『さわり』【SAWARI】女として愛に破れ、子らを捨て、男として運命を組み伏せた天才琵琶師「鶴田錦史」その数奇な人生_読了

 ほかの人のブログで拝見して、読もうと思った本。

装丁・本文デザイン―門口真樹 カバー写真―中野健治 校正―平賀正樹 第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞作 

現代音楽を何も知らない私ですら知っている「ノベムバー・ステップ」という、歌というか曲で琵琶を弾いている男装の麗人もしくは異形の人の伝記です。

さわり: 天才琵琶師「鶴田錦史」その数奇な人生

さわり: 天才琵琶師「鶴田錦史」その数奇な人生

  • 作者:佐宮 圭
  • 発売日: 2011/11/02
  • メディア: 単行本
 

 鶴田錦史 - Wikipedia

こういう人、何と言いましたか、ミスターレディー、否、おなべか。百合全盛の21世紀から見ると、いかにも平成なのかもしれませんが、昭和です。胸は大きかったそうですが、サラシまいてたとか。

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このオッサンが女性で、男装になってから女性のパートナーが本書に出るだけで四名いて、四番目は養女になって、事実上の正妻だとか。でもそっちは、それほど活字におこすような聞き取りがなかったのか、あんま書いてません。何番目は女優の誰それに似てるとか、そういう形容はあります。十朱幸代と、あと誰でしたか。女性だった時代に夫との間に生まれた息子さんの眼から見た回想は縷々挿入されます。

なんというかな、この北海道屯田兵村出身のタフネス琵琶師の対極として、ちゃきちゃきのおきゃんな江戸っ子むすめで、人情に厚く、しかし十三歳で琵琶の腕を見込まれて養女にもらい受けられた先でイキナリ養父にファザーファッカーされてしまう女性が登場します。

水藤錦穣 - Wikipedia

それとそのザ・ファーザー・ザット・ファック・ステップドーターな男性の三人が主要キャラで、あとは、かあさんをかあさんと呼んだことがない、専務という呼び名がやっと見つけた呼び名だった、という息子のモノローグで物語は進行します。ファザーファッカーな男性は「水藤枝水」という名前なのですが、検索しても藤枝市の水しか出ません。

「藤枝の水」の販売~モンドセレクション最高金賞受賞!~/藤枝市ホームページ

045:藤枝水守支店 | しずおか焼津信用金庫

藤枝の水のヨメは、夫が養女に手を出していることを知ってか知らずか、すぐ出奔しますし、養女が成人後関係を切った後、枝水は、また若い子見つけてヨメにしてます。男装の麗人の夫も、息子の回想では、後妻がいて、さらにそれとは別に今はこの女とつきあってるのね、みたいな女性がいたりします。芸事のひとつとしての琵琶を習ったり会得したりするような男性は、モテ系で、女性をこますのが好きな遊び人ということなのかなあと思いました。屯田兵村出身の秋霜烈日女性は、しまいにゃ自身のジェンダーを背負い投げして、こわもてのかたぎでないようなスーツしか着ないオッサンになってしまいますが、ようじょのほうは終生女性らしさを失わず、またいろんな相手をとっかえひっかえもせ…いや、モテた女性だったのでとっかえひっかえでしたが、どっちかというと、モノにされたという受身形で、終始笑みを絶やさず、誰も怨まず、にこにこした人生を送ったそうですので、環境によって人格が形成される人もいれば、左右されないブレない人もいるんだなあと思ったです。

文化庁 | 文化庁月報 | 連載 「言葉のQ&A」

「おさわり」の意味や使い方 Weblio辞書

町田市民文学館ことばらんど「お宝展示第9弾!西村宗・サラリ君 展 ―サラリ君とみる昭和と平成― 第Ⅰ期」 - Stantsiya_Iriya

stantsiya-iriya.hatenablog.com

タイトルの「さわり」は、耳障りの「さわり」であり、日本人の感性は、わざと耳に「さわる」ような、不快な音を混在させた音色に、美しさを感じるよう育まれていて、その代表的な楽器が「琵琶」なんだそうです。(頁206)富士さわりパーク。

いろんな種類の琵琶が出て、琵琶は昭和になっても現在進行形で進化しつつあったそうですが、「盲僧琵琶」という名称は、隠れキリシタンがある日潜伏キリシタンになったように、突然さらっと「法師琵琶」とかになって、あたかもむかしからそう呼ばれてましたづらをするかもしれないなと思いました。

大正時代、琵琶歌は浪曲と並んでもっとも日本庶民に愛されたポピュラーミュージックだったそうで、しかも浪曲が性差的に男性中心だったのに対し、琵琶歌は男女問わず愛されたんだとか。それで学習者も多く、業界トップになれば高収入が約束されたので、それで藤枝の水みたいなフィクサーが暗躍したり、スターとなるべくしごかれた少女たちがいたり(ようじょとダンソー)ということだったみたいです。

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それが、レコードが普及してナントカ須磨子とかそういう西洋楽曲が流行るのにつれて衰退してゆき、贅沢は敵だの長期戦争がその傾向に拍車をかけたとか。水木サンの紙芝居や貸本まんがの滅亡期には「やはり餓死ですか」という情況があったですが(伝聞)音楽畑のひとは絵画畑の人に比べ、しゃらっと世間の上澄みをすくって生きてゆく技にたけているのか、あんまし餓死とかそういう業界滅亡シーンはありません。男装の麗人は別府で東京美女を集めた水商売でおおあたり、亀戸に凱旋帰国して九州美女を取り揃えた水商売でさらに大当たり、区の高額納税者の常連になります。その辺で男装となる。

その前の、戦地慰問団も実はおもしろかったです。上海から武漢まで、ウーソンなんとかという単語は誤記のような気もしますが、とにかく慰問しまくって熱狂されまくって、最後に、制圧した淪陥区バリバリでなく、昼は皇軍夜はパーロみたいな清野作戦最前線で慰問したいと要望して、かなえられて山東省の内陸部なんかに行くのですが、そこの、山の向こうに八路がいます、的ふいんきもよかったです。日本軍が点と線だけ抑えてる感がハンパなかった。

人生も波瀾万丈で、本人のキャラも、地上波に出すギリなくらい強烈なしとなので、一歩まちがうとキワモノになってしまうし、さりとて、本文に書いてありますが、本人が一時期までの経歴を抹消しようとしたので(黒歴史だからではなく、藤枝の水の策謀にによって)誰かが記録に残さねば、いっさいがっさい泡になって、消えてしまう。

そんな微妙な時期、生存している関係者に聞き取りが出来る最後に時期に、女性セブン編集が、出入りのライターに、スマソ、やってくれんか、で仕事を振ったのが十年前で、その仕事が完成するまで十年かかったと、宮崎大学教育学部の中村佳文という学者さんのFC2ブログにありました。学部ちがうけど同じ大学の同年入学なので、サークル仲間かなんかなのかな。そんで、2000年に小学館からの仕事依頼を受けて、2011年本書刊行。おかげで講演会や著述業もその後順風満帆、かどうかは分からず、そも、この佐宮圭というひとが男性か女性かも分からない状態です。ジェンダーそんな大事か?と言われそうですが、分からないものは分からない。

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で、上記を画像検索で探し出して、やっと、オッサンと分かったのですが、本書の主人公、天才琵琶師鶴田錦史のように、「オッサンの外見」だけである可能性もありますので、後世の判断を待ちたいと思います。ノーベンバー・ステップは、大層難しい曲で、琵琶師のお弟子さんは全身筋肉パンパンになったそうですし、尺八奏者の方は、血尿が出るほどだったそうです。それと同じくらい地上波ギリの本書執筆は難しかったのではないかと。特に、「~と、◯◯は語る」式記述を使わず、見てきたように事実として書いてしまい、田辺聖子のそれのように「小説」にもしていないワザというのは、大変だったんじゃいかと。

頁184に出てくる出前の店は下記でしょうか。ここのようじょの江戸っ子の美学はよかった。

天ぷら甲子 - 五反野/天ぷら [食べログ]

また、頁246、駆け出し琵琶職人のヨメを鼓舞する男装の麗人が、ヨメが落ち込んでると、「あぁ、一番いい姿だわ。がんばんなさい!」と言ったという話がとても好きです。以上