでて思いました。

女房を構って満足させてやらないと、ヒステリーを起こして家事育児全放棄になるので、よれよれのスーツを着て出社する既婚サラリーマンはそういうことだと書いていて、まあそういう時代だったんだろうなと。通勤電車で見かける、だらしのない、汚れてしわくちゃのワイシャツのサラリーマンが、その理由一点集中で説明出来るのだったら、それに越したことはなかったです。

女性の自慰に関連するのかどうか、ガマさんは女性の自転車非推奨で、かつて自転車をこいでいた女子大生が、サドルにこすりつける快楽のあまり転倒した事件があったからだとか。それが頻発してないことは、かつての北京の朝を見れば分かります。また、結婚におくてな若い女性を、馬の種付けの立ち合いに行かせると、すぐ色気が出て、たちどころに「嫁に行く」という北海道のいちぶに残る習慣も紹介しています。そういうものなら、北海道農村見合いツアーに組み込んだり、事前予約制で女性の種付け見学どんどんさせたらいいんでないとも思いますが、馬もデリケートないきものでしょうし(放屁と小便だけ見てるとそうは思えませんが)馬に慣れてない女性がその場にいると、アクシデントが起こったりするのかもしれません。そういうのはゆうきまさみの漫画に描いてあるかもしれませんが、未読です。じゃじゃ馬グルーミングという言葉が、ネット社会や韓国でえらい意味に転換されてほんと、ご愁傷さまです。

小見出し:差料さしりょうの手入れ / 前戯の禁じ手 / 女が病みつきになると / 男ぎらいの洗脳法

第十二話ー絨毯にシワを寄せる女 "Women Wrinkling the Carpet."

この回は内容がうすいです。ひと晩で十六回イッたガマサンの女から仕入れた話が中心。

頁117

「昼間は、なんだこんな頭のハゲたのといるかと思っても、夜になると、そんなことが問題でなくなる。」なんて話すと、みんなキャアキャア言ってよろこぶそうだ。

(略)

 そこでおれは、このさい世の男性諸君に言っておきたい。昼間のアクセサリー亭主になるよりか、夜を支配する実力派のご亭主になりたまえとな。が、この実力派になるには、それそうおうの努力も払わなければならない。

 その第一歩として、相手が十分にたんのうするまで、こちらのクライマックスをおさえるよう(以下略)

こんな調子で、時代が昭和四十年代ですので、ガマサンは16mmのブルーフィルムを教育用に持ってるのですが、それを見て帰ったご婦人たちの座っていた絨毯にシワが寄っていたという話。8mmでなく16mmなのかとか、座布団やクッション敷かないで直にじゅうたんに座っていたんだなあとか、そういうところに気が付きました。

小見出し:口笛で合図 / 女のY談 / 女にたいする妙薬 / 不死身のカマキリ

最後の見出しは、カマキリのオスは、交尾して、射精を続けながら、180度後ろに首をまわしたメスに頭からバリボリ喰われ尽くす話。ちゃんと交尾の前にオスは求愛行動をとるんだそうです。で、ガリッといかれてから、食いつくされるまで十五分くらいだとか。ガマサンは蟷螂の生態に興味があって、あるとき数十匹飼って、そのさまをつぶさに観察していたんだそうです。

あとつけたしで、大宅壮一が、南喜一はどの愛人を連れて行くときも「南幸子」で飛行機の登記も宿泊先の記帳もするので、タチが悪いと書いたことに対し、それは自分でなく、会社の専務が名付け親だよ、と弁明してます。もちろん、本人あずかり知らぬとはひとことも言わず、自分も承知の上でのこととしてます。そこは責任者として、ちゃんとしてる。みんなしあわせにしてやれるわけだから、みんな「幸子」だそうで、気に入ってるそうです。こういうのも、犬も食わないと言っていいのかどうか。

著者・南 喜一 著者・南喜一君のこと サンケイ新聞フジテレビ会長水野成夫みずのしげお  南君にガマ将軍の愛称を呈したのは、『人生劇場』の作者、尾崎士郎であった。そのガマ将軍とごくとの交友はじつに長く、ほぼ半世紀に近い。よくも飽きずにつきあったものである。  しかし、この交わりで得したのはむろんぼくのほうで、彼はぼくたちが、一高や東大でついに学びえなかった人生の機微の数々を、ことこまかに教えてくれたものである。  若いころから、浮世の辛酸に身をさらし、人生の幾山河を踏み越えてきたこの先輩は、処世百般、とくに食生活や性生活については堂々たる見識の所有者で、ぼくなど時のたつのも忘れて彼の話に聞きほれたものだ。 『ガマの聖談』には、そのころの話や、その後の体験記らしきものが、ユーモアに富んだ筆致でみごとに描かれている。  その表現は、ときに猥雑の感をあたえるかもしれないが、よく読むと、読者はそのなかから珠玉の真理をくみとることができるであろう。なぜなら、彼にあっては、食生活の知恵も、性生活の知恵も、そのすべてが、健康と長寿につながっているからである。 〈著者略歴〉明治二十六年石川県に生まる。早稲田大学卒。社会運動家をへて、財界にはいり、現在、国策パルプ会長。ヤクルト本社会長。日本ガン予防協会理事長。合気道八段。昭和四十年藍綬褒章を受章した。

ボーツー先生と福田和也の下記書評対談に登場する本。カーリルで県内図書館に蔵書があると出て来るので(白帝社版かな)公序良俗には反してないと思うのですが、他館本リクエストで数回なしのつぶてだった本。最近思い立って、日本の古本屋で、愛媛の古書店さんから、てごろな値段のものを購入しました。七百円。送料三百円。計千円。

stantsiya-iriya.hatenablog.com

 

裏表紙のサンケイ新聞フジテレビ会長(当時)水野成夫サンの一文は、著者ウィキペディアの記述を裏付けるものです。

著者ウィキペディア

(略)1940年転向仲間の水野成夫と古紙再生会社「大日本再生製紙」を設立する。1945年には宮島清次郎が社長を務めていた国策パルプと合併し、同社の常務取締役となる。(略)

(略)経営が悪化した同球団をヤクルト本社が買収したこの一件について、当時は「水野の窮地を盟友の南が救った」と言われていた。(略)

水野成夫 - Wikipedia

人生の機微と女性の核心にふれる 東京教育大学教授 杉靖三郎  
私は、厚生省栄養審議会や、体力づくり国民会議などの会合で、南さんの「聖談」には、いつも感心させられていた。  その豊富な体験に裏うちされた内容は、私の専門である生理学的立場からみても、スジがとおっていて、たいへん興味深い。  南さんこそは、ほんとうの意味での学識経験者だと、敬服している。  いつも、「聖談」だけで終わるのは、じつに惜しいと考えていただけに、「人生の機微」と「女性の核心」にふれたこの本が世に出ることに、心から拍手をおくりたい。
カバーデザイン・田中一光 著者撮影・田沼武能たけのり
近代実践派の色道武勇伝 性科学者 高橋鐡  
一ページ、いや一行の文が一生のプラスになることもある。この本にはそれがいっぱい。”初交三回説”や、”一寸五分型説” ”マス効用説”をはじめ、”Mベラ” ”人体穿孔機”の発明など、さすがに近代実践派の大モノが豪語した色道武勇伝である。  極左派から、国策事業までの振幅を示した異色頭脳の産物だけあって、性学上の科学的新発見にも驚く。当今流行の労務管理の秘伝も兼ねている。  そのうえ、政財界人、文士、力士が、「粗チンの持主」としてぞくぞく登場するから、痛快きわまりない。

カバー折。田中一光のデザインとは。目次の次のページによると、本文さし絵・藤城清治だそうです。そんなそうそうたるメンバーが、このエロトーク集に結集したと。

杉靖三郎 - Wikipedia 

杉 靖三郎先生を偲ぶ - 日本生理学会

http://physiology.jp/wp-content/uploads/2014/01/064100237.pdf

ja.wikipedia.org

田沼武能 - Wikipedia

いつも元気、いまも現役(文化勲章受章・写真家 田沼武能さん) | 健康長寿ネット

www.jiji.com

田中一光 - Wikipedia

まえがき(昭和四十三年一月二十五日)によると、このトークは、光文社の雑誌「宝石」に昭和四十年十月号から昭和四十二年十一月号まで二年にわたって連載したものをまとめたとか。すでにオープンリール*1の録音装置は普及していましたが、まあ、ライターと編集者にご本人がざっくばらんに語って、ライターがそれをメモして、だいたいな感じで文章に仕立てあげたんだと思います。そのほうがラクだし、ライターも腕が揮える。

KAPPA BOOKS KOBUNSHA 光文社の「カッパ・ブックス」誕生のことば  カッパは、日本の庶民が生んだフィクションであり、みずからの象徴である。  カッパは、いかなる権威にもヘコたれない。非道の圧迫にも屈しない。なんのへのカッパと、自由自在に行動する。その何ものにもとらわれぬ明朗さ。その屈託のない闊達さ。  裸一貫のカッパは、いっさいの虚飾をとりさって、真実を求めてやまない。たえず人びとの心に出没して、共に楽しみ、共に悲しみ、共に怒る。しかも、つねに生活の夢をえがいて、飽くことを知らない。カッパこそは、私たちの心の友である。  この愛すべきカッパ精神を編集モットーとする、私たちの「カッパの本」Kappa Books は、いつもスマートで、新鮮で、しかも廉価。あらゆる人のポケットにあって、読むものの心を洗い、生きる喜びを感じさせる――そういう本でありたい、と私たちは願ってやまないのである。 昭和二十九年十月十日

奥付 昭和43年2月15日初版で、読んだのは同年7月1日の37版(37刷)左上に神吉晴夫サンの名前が見えます。カッパブックスの生みの親はもちろん、「戦後最大の出版プロデューサー」©Wikipediaだとか。

神吉晴夫 - Wikipedia

創業者 神吉晴夫 - かんき出版

神吉晴夫のベストセラー作法十か条

1. 読者の核を20歳前後に置く
2. 読者の心理や感情のどういう面を刺激するか
3. テーマが時宜を得ている
4. 作品とテーマがはっきりしている
5. 作品が新鮮であること。テーマはもちろん、
文体や造本に至るまで今までお目にかかった
ことがないという新鮮な驚きや感動を読者に与える
6. 文章が読者の言葉遣いであること
7. 芸術よりモラルが大事
8. 読者は正義が好き
9. 著者は読者より一段高い人間ではない
10. 編集者は常にプロデューサー・企画制作者の立場に
立たねばならない。先生の原稿を押し頂くだけではダメ

右上の伊藤整『文学入門』と、サラリーマン目白三平シリーズがカッパブックスの最初だったそうで、この巻末広告を見ても、ミッキー安川アメリカ留学記、三笠宮殿下のご著書、中帰聯の三光作戦関川夏央も読み込んだ『にあんちゃん』、わだつみの声、川喜田二郎のヒマラヤもの、ゾルゲ事件連座の尾崎秀実『愛情はふる星のごとく』と、実にバラエティに富んだラインナップになっていて、驚きます。私もこれらの本は読んだり積んだりのはず。

以上