装画+カット 阿部真理子
「ごちゃまぜ」ボイル [文芸書(海外)] - KADOKAWA
ごちゃまぜ (角川書店): 1992|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
スティーヴン・キング『書くことについて』*1にコラゲッサンボイルサンの『イースト・イズ・イースト』*2というユーラシアン青年が米国に密航する長編小説が出ていたので読み、そのあとがきに彼の代表的短篇の幾つかが紹介されていて、まず、『もしウイスキーが川だったら』という短編集を読み、その次に、『クジラは泣く』"Whales weep"が収録されている本書を読みました。
本書は近隣の図書館蔵書なしで、読めりゃいいやで安いのをアマゾンの出品から買いまして、前にも取引頂いた割と大きめのとこで、本体¥292、送料¥257、アマゾン手数料含む、合計¥549でしたので、不満のあろうはずもないかったです。『もしウイスキーが川だったら』は夜の九時半にキャンセルして、その壱時間後に送付通知してきたのでひどかった。業者が。
訳者のしとは本来音楽畑の人間で、翻訳業はやってないかったのですが、柴田元幸のシバターが大学時代の友人で、シバターに勧められたのが運の尽きで、ロバート・ジョンソン、ブルース・スプリングスティーン、エルヴィス・プレスリーのそっくりさんなどがモチーフとなるこの短編集を、やらないわけにはいかないという気持ちになって、邦訳したんだそうです。本業とはちがうので、角川書店編集郡司聡サン、その上司の見城徹サンには助けられた訳者あとがきで謝辞、イラストの阿部真理子サンにも謝辞、で、シェイクスピアの文章の日本語訳は小田島雄志サンのを参考にしたと断っています。
短編集の原題は上の歌の歌詞のいちぶ、"Greasy lake"、オイリーな池から来ているのですが、なぜそれを日本で出版するにあたって『ごちゃまぜ』というタイトルにしたか、「ぜひとも書いておきたい」というわりには、さっぱり何を言ってるのか分からなかったです。ラリってたのかなあ。須藤サンが小学生の時には、日本の共同体幻想というものはまだまだお盛んで、年に何回かのお祭りの時には、親戚一同が一度に集まって、飲めや歌えやの大宴会を催していて、酒量をセーブしようとして仕切れない大人たちがそこにいて、それを見ていた自分は、どんな大人になりたいかと縁者に聞かれたものだった、そうです。
それのどこが"Greasy lake"が『ごちゃまぜ』になる理由なのか、さっぱりさっぱりでした。読者は須藤チャンのレコ(といって小指を立てる)じゃないんだから、ほどほどにしろよし。としか言えません。
須藤さんは「ボイルが好んで取り上げるエキセントリックな主人公たちの、日常的な非日常が好きだ」と書いてますが、本書の英語版ウィキペディアは、要出典と付箋がつけられてないのが不思議なくらいのクリティークから始まっていて、ぜんぜん異なっています。
The collection reflects the fears, anxieties and issues of America in the 1960s, especially in regard to the fear of a nuclear holocaust. (abbr.) "I worry about everything in the world," Boyle says, (abbr.)
(グーグル翻訳)
このコレクションは、1960 年代のアメリカの恐怖、不安、問題、特に核によるホロコーストの恐怖を反映しています。(中略)「私は世界中のあらゆることを心配しています」とボイルは言います。(後略)
太平洋の両岸で、なぜこんなパラノイアの受け取り方が異なるのかもさっぱりですが、まあ日本ではバブル期の出版物だったしなあという。万券振ってタクシー止める時代の本ってことで。シバターという存在がありながら、須藤サンのウィキペディアに本作含む、翻訳の項目がないのもそういう大人の事情かもしれません。どんな大人や、そんなんおとなちゃうでえ、と云うもまた自由。
『キャビア』"Caviar"② 丸数字は原書の掲載順序。
米国東部で親のあとを継いで漁師になったインテリ青年とその妻が、子どもが出来ず、不妊治療の果てに、代理出産してくれる女性(困窮医学生)と三人同居生活を始め、代理母を務めるJD(ファイトクラブのヒロイン似)とデキてしまうが、彼女はホムンクルスの医師似の産科医とも… という話。
『夜の精』"Greasy Lake"①
「oily」は植物性の油、「greasy」は動物性の脂といえる。美味しい食べ物に対してはあまり使わない表現なので、使う場面には注意しよう。
たぶん自伝的作品。やたら「ワル」という単語が出ます。労働者階級というかヘルスエンジェルスとかみたいな本格的荒くれワルと、石原慎太郎の小説に出て来るような金持ちハイスクールのワルが、どっちもモータリゼーション社会なので、夜間車(親の車含む)で遠乗りして行く郊外がカブっていて、そこでバッティングして、という話。暗闇の車外にキーを落として見つからず、車を発進出来ずズラかれない描写がリアル。この辺だと、江の島とか、津久井湖とかになるのかなあ。宮ケ瀬はどうだろう。湖の汚さは印旛沼手賀沼ですが。
今は親も所得が低下して、親の車が使えずトー横とかなのかもしれません、と書いてしまうと紋切り型の問題提起のオチになりますが、歌舞伎町は昔もフーテンがハイミナールでラリってた時代があったわけで、それからヤクザと外国人が強くなって、三十年ほどハンパな青年が近寄れなくなっていたのが、またちょこちょこいれるようになったらすぐこれだ、というのが実情に近いかと。
『アイクとナイナ』"Ike and Nina"③
『もしウイスキーが川だったら』にもイランのアヤトラ・ホメイニの話が載ってますが、これもそんな趣向で、アイゼンハワーとフルシチョフ夫人の、東西の壁を越えた気高い純愛の物語。どこがや、ただの不倫やんけ、と見る向きは、ヒロスエとシェフの純愛にも同じことが言えるわけなので、それはそれでよいと思います。
『長期的展望』"On for the Long Haul"⑤
熱核戦争の危機を生き延びるため、専門業者から絶対に助かるシェルターやそれに付随するもろもろを大枚(親の遺産など)はたいて購入したインテリが、ひとけもまばらなシェルター建設地を業者が分譲販売始めたため、病んだ隣人が越してきて、という話。サバイバルライフの教本に、ヘミングウェイのパリ、ロンドン放浪記が入ってる箇所は笑うところだと思ったので、笑いました。
銃社会なのに安全装置の外し方も知らない人間が、"DAWN OF THE DEAD"そのままですが、人間の最大の敵は人間、を乗り越えられるはずもなく、という話。銃の扱い方知らないアメリカ人なんているのか、という疑問はさておいて、大枚はたいてシェルターなんか実際に購入してしまう人間はやはりどこかオカシイ、という説明が、恐怖小説の定番、こわい隣人ネタとジャストフィットしてます。ジョン・プアマンの『脱出』の相手は田舎の住人ですが、これは、広大な米国領土をさすらうガイキチ。タランティーノのグラインドハウスに出て来る奴みたいなものかな。
脱出 (1972年のアメリカ合衆国の映画) - Wikipedia
デス・プルーフ in グラインドハウス - Wikipedia
『チーザス・クライスト』"The Hector Quesadilla Story"⑥
引退のきっかけがつかめぬままずるずる大リーグの片隅にしがみついた、中年大食漢で、代謝の衰えと共にオデブチャンになった、ヒスパニックというかメキシカン、チカーノ選手の話。なので、オウンネームはヘクターでなくエクトールで、ファミリーネームを、本書ではアメリカふうにケサディーリャと書いてますが、たぶんケサディージャかケサディーヤ。チーズをスペイン語でケッソと呼ぶのにかけたダジャレと思われ。
現在のスリムな大リーグではこのような選手が契約を続けることはありそうにないですが、80年代なので、たぶん。なんとなく、マラマッドの『ナチュラル』のパロディかなと思いました。同じパロディなら、根本敬の『天然』のほうが出来がよい気もします。
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I don't know what it was exactly --the impulse toward preservation int the face of flux, some natal fascination with girth -- who can say?
『クジラは泣く』"Whales Weep"⑦
『イースト・イズ・イースト』訳者あとがきで紹介されてた、反捕鯨、クジラ保護運動に軽い気持ちで入った青年の話。佐々木芽生サンの『おクジラさま』には、日本以上に過激に反グリンピースで武闘を繰り返す白人捕鯨国、アイスランドが登場しますが、この話の時点では(今でも?)ロシアが捕鯨国として登場し、クジラ保護運動家に、当たり所が悪ければ死ぬような攻撃を平然とバンバンロシアの捕鯨船が繰り返してきます。昨今のウクライナの知識から読むと、納得する以外ない。
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どうもこの作者は、インターネット以前の時代に、高感度アンテナ人間でないとメモしきれない該博な知識を、無駄にシニカルな方向にしか使ってないかんじがして、この話にも、日本人イヌイット大島育雄サンがモデルではないかというような日本人一家が出ます。
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『イースト・イズ・イースト』訳者あとがきの本作品あらすじではそういう印象はないかったのですが、大島サンの娘サンがモデルの女性なのか、結局薬局ただれた男女関係のもつれで主人公がカツドウを離れるというオチで、ネトウヨの人が、「パヨクはこれだから」とご満悦になってもいいかもしれません。
『ニュームーン党』"The New Moon Party"⑧
私が勝手に、本短編集最大の、ギリギリコーナーを攻めた作品と思ってる話。
NEW MOON
The New Moon Party
There was a blizzard in the Dakotas, an earthquake in Chile, and a solar eclipse over most of the Northern Hemisphere,
ケネディのニューフロンティアのパロディ。ジョン・エフ・ケネディは月面着陸やガンの征服を新たなアメリカの目標として大統領選に勝ちましたが、本作の主人公は、アメリカ大統領選に向けて、合衆国が新たな月を宇宙に創造することを提唱し、熱狂的な支持を得ます。実際には、連邦がソロモン攻略に使用したソーラー・レイみたいなものしか作れずに、莫大な赤字財政で彼は失脚するわけですが、"moon"が文鮮明の姓のアルファベット表記であることから、米国では「ムーニーズ」が統一教会の隠語となっていることを鑑みると、ひとことも触れてなくても、なんか、読む人が読めば分かる何かがあるんじゃいかと疑心暗鬼になる要素がなくもない、と勝手に私は思いました。
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そもそも私がコラゲッサンサンを読むきっかけになったスティーヴン・キングサンの小説には、キングサンがデモクラッツだからか、作中にふつうに"Moon"という呼称が登場し、訳者の吉野美恵子サンは「文鮮明教祖」と訳しています。コラゲッサンサンの支持政党は知りません。
『老人のススメ』"Not a Leg to Stand On"⑨
老人ではなく、傷痍軍人の退役軍人です。ベトナム戦争。ヴェテラン。その車いすの主人公によくしてくれる近所の不良、ヒスパニックと思われる不良が、生計をたてるため、何度も目の敵のように空き巣に押し入る店がドイツ系なのですが、とくに隠れた意図はないと思います。一度うまい汁が吸えたので、その成功体験が忘れられず、何度も同じ店を狙うだけかと。じっさいセキュリティもゆるいんだろうし。
Stones in My Passway, Hellhound on My Trail
Saturday night. He's playing the House Party Cl- ub in Dallas, singing his blues, picking notes with a penknife.
『通り道の石ころとつきまとうクソ犬』"Stones in my Passway, Hellhound on my Trail"⑩
ロバート。ジョンソンを描いた話という以外、特に。
『ハートブレイクホテル』"All Shook Up"⑪
プレスリーのそっくりさんだが、歌がドヘタで、絶対に目が出ないだろうと思われる若者の若妻(実家は裕福)に手を出す既婚者の話。ぺこに手を出す既婚者がいたら、りゅうちぇるはどうなっていただろう。
A Bird in Hand
They come like apocaly- pse, like all ten plagues rolled in one, beating across the sky with an insidious drone,
『鳥のとりしまり』"A Bird in the Hand"⑫
日本でも時折都会でニュースになる、ムクドリなど、鳥が集まりすぎてフン害やうるさい鳴き声が問題になる話。作者が似た体験でもしたんでしょうか。
『二艘の船』"Two Ships"⑬
長年音信不通だった、病んだ級友がひょっこり生まれ故郷の街に戻ってきて、話してるうちに、全然治ってない、極左テロリスト発言を連発し出した、やばいよやばいよ、という話。アメリカ共産党員って、アメリカの仏教徒以上にエグい存在と思うんですが、どうでしょうか。かしこいサル、オリヴァークンの映画『JFK』を巡る論争で、最初は名だたる保守派の全国紙から総攻撃でオリヴァークンは総すかんを喰らうのですが、それが功を奏さないと見るや、なぜかアメリカ共産党がしゃしゃり出てきて、パヨク内でのヘゲモニー争いの一環として、論点そらしなど伝統的な左翼テクニックを縦横に駆使した容赦ない攻撃をオリヴァークンに投下してゆきます。それを読んで私は、アメリカ共産党エグいと思いました。
JFK : ケネディ暗殺の真相を追って (テンプリント): 1993|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
『珍鳥』"Bara Avis"⑭
これも実話ベース。見たことのない傷ついた大鳥がその辺にいて、顔見知りが集まって井戸端会議しているうちに、鳥に石を投げだすという話。小学生の時、市営プールに行ったら、向こうからはるかに年下の米軍将校のガキが来て、そのガキを見ながら井戸端会議していたら、なんとなく、思いつく限りの英語の悪口をその子に浴びせる展開となり、ガキは激怒して真っ赤になって容赦なく石をボカスカ投げてきて、しかしこちらまで石は到達せず、ぜんぶプールの中に落ちて、管理人のオバサンが出てきて「こらー!」とどなったのでこっちは逃げたのですが、興奮した白人のガキはぜんぜん石を投げるのをやめなくて、その後どうなったか知りません、という話を思い出しました。私と友だちは、あれは米軍関係者だからおとがめなしだろう、弁償もなにもしないんじゃいかな、とか言いながら、ゲラゲラ笑いながら帰ったんだったかな。
『シヴァーニ・フーターの乞食の親分』"Rupert Beersley and the Beggar of the Sivan's-Hoota"④
シャーロック・ホームズのパロディ。ふたりともインドにいて、ホームズが女性にトラウマがある理由が明らかになり、そんでしかも阿片常習がかなりヒドい、という話。この頃、これを書きながらボイルサンは、次世紀のアメリカがまさかオピオイドカントリーになるとは、夢にも思わなかったでしょう。「ジャルピス」という料理が出るのですが、検索しても何も分かりません。ナゾの料理です。
『「外套」その後』"The Overcoat II"⑮
『もしウイスキーが川だったら』には、『武器よさらば』の主人公の孫か曾孫が、ニカラグアかなんかの内戦で祖先の名声を汚す話が入ってますが、これはゴーゴリの外套のその後を考えてみた、という話。どうも80年代以降の合衆国文学というのは、ライターズスクールみたいなところで、ああでもないこうでもないを繰り返して、けっきょくパロディばっかり内輪受けする世界なんじゃいかと思わないでもない、そんな作品。こういうのを量産した結果、ボイルサンは南カリフォルニア大で教授の口にありついた、わけでもないんでしょうが、なんだかなあ。
以下、巻末の書籍広告。
ディファレンス・エンジンがあって、鉄と絹という、聞いたような題名があって。
ジョイ・ラック・クラブがあって、ポール・オースターがいて、ロバート・A・ホワイティングがいて、フォーサイスの売国奴の身代金があって。
以上