『武漢日記 封鎖下60日の魂の記録』読了

 ブックデザイン 鈴木成一デザイン室

武漢日記 封鎖下60日の魂の記録

武漢日記 封鎖下60日の魂の記録

  • 作者:方方
  • 発売日: 2020/09/08
  • メディア: Kindle
 

 やけに白い表紙なのですが、帯が太いです。 

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忘れてはいけない、この悲しみの日々を 新型コロナウイルスの孤独な夜、1億人以上が心震わせた衝撃のドキュメント 世界15か国で出版 内田樹氏、ブレイディみかこ氏推薦!河出書房新社

この写真はGettyから。一章の扉に使われてるのと同じ写真。二章と三章の扉にも写真が使われていて、いずれもGetty から。奥付の前の著者紹介頁にその旨記載。

"THIS IS AN IMPORTANT AND DIGNIFIED BOOK." -New York Times
DISPATCHES from a QUARANTINED CITY

ウェブ公開されてる日記だから、ウェブで読めるだろうくらいにたかをくくってたのですが、ご本尊がもし消えてても、「拡散」されてるからその辺に落ちてるだろうと思う魚拓のたぐいも見つけられず、探し方が悪いのかなと思ってます。邦訳を読んでしまうと、原文を知りたいと思う箇所がやっぱり出て来てしまう。ウィキペディアに直リンがないのもツラい。漢語版はpdfのリンクがあるのですが、飛ぶと下記。

404 - File or directory not found.

 窮地に陥っていたのですが、吉岡桂子編集委員の台湾隔離日記でお馴染み、痛快!布マスク新聞もとい潰れてしまえ新聞(ネトウヨ談)もとい朝日新聞の記事に助けられました。

b.hatena.ne.jp

このブログキャプチャーから、ミラーサイト? に、たどりつけました。ああ、こんなところにいたんですね。河出邦訳の武漢日記は、人物のルビを、日本語読みにしてない点が私ごのみでないですが(ファンファンじたい、大佐をつけて茶化してお笑いにしてますけど、気に入ってません。「ほうぼう」では回転寿司のネタですけど、「ほうほう」サンでいいじゃないですか)朝日新聞の有気音無気音は清音濁音にあらずルールにもまったくのっとってない、濁音の表記をキッチリしたカタカナですので、朝日の中国通の中にはヘンな顔してるしともいると思います。まあそういう人はいい意味で黙ってろってことで。サンキューでした。

訳者あとがきが五月で、奥付の発行日が九月。帯を書いてる内田樹サンは五月にツイッターで読了報告してるので、書評書いてもらうために、ゲラかなんか読んでもらったのかと。

 で、河出ウェブサイトに、英訳が出版された四月下旬に〈财经〉誌が行ったウェブインタビューの全訳が掲載されたのが12月。それぞれ妙にタイムラグがあって、こわいです。

web.kawade.co.jp

『武漢日記』に書いたことはすべて事実|著者ロングインタビュー第2回|Web河出

コロナ禍で必要な価値観とは?|著者ロングインタビュー第3回|Web河出

河出の記事に、NHKクローズアップ現代+12月放送分にファンファン大佐が出ているため、そのリンクが貼られています。

www.nhk.or.jp

私たちのインタビューに、書面で応じた方方さん。過去のすべての作品が、中国では出版できない状況に追い込まれていました。

で、WHO武漢入りの頃には、彼女への取材も困難になる?ような報道。

b.hatena.ne.jp

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「たとえ書くたびに削除されても、私は書く」 深夜12時の更新を1億を超える読者が心待ちにした。称賛と批判の嵐のなかで発信し続けた〈真実〉の記録 

中国に言論の自由はないと思ってる人たちはこれを熟読すべきだ。言論の自由は、いかなる政治体制下であっても、勇敢で志の高い個人が身銭を切って創り出すことができるということを作者はみごとに証明している。-内田 樹

ブレイディみかこの評はふつうなんです*1が、内田センセーの評は相當に恥ずかしいです。「中国に言論の自由あると思ってる阿呆が熟読すべき本とその後の事象ジャネーノ?」と誰もが思うはず。この勇み足は末代まで残るので、反省してけさい。

上のインタビューや、日記中にも3/10にQ&Aがあり、ファンファン大佐がうんざりするほど繰り返し同じ説明をしてるんだろうなあとは思います。

武漢日記」というタイトルについて、ファンファン大佐ひとりが武漢を代表してるかのようでイヤじゃ、という意見。河出の第一回で、みんなそれぞれ、ひとりひとりが東京日記とかニューヨクダイアリーとかを書いてるわけだし、いいじゃんとしてます。しかし、現在閲覧出来るウィキペディア、日本語版と英語版はともにウーハンダイアリー、ぶかんにっきですが、漢語版はファンファンリージーです。本人の意向の及ばないところで多数決でウェブ社会も動く。

方方日記 - 维基百科,自由的百科全书

Wuhan Diary - Wikipedia

武漢日記 - Wikipedia

一軒屋にひとり暮らしなんて、ガンブー(幹部)だべ、という意見。それが作家協会から供給された陋屋である旨本人が説明してもあんまし説得力はなく、私としては、岩井俊二監督が東北ロケで撮った「チィファの手紙」に出てくる家みたいなものかな、と想像しました。公団的アパートが普通の中国都市住民からすると確かにぶっとんでますが、こうした住宅が幹部用以外で建設されたのは、たぶん中ソ蜜月時代に遡るくらい昔で、ソ連か東欧が作ったんではないかと思うので(満州なら日本説もあるでしょうが)租界時代の遺物でなければそういうことかと。いずれにせよ古いのはまちがいないので、無駄にうらやむこと勿れ。

youtu.be

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アマゾンレビューのトップに、ファンファン大佐は、冬は毎年温暖な海南島で過ごしてるようなパリピセレブで、それがたまたまシンガポールの娘だか姪なんかの絡みで、移動をおくらしてロックアウトに巻きこまれたわけなので、そうした庶民でない人の目線として読むべし、とあり、実は私も、湖北省作家協会主席をつとめたくらいの人物だから、これくらいの地方政府批判(中央批判ではない)はアリだとタカをくくってたのが、予想外の消耗戦、殲滅戦に引き摺りこまれてるのかなと思って読みました。海南島云々は二ヶ所記載があり、最初は頁24。

老耿は武漢でも海南省でも、私と同じ区画に住んでいる。彼も私と同様、今年は海南省に行くことができない。私たちは同病相憐れみながら、文聯の宿舎に閉じこもっている。

そんな、上級国民と思わせるような文でもないじゃんと。もう一ヶ所は、頁196と頁199。3/6に、一月のウィーチャットやメモを整理した箇所。だいぶ後半にならないと再度言わないので、アマゾンレビューは事実無根の印象操作工作なんだろうかとか、だいぶもやもやしながら読みました。ちなみに、上の「老耿」は職場の同僚で、昨年六月に中国外交部報道官を正式に退任した耿爽サンではないです。老公の誤植でもない。

頁195には、例のながーいテーブルで、大人数(四万世帯)が新年のおごちそうを会食をする武漢の一部、百歩亭のならわしが感染を加速させたと批判する際などに、カッコつきですが、「武漢肺炎」の四文字を使った1/20のメモも登場します。もうこれだけで政府は削除するだろうな、という。

河出第三回で、武漢の女性作家なら、池莉*2がいるじゃん、大佐が武漢の代表ヅラするなよ、という批判に対して、これこそ個人攻撃で、私がいつ代表ヅラしたんだ、とかみつく箇所。実は私も坂下千里子、もとい、池莉派です。ファンファン大佐の小説は読んだことありませんでした。大佐の小説の邦訳は勉誠出版からしか出てませんので、直販で買うか、本屋の棚で見つけるか。

bensei.jp

こういう小説を書く人なんですね。池莉のほうがとっつきやすいことは間違いない。だからこそここまで戦うわけですが… 下は、三月のNHKのまとめ記事ですが、個個の発言がいつのメールなのかはよく分かりません。WHO以降の、最新の連絡がついたのかと思ってしまいましたが、そうでもない感じ。

www3.nhk.or.jp

彼女は、一線を越えることはなかった。その1点においては、「わきまえている」のだ。
「まだ中国で、武漢で、暮らしたいのです」とメールにつづられてもいた。

亡命はいやづら、ってとこかと。みんながみんな、引き際をわきまえて、綱渡りを成功させていたら、カイジ第二部はどうでもいいですが、文革でも右派闘争でもろくよんでもそんなギセイ者出なかったですよね。まあでも中国でイチバン強いといわれる最強オバハン人種なので、ピンピンしてると思いますが(棒

海外の親戚について。Q&Aや河出インタビューではファンファン大佐シンガポールのみ言及してますが、頁84に、下の兄の息子と孫たちはピッツバーグに住んでるとあります。めざといネット検閲者はここも追求してるんじゃいかと思いました。この辺が今回の炎上が急加速した理由のひとつだと思います。メンツにかけても謝らない態度は昨今中国で何かと問題にされるふてぶてしいオバハンのそれなので、ネット工作員は苦虫噛み潰しながら、ネトゲ没頭を阻む自分のオカンと重ね合わせて彼女を見ているかもしれません。それでもって自分に都合よく出来事や論理を展開しようとするところ(シンガポールだけ出してピッツバーグは忘れてしまうなど)がデジタルネイティヴにウケがいいわけがない。かなしいケミストリー。

ついでに、愛国者たちが、大佐は風評やうわさをソースにしてネガキャン、社会の害毒ばかり撒き散らしてると云う時、絶対にここが気に障ったろうという箇所。頁80。

(略)友人からの動画は次のようなものだった。紅旗を高く掲げて現場に向かった人たちが映っている。彼らは紅旗の前で記念写真を撮る。まるで観光スポットを訪れたようで、苦難に満ちた深刻な感染地区で仕事をしているようには見えない。写真を撮り終えると、彼らは身につけていた防護服を脱いで道端のゴミ箱に投げ捨てた。彼らは何をしにきたのだろうと友人は言う。私にもわからない。これは彼らの習慣なのだと思う。彼らはどんな仕事をするときも、まず形式を整え、自画自賛を最優先することに慣れている。現場の仕事が日常的なことで、通常の出勤と同じならば、旗を掲げる必要などないだろう? ここまで書いたところで、同僚とのグループチャットに別の動画が入った。それは、さらに不適切なものだった。ある仮設病院に、政府の高官が視察に来たらしい。数十人が立っており、役人、医療スタッフのほか、おそらく患者もいたのだろう。彼らはみなマスクをつけ、ベッドに横たわる患者の一人一人に向かって高らかに「共産党がなければ新中国はない」を歌っている。この歌は誰が歌ってもいいが、どうして病室で高らかに歌う必要があるのだろう? ベッドに横たわる患者の気持ちを考えたことがあるのか? これは伝染病ではないのか?(略) 

www.youtube.com

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これはアタマに来たと思います。気功の邪教や台毒の仕掛けたやらせ動画だろうと言って、全否定して終わりにしそう。はては、「その動画を我々は見ていない。ファンファンの捏造証言でないと誰が言えるのか」とかね。


山东荣成:没有共产党就没有新中国「快闪」︱Rongcheng city, Shandong province, China

終わりの方に、ボツ有共産党の歌が出てくる動画。最初のほうには、新中国21世紀最強部族、オバハン聯がたくさん出ます。山本栄成という人のチャンネルではないです。

だからというべきか、大佐はいじめられます。2020年1月25日、この日記の開頭、第一声が「私のブログはまだ発信可能だろうか」(頁16)ですから。大佐、かつて中国のネット愛国者とネット検閲者たちに敗れ、自身が全身全霊をかけて打ち込んだシナコムの新浪博客を削除されています。今回のウィーチャットは彼女にとって二度目のブログ。今回も愛国者多数とネット検閲者たちは大挙して彼女のブログを襲い、書籍化された武漢日記の後半は、転送した彼女の電子文章を、知人が自分のアカウントで挙げるという状態で続けていたそうです(本家が閉鎖で見えなくなると当然なりすましが出て、避難先からファンファン大佐は、《方方的封城日记》編集部というアカウントの日記は私の日記じゃないと叫んだりしてます。頁240)

大佐の是々非々な態度も、近視眼的な愛国者たちが見ると、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いになってしまい、すべてダメになるんだろうなと。 …例えば、頁26、1月28日。李国強首相が武漢を視察した際、武漢市長周先旺市長が慌てて帽子を取った件。嘲笑するネチズンに対し、彼女は、市長は苦労人だし、地方人だし、いろいろあるさ、寛容であれかしと提言しています。こういうのも、上から目線とか、ええかっこしいとか言われてたんだろうなと思いました。下記はその動画を配信して17万回くらいどうのこうのしたツイッター

 同じページ、翌日1月29日には、李紳「農を憫れむ」のパロディ、ロックアウトでいちんち寝てばっかり、みたいな詩が武漢で流行っていると書いてます。パロディをインターネットで検索しましたが、まるで見つけられず。2020年夏にキンペーチャンがこの漢詩を用いて浪費を戒める談話をしたとかしないとか出ました。それでそれ以前の当該詩のパロディが一掃されたとでもいうのでしょうか。

锄(鋤)禾日当午,汗滴禾下土。
谁(誰)知盘中餐,粒粒皆辛苦。

元はこういう詩で、〈午 汗〉が武漢と同音、〈誰〉が〈睡〉に音が近い。そこらへんを使って駄洒落を作ったのかなあと思うのですが、さっぱりです。大佐のブログに当たると、こうなってました。

锄禾日当午,睡觉好辛苦。睡了一上午,还有一下午

もっとひねってるかと思ったら、たわいもない。これではネットの新陳代謝に負けて、現存してないのも無理ないかも。

www.dw.com

漢詩のパロディを検索してたら、何故かドイツ語版が圧力で表紙を変えるハメになった記事が出たりして。

www.rfa.org

共感を呼び称賛された『武漢日記』が一転、海外版の翻訳出版で批判と中傷に晒されたわけ | HON.jp News Blog

 ドイツ語版はホフマン&カンプから、当初、「Das verbotene Tagebuch aus der Stadt, inder die Corona-Krise begann(武漢日記:コロナウイルス発生の都市からの禁じられた日記)」のタイトルで刊行される予定であった(訳者はMichael Kahn-Ackermann)。アマゾン広告でのブックデザインは赤のバックに黒と黄色のタイトルで中央に黒いマスクがあしらわれていた。これが中国の名誉を汚すものとして猛烈な批判を浴びた。同社はそのような意図はないとして、タイトルもデザインも改め、発売も6月9日に延ばした

上のよく分からない簡体字ニュースによると、当初は六月四日の発売を予定してたとか。そんで、下記のような表紙になりまんた。文章は穏便になったようですが、字が黄色から白になって、黒いマスクがグレーになったのがそんな偉大な胜利なのかと。いっそ、一目で中国製と分かる、水色マスクにすればよかったとさえ思います。

Wuhan Diary: Tagebuch aus einer gesperrten Stadt

Wuhan Diary: Tagebuch aus einer gesperrten Stadt

  • 作者:Fang, Fang
  • 発売日: 2020/05/30
  • メディア: ハードカバー
 

 閑話休題。大佐がいじめられてるという話。頁29に最初のブログ遮断の記述が見えます。

 ついでに言っておこう。おととい、私のブログの文章が遮断された。私が予想したよりは長く生きながらえたと思う。予想外だったのは、多くの人が転送してくれたことだ。(略)私はいま誰かを批判するつもりはまったくない(中国には「秋の取入れが済んでから勘定をする」という成語があるではないか)(以下略)

1月29日の日記の一昨日ですので、27日が初遮断。25日に日記スタートですから、じゃあ三日でもう遮断ってことじゃナイデスカ。下は翌日1月30日。

 中国新聞社のインタビューを見た多くの人から連絡があり、私の発言を褒めてくれた。じつは、当然ながら削除された部分もある。仕方ないことだ。しかし、いくつかの言葉は残しておく価値があるだろう。自分の傷を癒すという問題について、私はこう述べた。(以下略)

マスコミのインタビューを受けたあと、使われなかった部分を、自分のSNSで公表する。大佐は、こういうカウンターが得意みたいです。日本のマスコミも、一部はこういう人嫌うんじゃないでしょうか。下記は2月8日。

(略)たとえ書くたびに削除されても、私は書く。多くの友人が電話をよこし、様々に激励してくれる。書くのをやめてはいけない、私たちはあなたを支持している。(略)私は冗談まじりに言っている。かつて地下に潜っていた共産党は、あれほど困難な状況でも情報を送り出していたではないか。(大幅に数ページ略)

 今日のこの文章も削除の対象だろうか?

頁34、1月30日。1月22日に娘さんが日本から帰ってきたとあります。日本のどこに行ってたのか知りたいですが、余計なことかな。

頁67、2月9日。

 親愛なるネット検閲官に言いたい。少しくらい、武漢人に話をさせるべきではないか。

これ、原文だと、爱的有关部门:有些话,你们还是得让武汉人说出来。なんですよ。相当原文は穏便です。このページに、共産党指導部がよく使うフレーズとして、「歳月は静かに流れる」という文章が登場するのですが、原文は、岁月静好 でした。

頁70、2月10日。

 削除には懲りた。私もほどなく「都合のいいニュースだけ」を発信する人間になるのだろうか。

痛快!布マスク新聞好みの記事として、この日記には、レムデシベルは出るけど(頁55の2月6日など)アビガンがまったく出ないという点があります。武漢でアビガン使って功を奏したという中国発の報道がまあまああった気がするのですが、何故大佐のアンテナに引っかからなかったのでしょうか。下記の毎日新聞記事は、大佐日記最終回と同日。

b.hatena.ne.jp

頁72、2月11日。現地は助かったのだから、バカバカしいとか茶番とか言ってはいけないのでしょうが、日本からの援助物資の段ボールに、「青山一道同雲雨、明月何曽是両郷」と書いてあったというニュース。彼女は「感動ものだ」と書いています。原文は、”ガンドン” 二文字。それだけ。日本からの援助物資ではあるけれど、HSK協会からなので、送ったのは在日中国人。でなきゃそんな漢文の引用スラスラ出来るわけねーべ、と、当時私もやや鼻白んでいました。大佐がこの事を書いていたので、最初、相手がHSK協会ってこと知らないんだろうなあ、と思いましたが、次に、「(棒)」とでもつけそうな木で鼻を括った態度だったので、笑ってしまいました。出来レースを見抜いてたのか、たんに日本が嫌いなのか。その後に、別の文章で見たというヴィクトル・ユーゴーの言葉、「沈黙は虚言に等しい」を書いていて、そっちにはより感情移入しています。そういう作家の態度も、愛国者的には、洋味儿臭喷喷とかになるのだろうかと思いました。

頁82、2月13日。

(略)一夜明けて、ネット検閲官が、『長江日報』を罵倒する書き込みを削除したかどうか確かめようと思った。結果は? なんと削除されていない! だが、『長江日報』の例の記事は削除されていた。(略)

長江日報と大佐は、取材か何かで仲たがいしました。コロナ封鎖下の出来事です。

頁92、2月15日。無症状感染者について記述。

しかし、ごろつきはウイルスだけではない。人命を粗末に扱い、庶民の生死に無頓着な人。棋譜の名目で入手した物品を、ネットで転売し儲けようとする人。エレベーターでわざと唾を吐いたり、隣家の玄関扉のノブに唾を吐く人。病院が仕入れた救急医療用品を途中で強奪する人。さらに、あちこちでデマを振りまき人を陥れる人もいる。

大佐のアンチから、「おまいのことだよ」と言われそうな最後の一文。

頁101、2月17日。仟吉チェンジーというパンの会社が出ます。おいしそうなので検索したら、"kengee"というアルファベット表記で、武漢方言でそう読むんだろかと思いました。武漢発祥だそうなので。

www.kengee.com.cn

下記は同日。

 昨日の微信は、またしても削除された。残念至極としか言いようがない。封鎖の記録は何処に発す、煙波江上、人を愁えしむ。*

崔顥という人の黄鶴楼という漢詩のもじりだとか。

崔顥 - Wikipedia

頁127、2月22日。今日頭条から載せてみませんかと誘われ、投稿してみたら一日で閲覧回数が二千万回、その後三千万回まで伸びたとあります。さすが、邦訳の帯で、一億人が更新を心待ちにしたとまで書かれた人気ブログ。それは同時に、脅威でもあったのだと。この部分に続けて、極左分子に対し、sina.comのブログを閉鎖に追い込まれた恨み節を書いています。「あなたたちは、私がブログに捧げていた愛情を台無しにした!」ここ、今見ると、原文から削除されています。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/s/stantsiya_iriya/20140126/20140126095945.jpg頁134、2月23日。汶川地震とコロナの比較。左は、前にも載せてますが、前世紀に何度か中国を旅行して、その後、この一枚残してすべて写真は捨ててて、これだけ残してる、地震前の汶川です。

頁137、2月24日。〈藕夹〉レンコンのはさみ揚げという湖北省の郷土料理が出ます。これは、ザギンのラッカ一号という湖北料理の店にあるはずですが、私が行った時は頼んでませんでした。

朝九時ゴハンなので九時前に朝食にします - Stantsiya_Iriya

同日。

 今日は、もう一つ記録すべきことがある。私のブログは数日前、すでに閉鎖解除された。当初はもう戻る気がなかった。言ってみれば、一種の失望感だ。その上、ブログには例のごろつきが多いうえ、同級生たちからも精神衛生上悪いからブログはやめたほうがいいと言われた。だが、その後よく考え、やはりブログを再開することにした。少し前にある音声を聞いたことがあった。最後のひと言は「世界をあなたが軽蔑する人に譲り渡してはいけない」だった。それと同じ理屈で、気に入っているブログの地盤を私が軽蔑する人に譲り渡してはいけない。幸い、ブログにはブラックリストのシステムがある。私を罵倒したことのある人は、一律受け取り拒否にできる。ブラックリストのシステムこそ、私がごろつきウイルスを隔離する防護服であり、N95のサージカルマスクだ。

 ここも現在閲覧可能な原文にはありません。結構あちこちないのだろうか。ないようにしてしまったのだろうか。一年は長い。

頁149、2月26日。ホームレス感染者や、高齢者が入院できなかった問題。入院できるようになると、入院したがらない高齢者の問題。

頁154、2月27日。

 昨日微信のアカウントで発信した文章は、またしても削除された。ブログもまた遮断された。ブログはもう使えないのかと思って試してみると、別の文章は発信することができた。遮断は昨日の分だけだとわかって、すぐ気分は晴れた。私はまるで弓の音に怯える小鳥のようだ。話していいこと、話してはいけないことの区別が、もうわからない。感染症との闘いは最重要事項だから、全力で政府に協力し、あらゆる指示に従う。私は拳を握って誓う。それでもダメなのか? 

 これは原文残ってました。"还不行吗?" 私も言ったことあります。

頁180、3月3日。

(略)私の郊外の家の隣人が朝、写真を送ってきた。コメントがあって、「おたくの海棠の花が咲きました」「あなたの微信がブロックされました」という。微信の内容が削除されるのは、もう慣れている。しかし、海棠の花が咲いたというのはうれしいことだ。(略)

 この日の記事で、初めてエクモが登場します。原文でも"ecmo"  英国ジョンソン首相の治療に使う使わない、があったのは、翌月四月初旬の出来事。

www.bloomberg.co.jp

頁191、3月5日。雷鋒と遇羅克と北島が出ますが、PCR検査ということばも初めて出ます。原文は〈核酸检测〉デオキシリボ核酸

遇羅克 - Wikipedia

頁227、3月11日。艾芬医師を巡って、武漢市民とネット検閲のあいだで、削除と転送の激しいやりとりが繰り広げられた旨、記載される。

bunshun.jp

中国当局に拘束されたのか? 新型コロナ告発後に“口封じ”された武漢・女性医師の現在 | 文春オンライン

上の記事を書いてるのが、劉燕子で、ちょっとガツンと来ました。ほんま、いろんなところで、思いがけない名前を見る。

b.hatena.ne.jp

艾さんの証言記事はネット上に掲載された直後に削除され、彼女自身もその後、この件については一切発信していない。私たちは艾さんに取材を申し入れたが、「私は今では世間に注目される人間になってしまったため、自由に取材を受けることができません」との答えだった。 

 頁246、3月15日。作者が外出禁止なのに、糧食の現物支給を受けることが出来るのは何故なのか(上級国民、特権階級だからだ!)というネットの声に答えてます。(文聯の会員なので、文聯宿舎の共同購入の分配にありついてるだけじゃんか、という回答)何故これが攻撃材料になるのか、打ち消しても打ち消しても捏造レッテル貼ることが出来るのか、よく分かりません。その記事の後に、六十過ぎで重症化した息子を心配して、回復後の日用品購入用に五百元医師に渡しておく九十過ぎの老母の感動秘話を書いてますが、これが人を感動させるとも思いませんでした。結局息子さんは助からなかったそうで、でも、そこがポイントというわけでもないでしょう。

頁249、同日。ブログ閉鎖、削除にまつわるかなり激しい文章が続きます。長いので写しません。

頁252、3月16日。この日も激しいです。厳歌苓登場。大佐と面識はないそうで、しかし武漢にお招きしたことがあり、関係性はあります。ヤン・ゲリン改めイェン・グーリン(本書ではゴーリンとルビ)はカメレオンのように台湾米国祖国のあいだでくるくると論語、否、ロンドを踊る人なので、かなり的確に本質を指摘したそう。また、中国の何を批判したのか、バルガス=リョサの著作がすべて書店の書架から消えたという、ショッキングな出来事が記されています。

www.afpbb.com

ペルーのワクチンは中国製ですが、彼は受けるんでしょうか。アルゼンチンに飛んでロシア製受けたりして。

頁262、3月17日。

(略)日本軍が来たので、多くの庶民が南方へ逃げた。 だが、誰もそれを咎めなかった。なぜ現地に留まって、日本軍と戦わないのかと責める人はいなかった。(略)

 海外に逃げた同朋が戻ってきつつあるニュースの感想。

心から読者に感謝したい。昨日の投稿は発信できなかった。二湘**アルシアンは十数回試みてくれたが、ダメだった。その後、コメント機能を無効にしてアップしたが、それも削除された。まったく理由がわからない。そこで、彼女は「二湘の一一次元空間」という公式アカウントに、「私は力を尽くした」という書き込みをした。わずか一行だが、結果は思いがけないものだった。読者たちは、昨日の私の日記の全文をコメントの形で、一段落ずつ貼り付けてくれた。本当に驚くと同時に、心が温かくなった。

**在米の女性作家。方方のブログが閉鎖されたあと、自身の微信の公式アカウントに「武漢日記」を掲載した。 

こういう文章読むと、内田樹サンは感動して「人民の勝利だ、おお」みたいな感じになって、その後も人生は続いて、予備校教師しながら重力の本書く人生などを、棚に上げてしまうのかもしれません。この箇所は一時的な達成感や高揚を与えますが、サスティナブルな勝利ではまったくない。内田樹サンは、純粋まっすぐじいさんには見えないのですが、「落城」「玉砕」が大好きな全共闘世代だと、そうなってしまうのかも。

 訳者あとがきによると、こうしたたくましい武漢の女性は、地元の言い方で「女将」と呼ばれるそうです。もちろん「おかみ」と呼ばれるわけでなく、本書のルビだと「ニュージアン」本書は二名の共訳で、一人は大佐の勉誠出版の本を訳した人。勉誠出版のこのシリーズ、市立図書館レベルだとなくて、県立所蔵になるんですよね、確か。阿来の『空山』を借りた時はそうだった。

本書でファンファン大佐がいちばん大きく批判してるのが、武漢の初動段階で、識者や指導者たちが、「ヒト-ヒト感染の可能性は低い」等としていた点です。これで大きく感染が拡大してしまった、让他们对付。让他们吃苦。中国がこれを「なかったこと」にしようとしているかどうかは知りません。なかったことにしようとしてるのであれば、この日記を地上から消滅しようとするかのような勢いの攻撃もうなづけます。

感染リスクの誤報は、日本にいると、ちょっと検索するだけで、まあまあ情報が出ます。下記URLは、厚労省が昨年一月二十日時点までのWHOや武漢市の発表をまとめたもの。よくHTMLを上書きしないで残しておいてくれたと感心しました。

中華人民共和国湖北省武漢市における新型コロナウイルス関連肺炎について(第5報)

ヒト-ヒト感染の明らかな証拠はない。

下記は昨年七月のあさっしんぶんの特集。ほかも同様の特集してると思いますが、「ヒト-ヒト感染」のキーワードで出るのがこれ。

www.asahi.com

大佐の武運長久を祈念します。以上

*1:感染症は、社会全体の人道主義の水準を浮き彫りにしたと著者は書く。それは地べたレベルでも、政治レベルでも。作家とは、それを見て書き残す者だと信じた人の渾身の記録。-ブレイディみかこ

*2:池莉 - Wikipedia