『中村哲さん講演録 平和の井戸を掘る アフガニスタンからの報告』読了

中村哲さん講演録 : 平和の井戸を掘る : アフガニスタンからの報告 (ピースウォーク京都): 2002|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

国会図書館の書誌情報ってすごいな、と思います。上記に講演会場と講演日時まできちんと書いてある。

もらった本。カバーデザイン/尾原史和(SOUP DESIGN) イラスト/伏原納知子 写真提供/中山博喜(ペシャワール会)、ペシャワール会石風社 読んだのは2002年10月の4刷。

堰作りを始める前、井戸を掘っていた時代の講演です。裏表紙に"digging wells of peace"と書いてあります。井戸掘りには、京都の大学生も多く参加した由。その縁もあっての講演だったのかな。

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上の画像は、スキャナーのアホ仕様によって、左右が少し切れています。なんで素材をそのままスキャンしないようになったんだろう。それだけ悪用する人が多いのかな。あと、スキャナーが汚れてたので黒い点がつきました。本自体はきれいなもんです。

正直、ハハギホウセイのソルハから始まって、長倉洋海の著書など読み進んだことで、中村哲医師の著書の記述と、その他の記述の齟齬というか矛盾を整理したい気持ちが強くなって、積ん読だったこれを開いてみたのですが、ふたつあった疑問のひとつは解消しましたが、もうひとつは解消されないままですので、もう一度石風社の本を開き直すかなあと思っています。今まで漫然と読んできた部分のどこかに、回答があるやもしれない。

ペシャワール会と違うアフガン関係の読書(最近)>

『ソルハ صلح』読了 - Stantsiya_Iriya

『アフガニスタンの少女マジャミン』読了 - Stantsiya_Iriya

『و طن من ワタネ・マン わたしの国アフガニスタン』読了 - Stantsiya_Iriya

『これが私の生きる道 キダ・タロー対談ーひと・こころ・いのち 26人からのメッセージ』読了 - Stantsiya_Iriya

『マスード 愛しの大地アフガン』読了 - Stantsiya_Iriya

『マスードの戦い』(河出文庫)読了 - Stantsiya_Iriya

『アフガニスタン 敗れざる魂 マスードが命を賭けた国』読了 - Stantsiya_Iriya

『ラティファの告白 アフガニスタン少女の手記』"Visage volé Avoir vingt ans à Kaboul" 読了 - Stantsiya_Iriya

<私が読んだ中村医師の本>

『アフガニスタンの診療所から A Report from the little clinic in Afganistan』 (ちくま文庫) 読了 - Stantsiya_Iriya

『医者井戸を掘る―アフガン旱魃との闘い』読了 - Stantsiya_Iriya

『空爆と「復興」―アフガン最前線報告』読了 - Stantsiya_Iriya

『医者、用水路を拓く アフガンの大地から世界の虚構に挑む』読了 - Stantsiya_Iriya

相変わらずの中村節だなと思ったのがまず下記。2002年の情報なので、現在からそれを「相変わらず」と言ってしまうのはどうかとあとで思い直しましたが。

頁17

 ここで、私たちが胸を張って言えるのは、募金の九五パーセントが現地に送られて実際の活動に使われているということであります。これは、みなさん、当然だと思われるかもしれませんけれども、実際のところ、組織が大きくなればなるほど現地に届くお金は少なくなるのです。要するに管理運営にたずさわる人たちの人件費をはじめとする間接的な維持費がどんどんふくれ上がっていく。組織によっては、間接経費が八割から九割というのもめずらしくはありません。

 一方、ペシャワール会ではすべてがボランティアで成り立っています。会の活動だけに従事して給料や報酬をもらう専従者という立場の者はいっさいおりません。みんな、それぞれに自分の仕事を持っていて、空いた時間を無報酬で会の活動にあてる――そういう人だけで構成されているのです。政府間援助や国連のプロジェクトに比べると、私たちの事業額はごくごく小さなものですけれど、しかし、機能という点から見ると、ペシャワール会は大組織の数十倍まさるグループであるということが言えます。つまり、同じ金額で比較すれば、私たちは実質的に数十倍の仕事をしていることになるわけで、これは私たちが大いに誇りとするところでもあります。

自分たちの長所だけを述べるのでなく、他者と比較して、他者を攻撃するというかDisって自らを高く言う戦術に長けているわけですけれども、そんなにみんなダメなのかなあ、中にはマシなところもないだろうかと思ってみたりみなかったり。昨年もNHKテレビのニュースで、ランドセル送る事業をやってましたが、わざわざ重くてかさばるランドセルを、しかもセコハンのを送らんでも、現地のカバン工場支援するんじゃダメなのかなと思ったりもしました。そういう琴線にPSMの主張がよく響くのは確かです。

 読みながら、なぜにと思った箇所が頁25。

頁25

 ジルガを中心とする共同体には、警察も精神病院もありません。要するに、アフガニスタンは、いわゆる近代社会のような法律はない代わりに、共通の不文律、掟によって結ばれている国だと言うことができます。(後略)

 警察と併記する対象がなぜに精神病院なのかと。消防署でも軍隊でも裁判所でも税務署でもいいと思うんですが、なぜ精神病院なのか。本書はペシャワール会とは別の団体の書籍ですので、中村医師の講演ではタリバンについて、必要悪的な主張がブレることなく一貫して繰り返されるわけですが、年表等では「カーブルがタリバンの手に落ちる」のような表現が用いられます。で、タリバンが難民キャンプの神学校、マドラサを母体として登場した旨も註に書かれています。戦争の極限状態を体験したことでその後の人生に精神的に影響が出た人、原理主義的でファナティックな言動が診療対象になるのではないかと思われてもこの社会ではそうならないこと、などの事実が、この箇所の言外に横たわっているのだろうと思いました。

最近読みだした、帚木蓬生をスタート地点としたペシャワール会関連でないアフガン関連の書籍では、いちようにマスード将軍を讃頌しているのですが、中村医師の本だと、彼はどういう位置づけだったっけ、と思い出せなくて、この本で再確認しようと思ったのですが、頁60「タジク兵の軍閥」であり、出版元の注記でも、「タジク族を主要構成員とするのはラバニ派」であって、マスードのマの字もなかったです。他の中村医師の本はどうなのか、読み返さないと。でも、この本に「ない」ことはひとつの示唆ですので、なんとなく分かったかなと。

ペシャワール会が、パキスタンのトライバルテリトリーに隣接するジャララバード近郊、パシュトゥーン地帯を活動地域とせず、マスードの拠点のパンシール渓谷を主要拠点としていたら、日本でアフガンにかかわる人たちは、一本化され、シンプルな構図になったと思いますが、そうでないのが人生で、かつ現実なんだなーと思います。苦い味わい。

頁59、ガルフウォーの時に、欧米人たちがわれがちにアフガンから逃亡するシーンは、天安門直後のペキンとダブりました。どちらも、なんしか日本人はいたりする。

ペシャワール会の書籍でない方で描かれないのが、旱魃ですが、都市と農村の乖離がそれだけスゴいのかとも思います。あと、マスードに焦点をしぼってしまうと、彼がテロで斃れてから後に旱魃が始まるので、菅公のように死後祟る、否、それで他の書籍にはあまり描かれないのかもしれません、と擁護してみるテスト。

帚木蓬生やフラ語からの翻訳?で特にヒデータリバンの政策として出て来るのが、女性は働くこと禁止で、だから女性医師も許されず、しかし男性医師だと、医師と言えど男性だから女性患者への触診とかNGで、じゃあ女性患者はどうなるのさ見殺しなのー?という個所で、ここを実は中村医師の書籍ではたぶんあまり考えず読み飛ばしていたのではないか、どう対応してたんだろう、看護婦も診療所も経営してる側ですもんね、と思って読んだのですが、この講演会ではスルーでした。

たぶん、都市のアフガン女性にとってはありえない措置であっても、従来からジルガ(農村の長老会)が似たようなこと農村女性に強要してたんじゃいかな、それは上から一気に変えようとすると反動が来るもので、おりあいをつけながら一歩一歩変えてゆくしかないのかな、と勝手に推測しました。マスードの本とか読む人が好きそうな床屋談義でいうと、ドミノ理論で、アフガン赤化したらイラン赤化がアメリカの畏怖するところだったけど、それはホントに現地の実情を知らない人の誇大妄想で、実際は赤化でなくイスラム革命がおこったと。さてそうなると今度は、言語的にほとんど同じのアフガンにイラン革命が輸出されるのではないかと危惧されるが、ペルシャ語ダリ語は々ことばでも、シーア派スンニー派に宗教的には別れているので、それはないと。シーア派を信仰してるハザラ人はアフガンでは迫害される側だしと。しかしそれを恐れる権力者の気持ちが、過大なパキスタン支援につながったり、ファナティックなアラブ人のアフガンへの流入につながったのではないかと。かつて三度もアングレーズ、英国を撃退したアフガンも、イスラム原理主義とそれをかついだアラブ人が、近代までは考えられなかった空路の発達で、ピンポイントに飛来してくる事態には、対応できなかったのではと思います。床屋談義終わり。

タリバンの無茶ぶりが与えた医療と女性の問題に関するペシャワール会の見解は、私が勝手に推測するだけで、実際は分からないので、他の本を読んで、あと、ペシャワール会の人に聞いてみようかとも思いますが、ゴタクはいらないい、やるかやらないかだ、的なNPOの現場を体験した人たちに聞くのは、あまりにも頭でっかちな態度のように思えますし、どうしたもんだべなあと思っています。以上